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バケツをひっくり返したかのような土砂降りの雨が身体の熱を奪う。
雨に打たれることが然も当然といった風体で既に泥道と化した地面に佇む小さな少女は、腕の中にある弱々しい小さな鼓動に気をとられていた。
虚ろな表情をしたまま、濁った目で腕の中の小さな生命を見下ろす。
汚染物質の塊であり人に害しかもたらさない流星街の酸性雨を身に受けながらも、やはりその表情は寸分も変わりはしない。
止む気配の見せない雨の音に耳を済ませ、徐々に消えいく温もりと呼吸を感じながら彼女はぽつりと呟いた。

「おなじ、だね」

その言葉の意味する処は、ゴミ山の無法地帯である流星街に住んでいる以上誰もが理解でき、納得のいくもので。
佇むことを止め、近くにある瓦礫の上に腰を掛ける。
肌に刺激すら覚えるほど濃縮された汚染物質の塊が眼球に触れることも気にせず、常に空を覆う灰色のスモッグを見つめた。

「ねえ、わたしたちどうなるかな」

誰も居ない空間に投げ掛けた言葉、しかしそれは決して意味のない独り言などではない。

「さあな」

「わかんないよね、こればかりは」

「ああ……で、お前は何をしてる」

「んー…さあ?」

少女の背後から現れた少年は、やはり同じように全身を雨に浸しながら佇んでいた。
いつから居たのかなど、そんな不毛な問い掛けはしない。
むしろ彼女はそんな事はどうでもいいと気にしない質だった。
常に唯思うがまま行動し、理由の後付けすら考えもしない。
幼い少女ながら、実に気ままな性格をしていた。

腕の中に収めていた生命が事切れ息吹を止めた感覚が不意に彼女の身にのし掛かる。
抱く形のまま固定していた腕の力を抜き、自身の身体で傘のように庇い抱いていた其れを雨露の空気に晒した。
両脇をしっかりと固定し、徐々に濡れていくその姿を無感動に見つめながら濡れていく獣の毛が腕に張り付く様に心の何処かがざわめく。
だらんと力が抜けきり、体毛が濡れることによって姿を表した細過ぎる輪郭に少女は瞼を細めた。
まるで自分達の行く末を身を持って教えてくれたみたいだと、そんなあり得ないことを考えながら彼女はソレを今だ雨が打ち付ける泥の地面にそっと置いた。

「いいのか」

「なにが?」

「…お前のじゃないのか?」

「んーん。雨ふるまえにひろったの、その時にはもうヒンシだった」

「そうか」

「…ねえ、なんかわたしたちもおなじだよねえ」

瓦礫の上まで歩を進め、濡れ鼠状態な姿も気にせず顔に張り付く髪を払う。
彼女は相変わらず無表情だった。
少年は無言のまま、その姿を唯見つめた。

「いつかはあれみたいに…あっけなくおわるしかないのかな」

「ここを出ない限りは、そうだろうな」

「だよねえ……クロロは、でる?」

「…俺は――」

クロロは彼女から視線を逸らし、既に泥まみれとなった死骸を見つめる。
数日降り続くだろう雨のせいでいずれは泥に沈むか腐蝕していくだろうソレに、無感情ながらも心に響く何かを感じた。
薄い唇を緩く開いて、既に興味の失せたソレを視界から外し彼女を見やる。

「終わり方なんてどうでも良いけど、何も手に入らずしてその猫みたいになるのは気が進まない」

「……そう」

遠回しな答えを聞いた彼女は、その鉄仮面にやっと人間らしい表情を浮かべた。
口端をくいっと上げ、愉快な色を瞳に携えながら背後にいるクロロに振り向く。
ようやくかち合った視線の先、彼女が浮かべる表情の意味を彼は理解できなかった。

「その子、クロロそっくりだね」

「……そうか?」

「うん」

泥にまみれる前に一瞬だけ見えた黒の長毛を思い出しても、クロロはやはり首を傾げるだけだった。


2014.5.29



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