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明るい夜の景色を眺める。掠める指先に熱が灯った気がしてびくりと肩が揺れた。触れたいけれど、触れられない。想いばかりが先走りヤキモキする自身が嫌になる。手を伸ばせば届く距離、実際彼の衣の裾を指先で掠めさせるほど近くに居るというのに、何故か何処かがとても遠くて私に戸惑いというものを植え付ける。嗚呼、遠い。心はこんなにも求めているのに。

「…どないしたん?」

ゆるりとした動作で振り返る彼は確実に確信犯だというのに、白々しい質問を投げ掛けてくるものだから思わず視線を下に下げた。見透かされていて悔しいと思う反面、相手をしてもらえることに嬉しさも感じていて。本当に馬鹿だな、と自身を嘲る。気にしてはいけないと思えば思うほど、彼が私の奥深くまで根付いていくと気付いているのに。まるで故意にやっているように繰り返してしまうそれのおかげで、私はもう引き返せなくなる程の深みに填まり抜け出すことすら困難な状況になっていた。なってしまった。自身で自身の心を追い詰めてしまっていた。

「そないとこ居らんで、こっちおいで」

まるで催眠に掛かっているように、その言葉だけが私の中を支配する。後退って距離を置きたい、差し伸べられている掌を拒絶したい。そんな弱い願望は霞んだ霧の向こうに葬られる。彼の掌に指先が触れたとき、その願望は霧が晴れたのと同時に消え去った。頭の中の霧の消滅と同時に、どうしようもないくらいの恐怖に包まれる。触れてしまった、彼に。欲に、負けてしまった。

引かれた掌を離そうとしても、逆に強く握り締められる。そのことに驚いて目を見開き彼の顔を見たら、一瞬で視界が黒に染まり頭の中が真っ白になった。腰と頭に添えられている大きい掌が私の鼓動を早める。抱き締められていると気付いた瞬間、虚しさと切なさと喜びが雑ざった感情に苛まれ、抑制の効かないそれを誤魔化すために私も彼の背に腕を回した。触れてはいけないと、感じたばかりだというのに。そんな私の心情を知ってか知らずか、若干ゆるんだギンの腕。顔を覗き込んできた彼は、さも愉快だと言いたげな笑みを張り付け私を見つめた。目を逸らせないまま、私は彼を見つめ続ける。すると、小さく眉を下げ、彼は何ともいえない切ない表情をした。胸が、切なく締め付けられる。わからない、ギンの考えることが。彼も彼なりに、何か思うことがあるのかもしれない。
それを私が理解できるのか、わかることはないけれど。

「…大丈夫よ」

呟くこの言葉に、彼の力が強まった。──大丈夫。彼に向けた言葉なのか、それとも自分に向けた言葉なのか。不意に呟いたそれにどんな意味を込めたかはわからない。けれど、私の肩に顔をうずめ身動きしなくなった彼の、胸のつかえが消えますようにと、それだけを願った。

明けることの無い夜の世界。対照的な白い装束に包まれた私達は、なにを望みどこに向かって進むのか。窓の奥のぽつりとした満月を眺め、ぼんやりとした思考のなか、私は彼の頭を抱き締めた。


2009.4.14

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