dream | ナノ

ここ数日の頭を抱える展開に順応しようと努力した私はもはや悟りの域に入っている、と思いたい。
静かでも騒がしくもない教室の窓際の席に突っ伏しながら、私は無意識に出てくる溜め息をそれはもう盛大に吐き出した。

「名前おはよー」

「あ?…ああ雪、おはよ」

「今日も相変わらず眠そうだねー」

「眠いってか、やる気が起きん」

声を掛けられ、体制はそのままに頭だけを上げれば朝からキラキラと眩しい笑顔を浮かべる松本雪がそこにいた。
私の前の席である彼女は一週間前にこの学校に転入した私の最初に出来た友達である。
身長は小さいが年に不釣り合いな完成された見た目に、とてもじゃないが中学生には見えない。

「いつもより遅いじゃん。またテニス部の朝練見てきたの?」

「うん。放課後よりも人少ないからねー、朝から得した気分」

「若いねえ…」

「何ババくさいこと言ってんのー」

語尾が伸びるこの子のしゃべり方はなんだか気が抜ける。
自分の席につき、突っ伏したままの私の頭をバシバシ叩きながら雪は笑った。
痛くないけどちっさい脳みそが揺れるからやめてくれ。
軽く手をヒラヒラさせて叩いてくる手を止めさせたあと、ガヤガヤとうるさくなってきた教室に気付いてとりあえず体を起こす。
椅子の背もたれに体重をかけて思いきり伸びをした。
眠気は晴れないけれどなんとなくスッキリ。

「名前も一緒に観戦行こうよー、朝早く来てるからいつも暇でしょ?」

「あー、無理。パス。無理無理」

ガキ共のテニスなんて見てなんになる。
それに観戦するなら私はサッカー派だ、けれどいくらサッカー好きな私でも中学サッカーは幼稚だとわかりきってるから見に行かない。
私が中学生の時、全国にまで上り詰めた兄の高校サッカー観戦には毎回行っていたが、やはりテレビで見慣れているプロと比べてしまうと退屈としか言いようがなかった。ごめん兄貴。
とりあえず今私を取り巻くこの周囲に興味がないんだ、今はすべてが面倒。
何それ冷たーい!と騒ぐ雪を軽くスルーしながら、続々と教室に集まってくるクラスメイト達の挨拶に応えていく。
おはよーと元気に挨拶してくるクラスメイトを見ながら、若さって良いなあと雪いわくババくさいことを心のなかで呟いた。
ババアで悪かったな。

「名前ってさー、クールっていうか冷めてるっていうかやさぐれてるっていうか……とりあえず無関心だよねー」

「まあ…色々あるのさ」

「何々?前のガッコで何かあったの?」

「秘密」

「えー!友達じゃん、教えてよー!」

「うっせーなあ、秘密って言ってんだから言わねえよ」

「けちー!」

「どうとでも言ってろ」

頬を膨らませてブーイングする雪に若干イラッとするが、そこは私は大人彼女は中学生、と脳内で繰り返し呟くことで自制した。
私のこの態度は大人とは言いがたいだろうけど、バイトでもないのに取り繕うなんて面倒だからやらない。
プライベート覗けば完璧に見えるバイトの先輩や社員さんも中身は意外と子供っぽいもんだ、仕事とプライベートの切り換えが上手い人ほどギャップがある。私も然り。
中学生なんだから友達イコール秘密は無し、という無茶な友達主義もわからなくはない。
だがまあ私は遠慮する。
見た目は大人顔負けなくせに中身は立派な子供の雪。
感情論でいうならばなんだか複雑だ。

自分達の話し声も周りには聞こえないだろうというくらい騒がしくなった教室、生徒の大半が詰まったこの場を見てまた大きく溜め息を吐いた。
あー、うるせえ。
教室の騒がしさには未だに慣れないと気分が下降していくのを感じながら、学校中に響いた予鈴を右から左に受け流した。

「チャイム鳴ったから先生来るよ、前向きな、前」

「そんなの関係ないもんねー!」

ウゼー。
私がもし本当の中学生だったなら、こんなことは考えない以前におしゃべりに花を咲かせていたのだろう。
だがしかし、実際私が中学生だったのはもうずっと、四捨五入すれば十年になるくらい前だ。
初々しい感情など当の昔に忘れた。

「なんでこんな事になったかな…」

「ん?」

「なんでもない」

担任が来て朝の号令が始まり、少しは静かになった教室にだるさを覚えて朝の連絡事項を聞き流しながら私はまた机に突っ伏した。
あー、めんどくさいわ。

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