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主人公キターッ!と内心ウハウハしながらも、持ち前の気だるさとやる気のない演技で私はなんとか自販機を彼に譲ることに成功した。
普段ダルいからその雰囲気を出すなんてお手の物だ、顔の筋肉なんて滅多に動かないし。
今ちょっとニヤニヤしたいけどそのおかげでまだ表には出てないだろう、でかした自分、グッジョブ私。
雪より少しだけ小さいくらいだろうという背格好の彼を見下ろしたあと、彼以外他に青学の誰かがいないか少しだけキョロキョロ周りを見てみた。
いやだって、見れるもんなら見てみたいじゃん。
ガチで猫語しゃべってたら超痛……いや、ウケるだろうし。

「あ…」

唐突な声が聞こえたので彷徨ってた視線を主人公に戻した。
どうした少年、私の目が確かならファンタグレープはそこにちゃんとあるぞ。
それにしても、だ。
主人公なのに名前思い出せない……リョーマってのはわかるけど名字なんだっけ…コシマエってのは確か四天の金ちゃんが言ってたから…コシマエと書いて、えーと…………ダメだ、財前しか出てこない。
財前リョーマってなんか違う。えーと…。

「越前!」

…越前!
そうだ越前だ、ゼンしか合ってないって自分どんだけ。
越前リョーマ、そうだそうだ。
仕方ないな、ほとんど流し読みしてたしテニプリ最後に読んだの二年は前なんだから。

「あ…桃先輩」

桃先輩……桃城キターッ!
あ、名前まったくわかんない!
突然現れた桃城は自転車に跨がり主人公とぶつかる直前くらいに急ブレーキを掛けた、少しだけ舞った砂埃が不快で若干眉にシワを寄せる。
けれど意外と見上げなきゃいけない事実にビックリした。
ちょっ、でかいんですけど、予想以上にでかいんですけど中学生半端ねえ!
自転車跨がってんのにわかるこの身長差半端ねえ!
…………ちょっとまて自分、落ち着け。
いくらなんでもテンション変わりすぎだ疲れる。

「なんで居んの?」

「たくっ!オメーな、一人で逃げやがって逃げ足早いっつーの!俺らがどんだけ苦労したか……抜け駆けたぁいけねーな、いけねーよ」

「まだまだだね」

ダブルで生口癖キターッ!
ダメだ、これはテンション上がるしか道はない。
主人公思ったよりちっさいよ、なにこれ頭ナデナデしたい。
てかなんでこんなサラリと自然にキメ台詞言えるんだろう、桃城はまだしもまだまだだね、なんて三回に一回は噛む自信あるぞ私。
滑舌も超人なのか納得。

「あ、それより桃先輩金貸して」

「はあ?!」

「…十円、足りなかった」

あ、それか。自販機見ながら呟いたのはそのせいか。
自転車にまたがったままの桃城は一回頭をガシガシ掻いたあと、申し訳なさそうな感じで主人公を見ていた。
あ、これ絶対持ってないな。

「あー…ワリーけど今日財布忘れてだな…」

そこで私は悟った、フラグキターッ!と。
テンション上がってる私はオタク脳全開である、普段あんだけダルそうなのは誰だと自分で自分にツッコミをいれたい。

「あの、どうぞ」

「…え」

「え、良いんスか?」

「困ってるみたいだし、十円なんで良いですよ」

ニッコリと笑いながら財布から取り出した十円を差し出してみた。
今の私は機嫌が良い、感謝しなさい中坊!
自分も今は中坊だとか知らない、十円しか出さないってケチくさいとか知らない。

「…ありがとうございます」

「いえいえ」

仕事以外では滅多にやらない他所行きスマイルはもう完璧だろう、ニヤけたいのを誤魔化してるのは否めないが気付かれなきゃ良い。
あー……この思春期真っ盛りな感じでさらにこのミニチュア感は可愛いな。
主人公だから許されるなにかだろうか。
さっそく自販機に小銭をいれ、やっぱりファンタグレープのボタンを押した彼に笑いそうになったのを堪えた。
歪みねえ忠実さ!
十円足りないとか上目使いとかなんなんだ、可愛いじゃないかもう私がなんなんだ。
純粋にキャラ萌したのはこっちに来て初めてな気がする、主人公半端ない。

「お姉さん優しいっスねー!高校生っスか?」

脳内で一人キャラ萌してたら桃城に話しかけられた。
あ、ごめんガチで存在忘れてたわ。
ニコニコ人懐っこく話しかける彼は普通にイケメンだ、髪型の角張りようが気になるが普通にイケメンだ。
もう一回言ってみる、本当に中学生?
あ、でも一番中学生らしい青学の生徒にこれ言ったら終わりだ、全滅する。

「いえいえ、そんなこ」

「タケシー!リョーマー!」

「あ?…うわ、ヤバッ」

「……」

「……げ」

話してる途中で甲高い女の子の声が二人を呼んだ。
桃城、主人公、私の順で様々な反応を見せる。
聞いたことあるなーと思い声の方に目をやれば、そこにいたのは可愛らしく走りながら満面の笑顔で手を振る、さっきの女。
二人の微妙な反応を見てなんとなく理解した。
あー…御愁傷様。
私は関わりたくありません。
てかそうか、桃城武か。
自分の記憶力を疑った。

「あ、早く行かなきゃいけない用あるんだった!では私はこれで」

「あ…」

「ちょっ、お姉さん!」

白々しいセリフを早口で捲し立てて逃げるように歩き出した、というか逃げた。
後ろでキャピキャピした声が近づいてくる。

「二人ともー!もう、皆すぐ帰っちゃうんだからぁ!寂しかったんだよぉ?」

「あ、あー…悪ィ悪ィ!」

「……じゃ、桃先輩。俺はこれで…」

「な、越前!お姉さんの真似して逃げんじゃねーよ!」

「…お姉さん?……あーん二人とも、待ってぇ!」

三人の騒がしい声が遠ざかる。
ちょっ、まったく相手されてないのに強すぎないかあの子、なんなんだあれ。
てか一瞬あの女の子、鋭いというか殺気のこもった声出した気がするんだけど気のせいかな、気のせいにしとこう。
そーっと後ろを振り向いたら自販機の前にはもう誰も居なくなっていた。
静まり返った空間、周りに人のいる気配はない。
そしてそれを確認した私は色々と我慢していた何かの限界が切れた。

「…ブフゥッ…クッハッ……アッハッハッハッハッ……ハハッ……グフゥッ」

ただっ広い公園の片隅で不審者並みに爆笑してみた、周りには誰もいないから遠慮はしない。
だって、あれなに、絶対誰か来るかもと思ってここ来てたのあの子じゃん!
地声まったく違うし……面白すぎる。
しかも相手にされてないどころかスルーって!桃城は辛うじて優しかったけど主人公半端ねえな!

「あーっ!…ひっふぅっ……あー……楽しかった」

セーラー来てたってことはそうか、青学ってセーラー服に学ランだったっけ…土曜も律儀に制服来てるってことはマネージャーか何かかなあの子…ただのファンなら痛すぎる。

「んー…よし、なんか飲もう」

公園を出る直前だったため自販機はやめて飲み物が安い薬局を探すことにした。
薬局だとバームあるし百円いかないもんね、そうすればあげた十円もチャラどころかむしろ得する。
先に譲っておいて良かったー。

「さっきこっちから来たから…」

来た道とは逆の方向に足を向ける。
もちろん彼らとはまったく違う方向だ、抜かりはない。
あ……そうか。
土日は異様にテンション高いから平日なると疲れてダルいんだな、私。
よし、薬局見つけてある程度把握したら帰ろ、面白いこと合って良かったなー。
明日はグータラしよう、オタクを堪能しようそうしよう。

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