dream | ナノ
※10~11話間の話。
蛇行運転での原付ミニジェットコースターを体験した私はなんとかマッポに捕まることなく、原付からも振り落とされずに無事亜久津宅に到着していた。
何度かガチで殺されるかと思ったが、ツンデレのツンが過激なだけだと自分に言い聞かせればこの程度なんてことはない。
その分のデレが破壊的に萌えるからね!
悪に成りきれない思春期、俺得です。
「お、良かったー。ケーキ無事だ」
家に入り一息つく間もなく、座席から取り出したケーキの箱をテーブルに乗せ確認のため蓋を開いた。
ぐちゃぐちゃになってたらさすがに泣きたくなるが、なんの奇跡か一つのケーキが片面箱に触れてクリームがちょこっとはがれていたくらいの被害しか見えない。
他二つは綺麗なままなのでこいつが身代わりになったみたいだ、グッジョブ抹茶モンブラン。
抹茶モンブランは私のために買ったやつだ、なら崩れててもなんら気にしない。
人にあげるやつが崩れてたらさすがに買いに戻るけどね、一応。
自分ので良かった。
「って亜久津、なにもう食おうとしてんの」
「あ?」
「優紀ちゃんも一緒に食べんだから今はおあずけに決まってんしょ、冷蔵庫借りるよ」
「…チッ」
舌打ちいただきましたー。
ケーキの形に満足していたら横からヌッとでかい手がケーキを掴もうとしたので反射的にぺチッと叩いて阻止する。
思いきり睨まれたけど残念ながら今さら怖面に恐怖は感じない。
てか食後のデザートなんだから今食うなよ、配慮が足んないなまったく。
舌打ちだけってことは理解したんだろうけど。
ケーキの箱をキッチリと閉めて台所に向かい勝手に冷蔵庫の中にケーキをいれる。
確か優紀ちゃん今日は二十時らへんに帰るとか言ってたような気がしたので、ついでに冷蔵庫の中の食材も確認させて貰った。
うん、一通りなんか作れるくらいはあるな、さすが主婦。
「亜久津ー、夕飯食ったー?」
「まだ」
「作るー?」
「…食えるもん作れんのか?」
「家で夕食当番やってっからまあ、食えんじゃね?」
「作れ」
「はいよ」
確認とってから即行動。
ご飯は三合くらい炊いてあるし卵と固形コンソメの基、麻婆豆腐の基と豆腐二丁、長ネギを見つけたので既に何を作るかは決まった。
麻婆豆腐の基は前私が一番手作りに近い味ってことでおすすめしたやつだから優紀ちゃん買ったんだろうな、普段市販の基は使わないけどこれは面倒いとき試しに買って家族にも評判だったから即席にはもってこいだと自負している、挽き肉も入ってるから買わなくて済むし。
優紀ちゃんには話の延長線上で台所と食材の使用許可は貰ってるから作ってもなんら支障はない。
麻婆豆腐に卵スープとご飯で良いだろう。
足りないようなら適当に野菜炒めでも作るか。
「台所借りんね、二十分くらいで出来っから暫しお待ちをー」
テレビをつけて寝転がってる亜久津に一応許可を貰ってから準備を始めたが、聞いてるかどうかわからない。
が、夕飯作ってるメールを優紀ちゃんに送ってと言ったら即座に携帯を開いたからまあ聞こえてんだろう、可愛いなオイ。
人ん家で料理とか久しぶりだ…とりあえずフライパンどこ。
作ってる最中に思い出した味の決め手になる重要な材料、卵スープにいれる白ゴマと胡麻油がどこを探しても見つからないという事態も亜久津に居場所を聞き、それに奮闘しすぎたせいか沸騰しすぎたお湯と茹だったワカメに焦るというプチ騒動を無事解決しながら。
ほとんど目分量と味見を繰り返しまあまあだろ、と納得すればさあ夕飯が整った。
何故か亜久津宅に存在した私専用の箸と茶碗に優紀ちゃん…と一瞬複雑な感情になったのは言うまでもない。
あの人どんだけ…いや本当これはどうよ…。
食器棚に目を向けた瞬間視界に飛び込んだ“※名前ちゃん専用!”の張り紙が付いたそれには度肝を抜かれたよ本当。
こうなることを見越して最近買ったんだろうな、と思いつつ息子が友人を家に連れてくることが相等嬉しかったんだな、と理解してしまった親心に内心ホロリと来た。
そんなことは露知らず、黙々とレンゲを操りながら口を動かしている亜久津を見て若干口許が緩む。
どうだ、上手いだろこの即席の基!
一から作れって?嫌だよ面倒い。
「うまい?」
「食えねえことはねえ」
「なら良かった」
心無しムスッとした表情で睨まれながら言われたそれに今度は隠しもせずニヤニヤする。
いやあ、作った甲斐があるってもんだよね、簡単だけど。
家族以外に食べさせる機会なんて滅多にないから、市販の物を使ったにしてもここまで食が進んでるのを見せられたら私も嬉しく思うわけで。
健全な中学男子の食欲に見合う量を胃袋に詰めていくその姿を見て私はいたく満足する。
いやあ……やっぱお前素直じゃないとこが可愛いよ。
「ただいまー」
「あ、帰ってきた。優紀ちゃんおかえりー、おじゃまんぼー。勝手にご飯頂いてます」
「名前ちゃんいらっしゃい、そしてただいま!ありがとねー仁見ててくれて」
いや、そんな幼児じゃないんだから。
「んーん、先に食べててごめんね。優紀ちゃんもすぐ食べる?用意するよ」
「あ、私賄い食べるの遅かったから今は遠慮するわ。後で頂くわね、作ってくれてありがとう」
にっこり、天使スマイルを惜し気もなく頂戴してくれた優紀ちゃんに私もヘラっと笑い返す。
あー…癒し…。
息子にも朗らかにただいまと言い、それに対して箸を進めながらもちゃんと反応してみせたこの親子に膨大なマイナスイオンを感じた。
ああやばい、私ここ住みたい。
手に持っていた荷物を洗濯すると洗面所に向かった優紀ちゃんを見送りつつ、癒しを感じながらもご飯をつついていたなら数分で空になった食器を見て充足感を感じた。
亜久津も満足したらしい、盛大なゲップをしてからごっそさん、とぼそりと呟いたのはちゃんと聞こえたので可愛い奴めと内心ニヤリとほくそ笑んだ。
「…おい」
「ん?」
「飯食い終わったからあれ出せ」
「……ああ、まだね。とりあえず食器片付けるまでお預け」
「…」
「睨んでもダメ」
ケーキの催促だとすぐに気付いたけれど、とりあえず食器を片して一息ついてからだ。
優紀ちゃんも一緒に食べるから洗濯物干して一段落させてからじゃないと。
「あ、食器運ぶの手伝って」
「ああ?」
「客人にどこまでやらせる気だお前」
「…ちっ」
食後の満腹感からかソファに寝転びそうになっていた亜久津に指示すれば、舌打ちしながらも渋々動き出したのでやっぱいい子だなあとほっこりした。
別に食器の数なんて少ないから本当は手伝ってもらわなくてもまったく構わないんだけれど、人様の家でこう勝手にやるのも悪い気がするじゃないか。
そういえばこいつ俺に命令すんじゃねえって言うのがデフォだったはずなんだが、そこのアイデンティティーはいったいどこに落ちてるんだろうか。
まあ面倒じゃないし可愛いから別に良いけど。
「私洗うから拭いて棚に戻してね」
ジトーッとした目ですんごい嫌そうな顔をされたが、今度は舌打ちもなしに台所のシンク前で隣に立ってくれたからまあ、了承してくれたらしい。
本当素直だな、モンブラン効果かこれ。
アホなことを考えながら、スポンジを濡らし洗剤を付けて軽く揉みながらモコモコと泡立たせる。
シンク内にある水の張った桶に浸かった食器類にターゲットを絞りながら、さてこの後はどうしようかと脳内で計画をたててみた。
ケーキ食べる時はコーヒーだよな…優紀ちゃんには仕事終わりなんだからゆっくりしてもらいたいけど私がコーヒーいれるのってそれどうなんだろ…今更なのはわかるけど普通友達の自宅でやることではないよな…そいや亜久津彼女居るならそこらへん優紀ちゃんと一緒に弄って良いかな、優紀ちゃん絶対知らないよじゃなきゃ私用の食器なんて置くはず無いし…てか泊まりも無理っつーかできない…ってあれ?てか本当今更だけど彼女いんのに私泊まって良いのか、良いの?
「おいちょっとあっくん」
「あ?」
手だけは無心で食器洗いをしていたため水で流し終えた食器を黙々と拭いている亜久津に声をかける。
まあ確かに友達なんだから泊んのなんて普通だと私は思うが、彼女さんの方はもしかしたら違うかもしれない。
もしそうだったらちょっと面倒事に首突っ込みそうだからそれは全力で遠慮する。
「彼女いるっしょ?今更だけど私泊まって良いわけ?」
「は?なに言ってんだてめ、」
「え?!」
「え?」
「…あ?」
調度洗い物が終わったため、蛇口を閉めながら亜久津の声を遮った第三者の声、というか優紀ちゃんの声に後ろを振り返った。
そこにはいつからいたのか、大きな目を更に真ん丸くしながら驚愕している天使の姿が。
…どうした優紀ちゃん。
口元に組んだ両手を添えながら固まってる優紀ちゃんを亜久津と一緒に固まりながら眺める。
ああ…あれか、やっぱ亜久津に彼女居るかもって知らなかったのね。
これはやっぱり後で根掘り葉掘り聞くしかないなと楽しみを見付け上機嫌になりながら濡れた手を掛けてあったタオルで拭けば、やっと動き出した優紀ちゃんが口にした言葉に今度は私の度肝が抜かれた。
「仁、あんたまさかまだ名前ちゃんと付き合ってなかったの?!」
「は?なに言ってんだババア」
「ブッフゥッ」
思いがけない言葉になぜか変に吹き出した。
いや本当なに言ってんの優紀ちゃん、いや本当なに言ってんの優紀ちゃん。
大事なことだから二回言ってみた。
いや、それよりなんだ、それ。
え、亜久津私のこと好きなの?
「…ブハッ、いやありえねえよ…亜久津が私をって…ぐっ、ふふはっ!優紀ちゃん無い無い!それはガチあり得ない!アッハハッ」
「え、そうなの?」
「当たり前だろ、女に見えんのかこいつ。無理だろ」
「他人に言われるとムカつくなおい」
「ハッ」
「うざっ」
「そうなんだ…え?じゃあ誰と付き合ってるの?山吹の子?」
切り替えの早い優紀ちゃんは亜久津が拭き終わった食器をテキパキと棚に戻しながら生き生きとした感じで息子を質問攻めし始めた。
とても楽しそうだ、息子の恋愛事情に興味津々な優紀ちゃん萌え。
「優紀ちゃん、洗濯物干し終わったらケーキ用意するけど」
「え、あ、大丈夫乾燥機能ついてるからもう食べちゃいましょ。仁!食べながらゆっくり聞かせてね!」
「居ねえっつってんだろクソババア!」
「天使に向かってクソババアってなんだお前」
「なんでてめえがキレんだ!」
瞳孔が開いた亜久津を宥めるためモンブランを早々に用意しつつ、すっかりボルテージでも上がったのかこの後優紀ちゃんの昔の恋バナや恋愛観や私への質問攻めで就寝が早朝四時になったのは言うまでもない。
2013.9.20