dream | ナノ
昼休みになり、弁当を食べ終えた雪がどっかに行ったため教室で一人音楽を聴いて過ごしていた。
好きなジャンルも歌手もこの世界に変わらず居たから内心ホッとしてる。
良かった、音楽中毒と言っても過言じゃないので本当に良かった。
「名前なに聴いてんのー?」
「あ、ちょっ。こらこら、イヤホン返せ」
「あ、ボカロだ」
「お、知ってる?」
「ニコ厨のボカロ廃とは私のこと!」
「よし、心友になってくれ」
「ちょっ、名前キャラ違う」
思わぬ所で心の友をゲットした、私もニコ厨のボカロ廃である。
ボカロ廃だというクラスメイトにオススメを教えて貰っていたら、同じくボカロ廃の他の子が耳ざとく聞き付けていつの間にか数人でグループが出来上がっていた。
携帯からイヤホンを抜いてこの曲知ってるー?とかこの歌い手さん上手すぎだよねーとか雑談する……なんだこれ、かなり楽しいんですけど。
「このPの曲ってハズレがないと思うんだ」
「あー、あのサビが盛り上がるとことか最高だよね!」
「あとこの歌い手さん。生放送の時はかなりの確率でふざけるのに真面目に歌うとイケボ過ぎて惚れる」
「ぶっは超わかる!」
あ、私今リア充だ。
「名前ー!ちょっと来てー!」
「んあ…?雪か、何ー?」
「良いからほら!カモン!」
「今久しぶりにリア充してるから嫌だ…ってオーイ」
教室の入り口にいた雪が面白くなさそうな顔をしながら私を呼んだ。
戻ってきたのか、そしてなんで不機嫌?
楽しい空間を邪魔されまいと断ろうとすれば、いつの間にか周りに集まってグループ化してた中に単身突っ込みいつもの如く私を引き摺って輪の中から連れ出す。
え、なにこの子パワフル。
「名前携帯借りてるねー」
「充電一個減ったら使うなよー」
「はーい」
教室を引き摺られながら出る直前に言われた言葉で携帯が手元に無いことに気付いた。
まあ見られて困るものも無いから別に良いしキーロックしてるから問題はない。
ロック中は音楽機能しか使えない設定をしてるから放置しても大丈夫だ、最近の携帯は便利だなあ。
それよりも私の腕を掴んで張り付いてる雪が問題である。
なんだこいつ、歩きづらいんだけど。
「どしたの」
「…楽しそうだったね」
「ん?ああ、なにヤキモチ?キモッ」
「名前私の前じゃあんな笑わないー!いつもダルそう!ていうかキモッて!失礼な!」
「趣味の合う人見つけたらそりゃ常にダルそうな私もテンション上がるって。悔しかったらお前もボカロ聴きなさい」
「ボカロ?」
「ボーカロイドの略。良い曲てんこ盛りだよー」
「…あとでオススメ教えてー?」
「良いよ」
腕にしがみついて上目使いだなんてクソ可愛いことをしてきたから捕まれてない方の手で頭をワシャワシャ撫で回してやった。
雪は身長が私より十センチ近く小さい。
私がでかいわけではなく雪が小さすぎで、小さくて可愛いのが好きな私としてはまさに気分は俺得。
なんだこいつ、こんなに可愛かったっけ。
勘違いされそうだから言っておくが決して百合ではない。
「で?何の用なわけ?」
「屋上行こー、麗奈待ってるのー」
「ふーん」
麗奈といたのか、わざわざ戻ってくるなら最初から一緒に行けば良かった。
いやでも趣味友増えたし良いか。
「名前私にはちょっと冷たいよねー」
「は?…ああ、好きな子には素っ気なくなるんだ私」
「…名前っ!」
「嘘だよバーカ」
「えっへへへー」
「聞けし」
腕に引っ付いたままスキップまでしそうな雪に苦笑する。
昔女子高出身だった私は、女子特有の派閥とか面倒臭いことはパスしたかったため手っ取り早く皆をたらしこんじゃえば良いじゃん、という感じで過ごしていた。
そのおかげかいただいた称号は天然タラシ。
男なら絶対彼氏にしたかった、と言われるたびに内心安堵の息を吐いていたのは誰にも内緒だ。
天然じゃなくて故意にやっていたと知ってるのは数人だけだけど、その友達はあっちの高校で出会った人たちだから中学生な今、その事実を知る人はいない。
まあそれで良いよな、おかげで女子高生よりもやっぱ中学生の方が落としやすいって雪でわかったし。
考えてない適当に言った言葉でここまで反応してくれるなら上々だ。
私なりの処世術、まあ嘘は言ってない、雪はウザいが面白いから好きだし。
考えて行動しなくても大丈夫だから楽だなあ、中学。
女子高って名前のお淑やかさとは違って一歩中に入ればジャングルの猛獣しかいなかったもん。
それに比べりゃ涙が出そうなほど楽だわ。
「到着ー!」
「雪遅い!何してたのまったく、ブラックサンダー没収ねっ」
屋上に到着、買い物袋をガサガサしながら口にでかい飴を含んでる麗奈は見つけたらしいブラックサンダーを手に掲げて雪にとっての死刑宣告をした。
ブラックサンダーか……本当にお嬢様なのこの子。
いや私もかなり好きだけどねブラックサンダー。
お嬢様がコンクリートに腰掛けて紫外線も遮らずに口には飴玉、右手には三十円のチョコを掲げてるなんて……私の中のお嬢様像はこの子のおかげで崩れまくりだ。
「うきゃーっ!麗奈様ごめんなさい許してー!名前が悪いの!」
「さっき雪が麗奈の悪口言ってたよ」
「裏切られたー?!」
「私をダシに使うな。麗奈、そのブラックサンダー頂戴」
「はいよ。悪口ってどんな?」
「金持ち過ぎてウザいって」
「ブハッ、絶対嘘でしょ!この子こんなでもお嬢だし」
「お前もな。てか雪お嬢だったのか……まあ悪口ッつーのは嘘です。あー、久しぶりのブラックサンダーうまー」
「それ私のおおおっ」
スカートなのも気にせず麗奈の隣に胡座を掻きながら座れば、はしたないとベシッと足を叩かれ注意された、地べたは良いのかお嬢様よ。
下にジャージのハーフパンツはいてるから気にしないよ私。
あまりにも雪が煩いので食べかけをあげたら益々なつかれた。
あ、アホの子なんだこの子。
「…あ、麗奈ー。最近のテニス部のギャラリーどう思うー?」
駄菓子を黙々と摂取してやっと落ち着いてきた頃、急に思い出したのか雪が麗奈に話題をふった。
上級学年のファン同士、やっぱこんな話し合いもするものなのかとわたパチを口にいれながら静観する。
うおっ、ちょっ、やべえ口にいれすぎた。
「最近?特に変わってないと思うけど。…ちょっと名前パチパチ煩い」
「ごめパチッんパチパチパチッ気にパチパチッしないパチパチパチでパチッ」
「むしろ気になって仕方ない!」
吹き出して笑う二人、話が進まないため口の中にある飴を全部噛み砕くことにした。
よし、わたパチは家で楽しもう、次はモロッコヨーグルだ。
この二人なんでこんな買ってきてんだろ。
「変わってないって言うかさー、なんかこう…煩くない?」
「ああ…そういえば確かに。一年生増えてマナーの悪い子も増えたし」
「マナー云々を言っちゃえば私なにも言えなくなるんだけどー」
「自業自得。ていうか始業式明けから皆箍が外れたように騒がしくなったよね…私もだけど」
「いやー、長期の休み明けで久し振りに観戦したら愛が止めどなく溢れちゃったよね!」
「それで部員に迷惑掛けてりゃ世話ねーな」
前学期はギャラリーあそこまで酷いわけじゃなかったんだと思っていたら、開き直ってる感じの雪の言葉を聞いて思わず口を挟んでしまった。
いやだってさ、開き直っちゃダメな部分じゃね?ファンなら尚更そうでしょ。
「…名前、迷惑って?」
麗奈の目がギラリと光った。
え、ごめん超怖いんですけど。
嘘です。
可愛い子は睨んでてもやっぱ可愛いわ、羨ましい。
「んー……私テニスコートなんて片手で数えるくらいしか行ってないからアレなんだけどさ」
「うんうん」
「とりあえず図書室の防音設備効果すらなくなりそうな歓声、ってか応援はもはや騒音のレベルじゃね?先生も笑い事じゃないって困ってたよ」
「あ、あの美人先生ー?可愛いよねー」
「そうそうあの美人先生。雪、ちょっと黙ってようか」
「えーっ」
よし、シカトしよう。
「部員って言うのもあれだ、なんかレギュラーっぽい人たちはどうかわかんないけど準か平辺りで耳に指突っ込んでイラついてる感じの人も結構居たし。応援すんのは良いけどさー、もう少し周りのこと考えろよって感じ。集中してたら周りの騒音なんか耳に入んないって人は居るんだろうけど皆が皆そうなわけないし、てか毎日あんな煩い環境だったらそういう人も気が散りそう。他の野外運動部の人たちにとっても良い迷惑だよね」
ピンク蓋のモロッコヨーグルを食べながらつらつら言い重ねる。
やっぱり大人びて見えても彼女たちは中学生だ、無意識に自分たちのこと優先で過ごしていたことに今更気付いたらしい。
客観的に見てれば誰でもすぐ気付くんだろうけどね。
こういう否定的な意見言わないっていうか、言えない複雑なお年頃だからなー、ファンクラブじゃない人は相当我慢してたろうな御愁傷様。
私は正直に言うけどね!雪に引き摺られるたびに黄色い声で頭痛だなんて日常送りたくない。
「テニス部がギャラリーをどう感じてるかは本人達しかわかんないからこの際置いとくけど、とりあえず周りはかなり迷惑してんじゃない?私も雪に引き摺られなきゃ絶対近寄んなかったよ、煩くて」
「そっかあ…これはファンクラブで会議しなきゃダメだねー」
「…なんかショック。前会長偉大だったんだなあ」
「なに?会長の引き継ぎしたわけ?」
「うん、去年の会長高等部行っちゃったしー」
「あー……ならこれ完全に今の会長の力量不足だな。これ以上悪化する前にまず会長に会議を提案して、代表でテニス部に意見聞いて貰って、んで話し合いで見学についての注意事項とか話し合えばいんじゃね?」
「…具体的には?」
「ええー…集中してる部員のために試合以外は声控える、とか。行く回数減らすとか?あ、私が気になったのはアレだ、真剣に練習してるって時に大声でこっち向いてー!なんて言われたらストレス溜まり放題だろうなー、とは思った」
「そう…」
「てかテニス部のファンクラブなんだから彼らと周囲に迷惑かけないためには、ってお題出せば意見いっぱい出るんじゃない?好きな人が快適に練習するにはって考えれば自然と案出てくるでしょ」
黄色い蓋のモロッコヨーグルを完食した。
一塊に置いてある色違いのモロッコヨーグルの蓋を数個見られて雪に食べすぎだと突っ込まれたが、気にしない。
金持ちならケチケチするなよ。
「麗奈なんか急にテンション下がったねー」
「だって名前素直にズケズケ言っちゃうんだもーん、神経図太い麗奈もさすがに落ち込んじゃうよ!」
「なんでまた。会長ならまだしもただのファンが落ち込まなくて良くね?会長が管理できてないのが悪いんだし」
「麗奈は会長なんだよー」
……えええええええっ?!
あー、ああ……あ、うん………うん。
とりあえず土下座してみた。