dream | ナノ

バイトに向かうために朝早くから自宅を出発していた私は、どんよりと浮かぶ雨雲に何か嫌な予感を感じながら自転車を漕いでいた。
徒歩三十分、自転車をノロノロ漕いでも十分で辿り着くバイト先なため雨が降ってもまあ大丈夫だろ、と軽い考えで嫌な予感を天気に置き換えた私。
この考えがダメだったのかもしれないと今は後悔している。
別に遅刻するような時刻でもなかったのだから、この時家に引き返して折り畳み傘でも取りに行ってたなら状況は変わっていたのかもしれない。

「っ…ヤベ、降ってきた」

自宅を出て六分、鼻先に感じた冷たさと乾いた道路に黒い斑点が徐々に出来上がっていく様を見て眉を寄せた。
本降りになる前に早く着かなくては、とペダルを漕ぐ足に力をいれて曇り空を睨み付ける。
慣れた通勤路の角を曲がるために空から視線を外して立ち漕ぎを始めた、その瞬間だった。

「…!」

まるで空間すべてがスローモーション。
視界に入るのは間近にある点灯していないトラックの大きいヘッドライト。
ヤバイ、なんて考える暇もないまま、全身に走った衝撃を最後に私の意識はプツリと消えた。


次に目を覚ました時には、見知らぬ男性が少しだけ顔をしかめながら腕組みをして椅子に座っている状況が目の前にあった。

「……………え?」

「どうした名字、話してる最中に意識飛ばすほど先生の話退屈か?」

「え、いや……え?」

「まあ良い、不安で緊張してるんだろ?転校は初めてだって言ってたしな。でも大丈夫だ、今日は新学期初日だからクラスも変わって状況は違うが皆不安だろうし!んなガチガチになる必要はねえよ。……あ!よし、じゃあ流れ決めとくか?」

「はあ…」

「じゃあな……俺が教室入るのと一緒に入ってこい。んで、俺が担任だっつー自分の紹介を軽くするから、そのあと自己紹介してくれ。終わったらとりあえず始業式で体育館行くから、まあ移動中にでも周りに話し掛けりゃ上々だろ」

「…わか、りました」

気さくなあんちゃんみたいな人のしゃべり方と笑顔と話の内容に混乱する中、圧倒されもしたけれどとりあえず了承の言葉を言えた私は偉いと思う。

「うし、んじゃ行くか!」

ニカッと眩しい笑顔を浮かべて立ち上がったその男性は一回私の頭をワシャワシャと撫でたあと歩き出した。
去っていく後ろ姿を呆然と見たあと、視界に入っていなかった周りを見渡せばなんだか懐かく感じる光景だったことにますます混乱する。
なんだここ、なんださっきの男。

「…げ?!」

足がスースーすると思って自分の姿を見るために下を向けば、なぜかまったく理解できないがあり得ないことに見知らぬ制服を着ていた。
え?……は?なにこれ?
コスプレする趣味なんてないんだけど?!

「何してんだ名字ー!早く行くぞ!」

「ぅえ?!は、はい!」

扉の前で大声で呼ばれて反射的に返事をして、そして戸惑いながらも男のもとに走る。
走ってる途中まばらに残っている人たちをチラ見すれば、微笑ましそうな顔をしていたり煩わしそうな表情をしていたり無関心に机上の書類を見たりと、まるで学校の職員室みたいな場所で教師のようなことをしている光景がそこにはあった。
少し遠くで、制服を来た男の子と女の子がさっきの私のように大人に何か話をされている。
窓の外には広いグラウンド、そしてなんのタイミングか、数年前は毎日のように聞いていたチャイムに似た音色が辺りに大きく鳴り響いた。

「やべ、教師が遅刻とか洒落になんねえっ、また水谷先生にドヤされる…!いくぞ名字!走れ!」

腕を引っ張られ小走りになりながら、これまた懐かしさのある長い廊下と規則的に並んだ扉を眺めるとその上にはぶら下がってある一年A組、一年B組、一年C組…の札。
奥にはまだずらっと一年表記の札がぶら下がっていて、混乱しながらも、え、多すぎじゃね?と心の中でツッコミをいれた。現実逃避に近い。
階段を四階分上らされたあとまた廊下を歩き、三年A組、B組、C組、D組と続く。
どんどん歩いていくうちに一つの扉の前……ああ、もういいや。一つの教室、三年E組の前につき、一回私に振り向いてこれまた明るくニカッと笑った彼…恐らく教師と思われる男は勢いよくガラッと扉を開くとズカズカ中に入って行った。
え…私も入るべきなのこれ。

「よーし皆席に着けー、時間押してっからサクサクやるぞー」

「おおっ、成海先生担任かよ!」

「ハヤピーかあ、水センじゃなくて良かったー」

「時間押してるのは隼人先生が遅いせいだけどねー」

「お前らうるせーぞ!サクサクやるから静まれ!」

「先生もうるさーい」

ぎゃいぎゃいやっている生徒らしき子供達と、好かれてるけど弄られキャラらしい成海隼人…先生。
話を聞く分にはこの男がナルミハヤトという名であり、この教室の担任で、生徒達はそれを喜んでるってことだろう。
…なんで私がそんな場所にいるんだ、教育実習なんて大学生でもないしやりたくないからやんないぞ。
あれ?でもさっきこの成海隼人は私に向かって転校だかなんだか言ってなかったか?
あれ?そういやなんで私制服着て…………あれ?

「──でだな……皆気になってんのは見てりゃわかるが、俺の話も聞きやがれ」

「ハヤピーはもう自己紹介いらないよ、皆知ってるし」

「それよりその娘が気になるー!」

「ああもうわかったよ……初日なのになんでもうこんなに息ぴったりなんだお前ら……。まあ、皆の知ってる通りこの子は転入生だ!ほら名字、挨拶!」

……え、真面目に意味わかんないんだけど。

「…名字名前、です……よろしく…お願いします?」

「なんでそこで疑問系?」

「いやあ…」

成海隼人にツッコまれた。
いやだって…マジで意味わからんし。

「よしよしよーしとりあえず今はこれで良い、皆適当に廊下に並べ、時間ないぞー」

「先生急ぎすぎー」

「転入生の細かい紹介はとりあえず始業式終わってからだ!お前らも知らない奴多いだろっつーことで全員自己紹介させるから何言うか決めとけよ、俺も把握できてねえし」

「ぶはっ、先生最低!」

「笑うな!行くぞ!」

えー…あー……え?

「名字さんよろしくね!」

「あとで話色々聞かせてね!」

「あー……はい」

いや、その前にこの状況を誰か私に説明してくれ。

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