dream | ナノ

「なんでジロー君が名前の名前呼んでるのー?!え?友達?そんなこと一言も言ってなかったのにー!」

「いや、言うほどのことでもないっしょ」

友達じゃなくて知り合い程度だし。
隣には肩を掴んでくる雪が、コートにはラケット片手にブンブンこちらに手を振ってる芥川がいた。
ちょっ、お前ら、やめろ。
ただでさえ基準服着た女子うちらしか居ないのに余計目立つだろうが。
振り返さなきゃ止めないとばかりに手を振ってる芥川に、あいつは犬かと思いながらとりあえず片手を上げてよっ、というどこか男らしい挨拶をしてみた。
なんでこんな朝から覚醒してんのあいつ、私と同じで朝はダルい派だろ絶対。

「もう部活終わるからそこで待ってて欲しいCー!」

「…うーい」

半眼になりながらダルい返事を返す。
嫌がらせですか?
雪に肩を掴まれガクガク揺さぶられる私を見て一回笑ったあと、芥川は部室らしきところに駆けていった。
なんとなく刺さる視線が痛い、あいつ声でけーよ。
とりあえず雪は殴ってやめさせた。

「痛い…地味に痛い…」

「ごめんって、ほらほら彼見てるよ」

「え?!」

恋って偉大だと思った。
ストレッチの彼どころか部員全員じゃね?と感じるほど視線が集まっているのに雪はまったく気付いてない。
恋は盲目ねえ、昔の人はうまいこと言ったもんだ。

「ん?」

一際痛いと感じる視線に気付いてなんとなくそちらを振り向いた。
振り向いた瞬間にバッチリと合ってしまった視線、予想外の人物に思わず凝視する。
わ、わあ……視線が逸らせない。

「…眼力半端ねぇ」

「え?……あ、わ!跡部様がこっち見てる!……って、なんで名前見つめ合ってんのー?!」

「や、逸らしたら負けな気がして」

あれ、絶対なんだあの雌猫うぜぇな、とか考えてる顔だ、無表情だけど絶対そうだなんかうぜぇ。
てか雌猫ってガチ発言なのかな、聞いてみたいんだけど、あいつ何様だ。
あ、跡部様か……やべ、笑いそう。
私をファンクラブの跡部ファンとでも思ってるんだろう、暫く目が合ったあとハンッと見下されるような笑みをいただいた。
うわあ…確かにずば抜けたイケメンだけど…引くわあ…。
イラッとしたので半眼でダルい視線を向けてみた。
兄貴がナルシストだからああいう類いの扱いは慣れてるし見てる分には面白いから良いんだけど、人を見下す視線はいただけない。
私もやるけどな、やられるのは嫌いなんです自分乙。
まあMじゃない限り大抵の人は見下されるの嫌いだよね。
あ、そういや眼力と書いてインサイトだっけか…そりゃ視線も痛いわけだ。
あの変なポーズすれば良いのに、爆笑する自信がある。

「名前お待たせー!」

「おう芥川、ナイスタイミング。部活お疲れー」

部室から駆けてきた基準服姿の芥川がでかい声をあげたせいかキングの視線が逸れた。
よっしゃ勝った!
地味に子供っぽいけど私は基本自分が楽しけりゃそれで良い。

「久しぶりに部活出たからマジマジ楽Cー!これもオメェらのおかげだCーッ!」

「ああ、だからテンション高いのね」

「ブラックサンダー渡そうとしたのに名前土曜日来ないからビックリしたCー!」

「行くなんて言ってねぇよ。てか話聞いてなかったっしょ?私テニス部のファンじゃねーってば」

「でも今居るじゃん!」

「こいつの付き合いでね。さ、早く渡したまえ」

雪の肩を軽く小突いてから芥川に催促するため右手を差し出した。
その手にぶら下がっている袋の中身は筒抜けだ、貰ったらすぐに教室行こ。

「ねえねえジロー君、いつの間に名前と仲良くなったのー?」

「金曜の五限!」

「あー…乱入者ってジロー君だったんだねー」

「実は俺あそこにずっといてさ…」

「あ、聞いてたんだー。良いよ良いよそんな顔しないでー。私たちがごめんね?」

「もう良いCー!」

「ありがとー!」

私をスルーしたまま雪と芥川がのんびりと会話を始める。
緩いなこの二人、仲良さそうに話してるし友達なのかね。
てかシカトか。

「ほれ、芥川。その袋渡しなさい」

「ジローで良いCー!」

「それくれたら考えてやるから」

「うわーブラックサンダー!どうしたの?どうしたの?」

「お礼!」

袋いっぱいのブラックサンダーを見つけた雪は瞳を輝かせた。
それはもうギラギラと。
どんだけ好きなのこの子、もう雪が食べるのはビッグブラックサンダーで良いんじゃないか?
その方が多分ゴミ減るぞ。
芥川の短い一言でなんとなく理解したらしい雪は、私が袋を渡されれば期待の籠った目で私を見つめる。
おい…さっきあげたじゃん。

「雪、今日歯医者ならチョコは止めときな」

「えー!ママ厳しー!」

「アンタみたいな子供いらない」

「ガーン!」

ガーン!と声に出して言った雪に内心噴き出した。
なんだこいつ、やっぱ好きだ。
芥川から渡された袋を広げてブラックサンダーの数を数える。
ひい、ふう、みい…あれ?十五個もあるぞ。

「おい芥川」

「ジローだCー!」

「しつけぇな。これ数多いよ?どうした」

「あーそれね!だって雪にも感謝しろって言ってたから…雪に感謝なら断然ブラックサンダーだCー?だから雪の分!」

「……ジロちゃんあんた…良い子!」

思わず頭を撫でた。
いやだって…良い子だこの子。
話聞いてなかったりたまにイラッとするけどこういう気遣いが出来るのは良い子だ。
しめて四百五十円か…中学生には痛い出費だ、今度なんか奢ってやろう。

「ねー、感謝ってー?てかなんでジロー君がブラックサンダーくれるの?なんでブラックサンダー?」

「理解してなかったのかよ。これは、あれだよ……部活動のギャラリーについてどうしてもお礼したいって言うから、買わせた」

「お礼?」

「お礼」

「ふーん」

理解してるのか微妙なのか、こてんと雪が首を傾げた。
その仕草を天然でやってるところにツッコミをいれたくなったが、とりあえず自分の掌を握りしめることで我慢する。
いや、その、我慢しないとニヤけそうなんだよ、一々似合うなちくしょう可愛い。
ちなみに無理矢理買わせた自覚はあるけど芥川…面倒だ、ジローは私の言葉を聞いてもニコニコするだけだったからそういうことにしといた。

「アーン?おいジロー。なんだそのお礼ってのは」

「お、跡部」

キングキターッ!
いつの間に着替えてたのか、基準服姿の跡部景吾と樺地、他のレギュラー陣数名と見知らぬ子が各自荷物を持ちながら後ろにずらっと集まっていた。
気付けばコートにはジャージ姿の人は消えている。
いや、なぜ来たし。
終わったなら寄り道しないで教室行けば良いじゃん。
ファンクラブ居なくて…良かった…。
てかヤベェ、マジヤベェ………近くで見るとガチイケメンだなオイ、この眉毛どうなってんの?

「おはようございます跡部様ー。皆もおはよー」

「松本か。首尾は順調か?」

「順調だと思いますよー、部活しやすかったですか?」

「俺様は雌猫の鳴き声なんざ気にしてなかったが……まあ、周りを見りゃ上々だな」

あの熱狂ぶりが嘘のように普通に会話する雪に、やっぱりキングでさえフェイクの標的だったのかと内心感心した。
まあムービー撮って配布して良いか本人に許可とったのも雪だっていうし…なんで麗奈や他の幹部の子じゃ……あ、そうか。
この子も幹部か、今さら気付いた。
それにしてもこの男。
俺様…雌猫の鳴き声…。

「ブフゥッ」

「え、なに?!」

「フッ、グフゥッ!……いやっ、なんでもな…フハッ」

「アーン?…おい、この雌猫はなんだ?」

「雌猫じゃなくて名前だCー!」

「ぶっ…あーっ!ダメだ止まんない!ハハッ」

「大丈夫かいなお嬢さん…」

じわじわと来た面白さに我慢できなくて声をあげてしまった。
笑いのツボに入ったら一回笑うと腹筋がくたばりそうになるまで笑い続けるのが私の悩みどころである。
声を掛けてくれた忍足侑士には悪いが止まらない、丸眼鏡で尚更顔がにやけたなんて言えない。
だ、だから嫌だったんだよ!
テニスコートに来てもレギュラー人を見なかったのはこのためだ。
毎日こんな異次元見てたらたぶん笑い死にする。

「あれ絶対跡部見て笑ってるよな……激ダサだぜ」

「跡部の気ぃ引きたくて変な奴演じてんじゃねーの」

「向日先輩、それは言い過ぎじゃ…」

「…俺、先行く。じゃーな」

笑いを耐えるなかそんな会話が聞こえてちょっと冷静になった。
目に浮かんだ涙を拭いながら半笑いでそちらの方を向く。
あの冷めた反応は…おお、意外にも向日岳人か。
荷物を肩に担ぎながら校舎に向かう後ろ姿を笑いをおさめながら眺める。
クソクソ発言聞けなかったな…てかそうか、レギュラーで一番嫌な顔してたの向日だったもんな、ファンクラブ嫌いなのか。
いや私ファンクラブ入ってないけどね。
気を引きたくて変な奴、ね…そんな考え皆無だから私は素で変な奴ってことか、殴るぞ。
てか俺らを見て笑うなんて正気じゃねぇってことか。
ぶはっ、ナルシスト面白い。

「はー…本当暇潰しには持ってこいだな此処」

瞬間、空気が凍った。
気がした。
……あ、やべ。
ノリで思わず言っちゃったよオイ。

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