dream | ナノ

考えても仕方ないというか、トラックで事故ったはずが若返って世界を越えて今ここに自分が無傷で生きてるという時点で常識が欠片も見当たらないため、考えることは諦めた。
こんな超異常現象、考えたところでわかるわけがない。
こんな意味のわからない現状にいるのに、努めて冷静でいられるのは一重に家族のおかげだ。
何故かはわからないが、テニプリの世界には無いはずの私の実家と家族、中学三年になる前の自分の経歴やアルバムなどは今までと同じだった。
氷帝学園から徒歩十分の場所に家があることや、転校前の中学や小学校の名前、周りの地理的なものなど違うところもいっぱいあったけれど、それ以外は地元の友達も若返ってただけでそのまま。
なんというご都合主義。
これもまた考えるのは放棄した。

「名前、私行ってくるね!バイバイまた明日ー!」

「ばいばーい」

放課後の図書室。
返却を忘れていた本があったらしい雪の付き合い、というよりちょうど図書室の場所を知らなかった私は彼女の返却ついでに場所を案内してもらった。
さすが氷帝、市立図書館並みの広さにびっくりだ。
雪も本読むのかと失礼ながら意外に思ったが、彼女の持つ本の表紙を読めば『簡単!すぐに覚えるテニス!』というタイトルのルールブックだった。
なんというか、彼女らしいというか。
ちゃんとルールを理解した上で観戦に行こうと勉強してた雪に好感度が上がったのは内緒だ。
返却の終わった雪は本を物色してる最中の私を放ってテニスコートに直行した、彼女はミーハーなのか恋する乙女なのか暇人なのかよくわからない。

「んー…読んだのばっかだな」

小説棚を片っ端から物色したものの、読んだことのある物、興味が惹かれない物ばかり。
洋書棚はパス、興味のある洋書は一通り制覇済みだし最新作は今は読む気力がない。
電子辞書片手にちまちま読むのは疲れるんだ、それなりにしかない頭脳に泣ける。

「んー……ん?」

窓際の棚を物色していたら、黄色い声が聞こえた気がして振り返って窓を覗き見た。
あー…ああ。なんだと思って下を見れば、そこはなんともまあお約束な感じでテニスコートが一面丸見え。
交友棟の三階と四階すべてが図書室エリアであり、今居るこの場所とは正反対の所に座って本を読む場所があるから気付かなかった、本棚しか見てなかったし。
何ここ、ファンにはかなり嬉しいベストポジションじゃね?

「……あ、雪発見」

ポツリと独り言を呟く。
場所的にかなり近いはずなのに微かにしか聞こえない防音の窓に感動しつつ、雪も毎日朝と放課後よくやるよなーと変な感心をした。
毎日あんなに叫んでたら喉も枯れるだろうに……聞けばこれを二年続けてるっていうんだからもう、やっぱり感心するしかない。これが若さか。
でも二年間続けてたならなんで今更ルールブック借りてたんだあの子…明日聞いてみよう。

「お」

こっちに気付いた、というか急に振り向いた雪と目が合う。
あー、死んだ目してるくせに眼力半端ないからお前の視線は痛いってよく言われてたな…見すぎたか。
私だと気付いたあと、満面の笑みで手をブンブン振った雪につられて私も手を振りかえした。
なんだかなー……普段ウザいけどやっぱこんな風に無邪気な好意を向けられたら……可愛いじゃないか。
振りかえしたら嬉しいと言わんばかりに腕を振る力を強めた雪に苦笑する。
なんだあれ、何あの可愛い生物、腕千切れんじゃない?
一頻り手を振って満足したのか、キラキラとした顔をそのままにテニスコートに視線を戻した雪は一層声援に力をいれたようだった、一際声が目立っている。
図書室だから防音なんだなここ、金持ち学校は抜かり無いな、それでも聞こえる雪ってどんだけ声でかいんだろ。
雪に触発されたのかもはや騒音に包まれているようにしか聞こえないテニスコートを見ながら、今は誰がコートにいるのか何となく視線をやった。
あ、なんか試合やりそうな雰囲気。
氷帝コールが響くなか一際目立つ男の子がコートに入り、腕をスッと上にあげた瞬間私は衝動のままに急いで目の前の窓を開けた。
コンタクトをバッチリ装着済みの今、あのどう見ても中学生には見えない泣き黒子は彼に違いない。
ガラッと窓を開けた音と、パチンッと指が弾いた軽快な音が響くと同時に静寂が辺りを包んだ。

「勝者は…俺だ!」

「…ブフゥッ」

ちょっ、やべっ、マジでやった!
掌で押さえてはいたが余りの威力に盛大に吹き出してしまった、やべえコレは。
幸いすぐにコールが始まり私の吹き出した声は掻き消されたので、遠慮なく腹を抱えて盛大に笑うことにする。
一応図書室なので声は出せない、というかひきつり笑いなため声が出なくて苦しい。
窓の縁をバシバシ叩きながら笑うがもうどうすれば良いのかわからない。
跡部様まじパネエッ!

「っ…クハッ…ブフッ!あ…ヤバッ…!」

騒がしくなった眼下に気付いて勢いよく窓を閉めた。
危ない危ない、ここは静かに、がモットーの図書室だ、苦情が来るところだった。
なんかもう手遅れな気はするけれどその時はその時。
それよりも…。

「うっ…ひゃっ…あんなドヤ顔…っ、初めて見た…っ、ブフゥッ」

物凄く盛大に放り投げたジャージを樺地がナイスキャッチしたのを見て、また腹が捩れるほど笑ったのは言うまでもない。
ヒーッ、あっ、あー……笑ったー…。
よし、もう本はいいや……疲れたから帰ろう。

「…あ、そこの貴方!窓開けたでしょう?」

おお、美人で評判の図書教員登場。

「あー……はい、すみません」

「放課後はテニス部が騒がしいから開けないでね?まったく、毎日毎日うるさいんだから…」

「っ…先生も、大変なん、で、すねっ!」

「なに笑ってるの、笑い事じゃないのよまったく…まあ良いわ、次から注意してね?テニス部の観戦がしたい人は立ち入り禁止だから」

「はーい気を付けまーす」

ちょっ、テニス部ファンは立ち入り禁止なんですねだから誰もいなかったのか、乙!
まあ、私は純粋な図書室利用者だから関係ないや、さっきはオタクの悲しい本能か生のセリフ聞きたい欲望に負けたけど次はない。

「あー…たまには雪に付き合おうかな」

それよりも、あんな笑いどころ満載な場所で笑わないあの子達すげえ……尊敬するわ。

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