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「よう、取り込み中か?」

前触れもなく掛けられたその声に私の時間が一瞬止まった。その名の通り、ぬらりくらりと掴み所の無い彼は、急にあらわれてはいつも私の心を乱していつのまにか立ち去る嵐。災害だった。良い結果をもたらしてくれたことなどない彼は、一定の頻度で姿をあらわしてはまたすぐにどこかに消えてしまう。正直に言おう。私は彼が嫌いだ。

「また暇潰しにでも来ましたか、総大将」

「いや、アンタに会いに来た」

「暇潰しに会いに来ないでください、カラスたちが泣きますよ」

「……アンタ、ワシの話し聞いとらんな」

「雪羅に睨まれるのは私なんですから、そういう気遣いくらいしてくださいな。雪女の嫉妬深さは愛する者を凍り漬けにする伝説からして立証済みなんですから。暇潰しで私に被害が起きようものなら呪いますよ総大将」

「聞けよ、おい」

聞きたくありません。内心で呟きながら作業を続ける。彼を想っている雪女は私の親友だというのに、彼が私で暇を潰そうと近づくたびに凍らされそうになるためいい迷惑だ。暇なら雪女のところに行けば良いのに。口吸ひを迫られて凍り漬けになれば尚いい気味だ。

「暇潰しじゃなくて、ワシはわざわざ暇を作ってアンタに会いに来たんじゃ」

「ご苦労さまです。そろそろお帰りになられては?」

「ほ、そうか?まだまだ傍に居て欲しいと言われちゃ、帰るわけにはいかんな」

「…大丈夫ですか?(頭が)」

そろそろだろうか。この鬱陶しい総大将殿と意思の疎通が厳しくなってきた。いや厳しくない日なんてないけど。常に厳しいから頭が痛くなるけど。洗濯板でごしごしと擦っていた布を絞り皺を伸ばす。うーん……黒の羽織はまったく汚れが見えない。まあいいか。洗濯物が入った籠を持ち上げ立ち上がる。

「おい」

「……あ、まだ居たんですか。気付きませんでした。……そんなにやることないんですか?」

「っあああ!だから何回も言っとるじゃろっ!もういいっ!戻る!」

「はい、さようなら」

「引き止めろっ!」

「なんなんですか貴方」

思わず殴りたくなったが止めておいた。あとで烏天狗か牛鬼にでも知れたら私の身が危ない。まるで駄々っ子な総大将に溜息を吐く。こいつは本当にこのままで大丈夫なのだろうか。とても魑魅魍魎の主になるような器には見えない。この時ばかりは、だが。

「邪魔なんです。この先手が空こうが私は貴方には構いません。雪女のところにでも行ってください」

「…それは本心か?」

「はい、本心です」

「ふむ、そうか」

満足気な表情をこぼした総大将とは反対に私は顔をしかめる。意味がわかっているだけ質が悪い気がするが、私自身の特性も質が悪いだけになんだか遣る瀬ない。

「じゃ、後でワシの部屋に来い」

「行きません」

「おー、待っとるぞ」

「……」

他から見たら擦れ違いばかりのこの会話は、私からすれば不愉快極まりない。たまに話す本心がばれてしまう。嫌悪感しか浮かばない。

彼が大嫌いな私は、会話のあべこべが特徴の“妖・天邪鬼”。


20110131

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