short-b | ナノ

捕まれた手首が悲鳴をあげる。
優しい体温を伝える彼の掌は熱く、しかし込められた激情故なのか。
普段なら安堵しかもたらさない彼の手は、鈍く軋む骨の感触すら無視して私の術を殺そうとしていた。

「痛い」

「…潰す気だからな、そりゃ痛いだろうよ」

「離して」

「何故だ?」

にやり、笑わない瞳に見据えられながらの無表情だというのに、嫌な笑みを向けられた気がして悪寒が走る。
月明かりだけが射す暗がりの部屋、ソファの上で組しかれながらの所業に意味がわからない。
覚めた眼差しを向けている自覚を感じながらも、同じく冷たい眼差しでこちらを見つめる彼に私は瞼を細めた。
怒っている訳ではないのだろう。
機嫌が悪そうにも感じられない。
しかし、こうして徐々に軋む手首の悲鳴は彼の異変を強く私に突き付ける。
本気で両手首を粉砕させる気なのだろうか。
血の通わなくなった手は既に何も感じなくなっていた。
数日ぶりに会う彼の思考が読めない。

「私、今から寝るんだけど」

「ああ、寝ればいい」

「ベッド行きたい」

「行けばいいだろ」

「じゃあ離してよ。流石に冗談じゃないよこれ」

「そうか」

ミシッ、と軋んだ音が聞こえた気がした。
武骨な熱い掌は固い皮膚に覆われているためそれが更に痛みを増幅させているような錯覚に陥る。
しかし、それは錯覚なのだ。
私を握り潰そうとしているこの手は、普段はとても優しい温もりを与えてくれると既に痛いほど知っているのだから。

「痛いの嫌いなの知ってるよね」

「ああ。痛め付けてくる奴も嫌いだろ?」

「……何?嫌われたいわけ?」

「ああ」

「……あ、そう」

血の止まった掌が嫌に熱い。
彼は私に嫌われたいが為にこんなことをしているらしいが、それは少しばかり無理な理由ではないかと思わず溜め息を吐いた。
真夜中の深夜一時、日課の夜更かしを眠気で遮られ寝室に移動しようと電気を消した、ちょうどそのタイミングで押し掛け組みしき手首を拘束してきた男の行動原理が夜這いでも何でもなく嫌われるため、だと。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

「ちょっと、話があるなら取り敢えず離れろ。本当に潰れるから。もうこんな意味不明な奴なんてとっくに嫌いだから。だから潰すな無駄だ」

「そうか」

どうやら話が通じないらしい。
ここまで意思の疎通が出来ないのは初めてだが、まあ目の前のこの男はどうやら些か理性が変な方向にぶっ飛んでいるようなので諦めた方が良いのかもしれない。
手首を潰されるのは本当にごめんだが。

「リヴァイ」

「ああ」

「リーヴァイ」

「なんだ」

「大好き」

無表情の頬がピクリと反応したのを確認すれば、ぐっと腹筋に力を込めた。
浮いた頭を更に伸ばし、彼目掛けて瞼を閉じる。
かさついた唇の感触。
僅かに引いた彼の頭を追うように更に唇を押し付ければ、些か緩んだ力に気付き素早く手首を引き抜いた。

「ん…む…」

血が巡りぶわっと熱い痺れが迸る腕を、彼の首に巻き付け頭を拘束する。
感覚が戻らないため力一杯すがり付く形で唇を押し付けた。
動揺したのか何かを言おうとしたのか、彼の唇が開いたのを良いことにぬるりと舌を差し込む。

「…っ」

彼の熱い舌の裏を擦るように舌で擽ってみれば、震えた全身に気を良くした私は口付けたまま口角を吊り上げた。
ああ、もう、可愛い奴め。
擽るのを止めて唇を若干遠ざける。

「てめぇ…」

「お痛しすぎだっつーの」

月明かりに照らされた彼の表情を確認すれば、引き吊りながら怒りの籠った笑みを浮かべていたので更に笑いが込み上げた。
感覚が戻ってきた手を彼の項部分で組みながらぶらんとぶら下がる。
腹筋が疲れるのでそのまま全体重をかけようとすれば、先程とはまったく違った優しい感触で頭に手が添えられたので殊更笑みが深まった。

「…なんかちょっとわかってきたんだけど」

「なんだ」

「押し倒したはいいけど、その先のことなんも考えてなかったんでしょ」

「……」

「眠い時の私がどんだけ機嫌悪いか知ってるもんねえ。ホールドした手前どうすればいいのかわかんないけど取り敢えず後に引けないから意味不明なこと言ってた感じ?」

「……」

「リヴァイって衝動で動いたあとすぐ我に返るから、ある意味可哀想」

「もう黙ってくれ…」

ソファの感触が後頭部に戻る。
深い溜め息を吐きながら首筋に顔を埋めてきた可愛い人に吹き出したい衝動を抑えながら、それでもニヤけるのは止めず彼の頭を緩く撫でた。
ああもう、不器用で優しい人。

「取り敢えずベッド行こうよ」

「……寝るのか?」

「うん」

「…ヤりた」

「却下」

「お前…煽っといてそりゃねぇだろ」

「手首痛い」

「それは……悪い」

「だからお預け」

「……」

眠気は覚めたけど痛みはやっぱり嫌いなんです。
変に気使わないで素直に襲ってればこちらも素直に応えてあげたのに。

「不器用さん」

「うるせえ」

悔しそうな恨みがましい表情で睨まれながらも、やっぱり私は笑みを耐えられなかった。



2013.8.5



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -