dream | ナノ
「名前ー!おはよ…あうっ!」
「おはよう。だが却下、却下、きゃーっか。サヨウナラ」
「まだなにも言ってないー!」
「校門で待ち伏せしてて私に特攻仕掛けた時点でお前の企みは筒抜けだっつの、却下」
二日ぶりにいつもと同じ時間に登校、校門で待ち伏せをしている雪が私を見つけた途端満面の笑みを浮かべたのを見てただでさえ低いテンションは急下降した。
またか、またなのか。
駆け寄って抱きつこうとした雪の頭に遠慮なくチョップする。
あうってなんだあうって、無駄に可愛いなちくしょう。
いい加減麗奈と行けと言いたい。
「なんなの、まだ友達風邪治んないわけ?長くね」
「インフルエンザで一週間外出禁止になったんだって。だから付き合ってー」
マジか、インフルエンザなら仕方ない。
てか流行ってもないのにインフルエンザに掛かるなんて…可哀想だなおい。
「えー…ならなんで麗奈と行かねぇんだよ」
「麗奈今日は行かない日なのー」
「は?…珍しい、毎日行ってたんでしょ?なんかあった?」
雪に腕を捕まれながらいつものごとく連行される。
振り払うのもダルい上、いつも来るはずの麗奈が観戦に来ないという話に興味を惹かれたので質問してみた。
ファンクラブの会長なのに…麗奈もインフル?
「ファンクラブの会合で決まり事作ったの!」
「あー……確かにそんな話が…」
あったね、忘れてた。
「観戦は一日一時間、朝練行くなら放課後はなしで、逆に放課後行くなら朝練は行くの禁止!一人につき一週間に二日しか行けなくなったんだー。まあファンクラブのメンバーいっぱいだからそれでも少しは多いだろうけど、前みたいに騒がないとか約束ごとも決めたから名前も頭痛ならないと思うよー」
「へえ…そりゃまた大胆に規制したな。反対してる奴多そう」
「んーん。跡部様が金曜の放課後練習でね、コートの真ん中で直々に苦情とうちらが考えた対策を言ってくれたの。皆嫌われたくないから土曜は決まり事知らない人以外は静かだったよー」
「行ったのか」
「麗奈と一緒に決まり事の配布と偵察の意味でねー」
なるほど…なんとなく理解した。
確か会議があったのは金曜の放課後。
テニス部ファンクラブは大半が放課後練習の観戦してたはずだから、部長直々のお達しはほとんどの人が目撃しただろう。
だけど、その日行かなかったとかで約束事を知らない人もいるだろうからその人たちに教えるために雪と麗奈は土曜日もファンクラブの偵察として行った、って感じか。
跡部自身の言葉ならまだしも、知らない人たちは配布で納得するんだろうか。
過激な人多そうなのに。
「…なに配布したの?」
「跡部様が金曜にした演説の携帯で撮ったムービー!跡部様にはちゃんと許可とったよー。あ、欲しい?見る?」
「いらないけど見る。あとで見して」
「任せろー!」
よっしゃ、今日の爆笑は約束されたようだ。
それはまあ置いといて、ムービーなら確かに納得せざる得ないしあんな大人気部長が自分の携帯に入ってるという事実があれば、皆簡単に納得しそう。
行かない日はそれ眺めれば良いんだから。
……想像したらキショかった、なんかごめんなさい。
「おー……女子が誰もいない」
テニスコートに到着したけれど、雪の手を引き剥がすのも忘れて目の前の光景にただ純粋にビックリした。
だって、いつもはキャーキャーとうるさかった桃色吐息軍団が居ないのだ、なんというミラクル。
観覧用スタンドにもテニス部っぽいジャージ着た男子しかいない。
初めてまともに聞こえたラリーの音、度々部員たちが放つファイトー!という声。
普通だ。一般的にこうであろう、という感じの普通の部活風景が目の前に広がっていた。
え…うん……確かにいつもよりかなり静かだけどさ…。
「なんか…極端だな」
「だねー。朝来たら一時間も居れないし放課後来れなくなるからかなー、ちょっと変な感じ」
「納得」
確かに、普通なら朝の数十分より放課後の一時間を取るだろうな。
朝なんて眠いしダルいし。
…私だけか。
「雪、叫ぶなよ」
「わかってるよー」
観覧用スタンドの中間地点で座り込み、隣で立ったままの雪を軽く見上げた。
暇だから私もテニスコートを見てみれば、打ち合いをしていたり外周から戻ってきたりしている部員や足がツったのかストレッチしている人など、真面目に練習を頑張っている風景があって感心する。
人数が多い分練習の仕方も工夫しているのか、混み合っている様子はまったくない。
ふーん…これが青春なのかねー。
汗を拭いながら爽やかに笑いあってる様子は実に清々しく見える。
観覧席を不快そうに見ている人も見える範囲では居ない様子で、少しだけ穏やかな気分になった。
うんうん、やっぱこういう環境の方がやり易いんじゃないかな、私も被害ないし朝なのになんかダルくないもん。
頑張る人を見るのは好きだから。
あ、そういえばちゃんと観戦するの初めてかもしれない、大抵耳塞いで頭痛我慢してただけだったし。
「…あっ」
「ん?」
どこを見てるのか自分でもわかんない感じでボーッと周りを眺めてたら、ずっと静かにしていた雪が不意に声を出したので反射的に彼女を見上げた。
座れば良いのに立ったままなのは今までの癖だろうか。
ぼんやりしたまま雪を見ていたら、キラキラと可愛く笑った彼女は少しだけ頬を赤くさせてコートをじっと見つめているのが目に映る。
可愛いな…恋する乙女っぽい。
レギュラーの誰かでも見つけたのか。
「……あれ?」
好奇心で雪が見ている方向に視線を移せば、そこにはラケットを振って練習に勤しんでいるレギュラー陣……ではなく。
さっきなんとなく見つけたストレッチをしていた部員が、コートに戻るのかラケットを片手に歩いていた。
雪をチラリと伺い見れば、その部員が歩いていく方向に合わせて視線が動いてるのがわかる。
……あれ?
「…ねえ雪ー」
「んー?」
「さっきあそこでストレッチしてた人、カッコイイね」
「……え?!」
あ、ビンゴだ。
私の一言に驚いたのか、コートを見るのを止めて座り込んだ雪に私はニヤリと笑った。
あたふたと変な動きをしている雪はどうやらなにか焦ってる様子。
へー、ふーん、なるほどねー。
レギュラーに対するアレはフェイクだったのか。
脳内で起こしていた混乱が一通り終わったのか、雪は不安そうな眼差しを浮かべて私に詰め寄った。
「な、ねえ、名前…彼のこと…」
「…可愛いなお前」
「え?!な……かわ、可愛いって…急になにー?!」
「大丈夫大丈夫、あの子カッコイイって言ったのは雪の反応見たかっただけだから。他意はまったくないから」
「ほ、ほんと?…はあ、良かったー………あ」
あ、ダメだ、顔が緩んで仕方ない。
「それにしても……ふーん」
「なにその顔ー!ちょっ、やめてニヤニヤしないで!」
「ハハッ、無理」
この反応で私が言いたいことを理解したのか、ほっと息を吐いたかと思えば少しどころか真っ赤に顔を染めた雪はわたわたしだした。
んふふーなにこれ、まさに甘酸っぱい青春ってやつじゃないか。
あ、なんか楽しい、今日の私珍しく朝からテンション高いぞ!
「てっきりレギュラーの誰かだと思ってたわ、私」
「……だって、なんか面と向かって応援するなんて、その…恥ずかしいじゃんー…ちなみに準レギュラーだよー」
レギュラーにはあんなにしといてなんなんだ、中学生わかんねえ。
急にしおらしくなった雪は恋する乙女全開でニヤニヤが止まらなかった、ご馳走さま。
恋バナは好きだ。
というか茶々を入れたり照れた顔を見るのが好きだったりする、モジモジしたりするところとかウザ可愛くて萌えるし。
「いやあ、春だな」
「だ、誰にも言わないでね!」
「ああ……考えとく」
「名前ー!」
「嘘だよ、言わねぇよ泣くなようぜぇ」
ちょっと本格的に涙目だった雪にウザさを感じたがブラックサンダーを渡して大人しくさせた。
うるさくしてしまったと思いチラリとコートを流し見すれば、スタンド近くでチラチラこっちを見てくる数人の部員を見つけた。
やべ、申し訳ない。
顔の前で手を合わせて小さく頭を下げごめんなさいのポーズをする。
とりあえず私の謝罪は伝わったらしい。
渋々、という感じで頷いてくれたその人たちを見て小さく苦笑してしまった。
いやあ……テニスコートについて愚痴りまくってた自分が騒がしくしてどうすんだよっていうね。
まあ今後は来ること無さそうだから許してください。
「…そういやなんで雪朝に来たわけ?放課後の方が良いんじゃねーの?」
「今日は十六時から歯医者なのー」
「なるほど」
鼻唄でも歌いそうな上機嫌ぶりの雪がブラックサンダーを握りしめてコートを眺めている。
歯医者か…絶対チョコの食い過ぎだろ。
……ん?ブラックサンダーといえば…何かあったような…。
「…あー!名前ー!」
「あ?…あ」
コート方面から名前を呼ばれた。
あ……そうだ、忘れてた。