dream | ナノ
一週間以上して気付いた私はアホなのかもしれない。
「キャーッ、跡部様ーっ!」
「忍足君頑張ってーっ!」
「皆ファイトーッ!」
「跡部様ーっ!キャッ、こっち向いたっ!」
「跡部様ーっ!」
「きゃあああっ」
まじパナイ。
言い換えればヤバイくらい半端ない。
「テニプリかよ…」
「跡部様あああっ……ちょっと名前ー!せっかく跡部様がこっち向いてくれたのになんでそんな死んだ目してるのっ!」
「いや…ハハハ…」
「あ、向日君がこっち見た!きゃーっ!向日くーんっ!」
「おい」
誰でも良いのかよ。
ていうかファンの熱狂ぶり想像以上だな…騒音だろこれ。
パコーンパコーンとテニスボールの音が響くテニスコート、ではなく女の子達の黄色い声と桃色吐息が止まないテニスコート。
ガキのテニスには興味無いと昨日豪語していた筈の私がなぜ今此処にいるかというと。
「きゃーっ跡部様あああっ」
「結局跡部かよ」
隣でキンキン声をハート乱舞しながら撒き散らしている友人、松本雪が私を拉致したからだ。
今までの生活の賜物だが、私は朝起きるのが早い。
バイトで六時起き生活を規則正しく行っていたせいだけど、何故か急に学生生活に戻った今も当たり前だが生活習慣が変わる訳ではなかった。
のんびり家にいたなら学校に行く気力が失せると自覚しているため、起きてすぐ準備を済ませ朝食が終わったなら家を出るというなんとも優等生な日常を過ごしている。
現役中学生だった頃と比べればかなりありえない。
毎日遅刻やサボり三昧だったあの頃がなんだかいやに懐かしくて、気を向けば思わず遠い目でもしてしまいそうだ。
そんなこんなで、いつもと同じようにいつもと同じ時間、いつもと変わらないやけに立派な校門を潜れば、いつもは居ないはずの雪を前方で見つけたのだがそれが間違いだったと今なら断言できる。
常にやる気が見えない私だが、挨拶だけはどんなに怠かろうと必ずやるという無駄なこだわりがあるため雪に声を掛けた…が。
私に気付いて振り向いた彼女は、挨拶もそこそこに有無を言わさず私の腕を掴んだかと思うとテニスコートに引き摺って行ったのだ。
なんでも、いつもより遅く来てしまった上にいつも朝練の観戦を一緒に行く友達が風邪で休んだため一人で行こうか迷っていた、と。
ちょうど良く私が現れたからチャンスは逃さない、と。
迷惑極まりない。
振り払えば良かったのかもしれないけど、低血圧な私は朝はいつも以上にダルいし放課後は違う友達と行くから今だけお願い、と言われてしまえばまあ良いかくらいは私も思ってしまうわけで。
それに朝から元気ハツラツな雪に敵うわけがないのだ、朝からオロナミンCを飲んだとしてもこの超絶元気に勝てる気がしない。元気ハツラツ?オフコース!なんて言える気がしない。
……例えが古いとか言うな。
だがしかし…こんな現実が目の前に広がるとは思ってもいなかった。
「…雪、私教室戻る」
「えー!あと二十分は余裕あるよ?」
「だってダルいし。周りうるさいし。ダルいし。頭痛くなってきたし」
「とりあえずダルいんだね」
「周り友達いるからもう置いてっても大丈夫っしょ?んじゃお先ー」
「えーっ!もう、あとで教室でねー!」
「うぃーっす」
教室に行くために背中を向け、後ろからぶつけられる雪の声に片手をヒラヒラさせて気の抜けた返事をした。
よし、脱出成功。
いやだってね、こんな私でも混乱はするわけなんですよ。
氷帝学園中等部、という言葉で気付くべきだったのかもしれない。
マンモス校でテニス部が爆発的人気という時点で気付くべきだったのかもしれない。
始業式の生徒会長挨拶で気付くべきだったのかもしれない。
いや確かにね、始業式には出たけど私寝てたし…現実逃避で、もしあの時トラックに轢かれてて今昏睡状態かなんかで妄想の世界に居るんなら寝れば目が覚めて病院にいるかも、という淡い考えで寝てたし。
戻んなかったけど。
生徒会長挨拶の時体育館ぶっ壊れるんじゃないかと思うほど黄色い声が響いたからその時起きたけど、眼鏡もコンタクトもやってなかったから壇上なんてぼやけて見えなかったあげく、耳痛くて脳内で一人愚痴大会開催してたからまったく興味なかったし。
氷帝学園って学校の名前知った時も、コオリにミカドでヒョウテイってネーミングセンス格好いいなーとしか思わなかった。
あれか、私の無関心が全部悪いのか。
いやでもさ……誰が違う世界にトリップしたなんて考え付く?
無理でしょ、普通考えつかないくらいありえないっしょ。
いやまあ若返って学生やってる時点であり得ないことだけどねえ…変だな、私トラックで事故っただけなのに……ん?
「……あー」
もしかして私、死んだんだろうか。