dream | ナノ

夜の二十一時、携帯を片手に私は自室で引き込もっていた。
この時間帯に必ず携帯を鳴らす最近できた彼氏の電話待ちである、なんとも律儀なもので付き合い初めてから一度も電話を途切れさせた覚えがない。
正直言うとうざった……いや、これ言ったら失礼なのか。
間違い電話から始まった私たちはなんの気まぐれか、たまに愚痴を言ったりする顔の知らない気楽なテル友から始まり今現在交際する仲になっていた。
会ったこともないし顔も知らないままの状態の時に告白され、暇潰しには良いかもという理由でネット恋愛的な気軽なノリでオッケーしたが。
相手はどうやらそうでもないらしい。
今はもう何度か会ったりしてるからさすがにテル友とは言えないけれど、あっちが妙に本気な分なんだか複雑な気分だ。
告白される前に知った同じ中学三年生というのは少しだけ運命を感じたけれど、あの頃は彼の言葉全部に半信半疑だったし。
大体こちらの顔も知らないうちに告白してくるような奴だよ、会うまではどんな焦った不細工なんだよって疑ったり詐欺かと思うのは仕方ないと思う。

ぐだぐだと経緯を思い出していたら携帯のバイブが鳴りビクッとした。
着信音はバイブです、とかなんか女子力の欠片もないから益々相手に申し訳ない気分になる。
大体私の何に惚れたんだか…趣味悪いよ絶対。

「もしもーし。こんばんは、精市」

『こんばんは、名前。今日も相変わらずみたいだね』

「どこらへんが?」

『声しかないだろ?名前って声だけでもわかりやすいよ』

「うっそマジか」

そりゃ知らなかった。
なんとも穏やかにしゃべる彼、幸村精市が私の彼氏である。
神奈川に住んでて学校はなんとあの王者立海。
立海は真田の老け顔とコート上の詐欺師とかいうレッテルしか生憎覚えてないけど、なんともテニプリ関係と縁があるなーなんて最初は驚いたもんだ、まあ通ってる学校が同じってだけだけど。
立海は神奈川なので俗に言うプチ遠距離な私たちである、毎日電話が来るのもそのせいかもしれない。

「精市はなんかあったわけ?」

『んー、普通かな?あ、また後輩が遅刻してきて源一郎が怒ってたとか、そういうのはあるけど』

「げん…?誰だっけ」

『また忘れた?』

「精市以外は興味ないからねー」

立海事態は知り合いがいないという理由であまり興味ないから、精市が関わる事柄以外は興味がなくて覚えてらんない。
男として精市以外興味がないという意味合いではないが、こう言ったら彼が喜ぶと理解済みなのでわざと言葉少なに言う。
嫉妬深いからなこいつ…機嫌が悪くなったときの腹黒さは慣れないから媚売っとくにこしたことはない。

『相変わらず言葉うまいね』

「んなこた無いっしょ。本心だよ本心」

嘘は言ってないからな、うん。

『俺も名前以外興味ないよ』

「あー…知ってる」

『だろうね』

「私からすりゃあんたの方がわかりやすいって」

『そう?まあ別に良いけど』

私が裏に隠している含みの言葉とは違う、そのまんまの意味合いで他に興味ないと言われて少し顔がひきつった。
ある意味歯に衣を着せぬ彼はいつでも直球ストレートに気持ちを伝えてくるからなんともやりづらい。
やりづらいというか、こう…正直に言えば反応に困る。
髪が少し長くて天パだったり穏やかな容姿の彼は確実に私の好みではないけれど、時たま見せる性格の悪さや私を受け入れる懐のでかさは嫌いじゃなかった。
むしろ物好きだなーと思って面白いから好きだ。
律儀すぎるところはぐうたらな私にとってはちょっと窮屈だしまっすぐに思いをぶつけられるとアレなんだけどね。
精神年齢は年上な私からするとなんかこう、若いなーと思ってしまう。
年下と付き合った経験がないからだろう、ある意味結構勉強になるからまあ良いけど。
今のところ性格が真逆すぎて楽しい。

「そいやさ、聞いてよー。なんか知んないけど来週すっげー面倒いことするはめになってさー。マジ最悪」

『ん?何かあるの?』

「テニス部合宿の臨時マネだって。なんか他校と合同するみたいで?マネたんねぇから手伝えとかテニマネに頼まれた」

『断んなかったの?』

「まあ…まあね、うん。私優しいから」

売店の一日十個限定激ウマ杏仁豆腐一週間分に負けたなんて言えねえ。
金と権力とコネさえあればなんでもまかり通る世の中さ…それに屈する私はなんて庶民代表なんだ。

『来週ねぇ…』

「ん?」

『いや、なんでもない。楽しみじゃないか』

「は?最悪だって言ったじゃん」

『まあまあ』

『俺は楽しみだよ』と宣った含みのある言葉に内心首を傾げるけど、相変わらず変な奴、と思えば大して気にせずこの後も他愛ない雑談を続けた。



早いもので合宿当日。
部屋割りの確認や敷地内の把握、備品の置場所や各連絡事項の確認という、キング所有のだだっ広い合宿場に着いた私は何故か着いて早々てんてこ舞いになっていた。
跡部従兄弟の男マネと仕事を分割するのでその分担の再確認や他校マネージャー同士の顔合わせ、他にもやることが多すぎて正直もう帰りたい。
一番のネックはあれだ、取り敢えず此処広すぎ。
方向音痴じゃあ無いけど迷わない自信がない程度には広すぎだ、この金持ちめ…。
そして引率の教師が他校を見ても誰一人として居ない意味がわからない。
だから余計緊急時の連絡先など本来なら顧問がやるような仕事もやらなくてはいけないんだけど……なんだこれ。

「…ねー、帰って良い?」

「いやお前、今日から一週間帰れねえから。意味わかんねーよ。てか早え、まだ二時間しか経ってないから」

「だってなんかあそこに一人なんもしてない奴いるじゃん。あいつの代わりに私駆り出されたんならあいつ働けば私要らなくね?」

「いや、それが無理だから連れてきたんだけど」

「待ってろ、根性叩き直してくる」

「お願いやめて」

「あいつの家ややこしいから出来れば全部スルーしろ」と青学マネに特攻しかけた私を全力で羽交い締めしながら言い聞かせる男マネに白けた目を向けた。
ああ…だから誰も何も言わないで好き放題やらせてんだね…。
分家と言えども跡部家のこいつがそこまで止めるなんて…青学マネ恐ろしい子…。
いや、この場合あの子の家が問題なんだな、よしわかった全力でスルーしよ。
所詮庶民は金と権力とコネに弱いのさ!

「おい貴様ら遊んでんじゃねえ。全校揃ったぞ、ラウンジ前に集合だ」

「遊んでねぇよ、ちょうど一息ついたんだよ」

「あーん?…おい、何でこいつ不機嫌なんだ?」

「帰りたいんだと」

「ハッ!もうホームシックか?名字も案外お子様だな」

「黙れホクロ」

「褒め言葉だ」

「え…ごめんガチで意味わかんない」

「悪い景吾…今のは俺もわかんねえ…」

「あーん?馬鹿共が。遊びは終わりだ、さっさと行くぞ」

流石チャームポイントは泣きボクロなだけはあるな。
安定のキングに男マネと顔を見合わせながら、颯爽と歩いていくその後ろ姿に着いて私達もラウンジへ急いだ。

ラウンジへ着くなり、他校同士がじゃれついていて収集がまったく無いそこを見渡せば溜め息を吐きだす。
なんだか物凄く中学生らしくて健全な騒ぎと言えばそうなんだが、こうもまあ見知った面々ばかりだと最早慣れたせいか呆れしか浮かばない。
初対面時のあの滾るテンションが懐かしいぜ…。

「…あれ」

「あ?…お、リョーマじゃん、お久。相変わらずちっこいなお前、成長期まだなの?」

「相変わらず失礼だねあんた。てか久し振りじゃないし」

「…あれ?そうだっけ」

「三日前会ったじゃん。呆けた?」

「……あ、あれ三日前か。ワリ」

「…はあ」

まだまだだね、と呟きながら深い溜め息を吐かれた。
意外と家が近かったらしいリョーマとはたまに帰り道で遭遇することが多く、自販機で小銭をあげて以来偶然擦れ違ってからはまあ、亜久津の次程度には仲の良い他校生だろう。
生意気で亜久津と似通ったツンデレ性質の彼は目下癒し要員だ、ちっこくて和む。

「てか、なんであんたが居るわけ?部活やるような人じゃないよね、マネージャーやってるなんて聞いたことないし」

「まあねえ…色々事情があんのさ」

「ふうん?」

氷帝名物杏仁豆腐という魅惑のご褒美事情だけどね。
和みリョーマと雑談を繰り広げていたなら、ラウンジの扉前からパチンッ!という氷帝生なら聞き慣れた音がして反射的に私は口を閉ざした。
あの音は間違いなくキングの指パッチンであり、これ聞いたら無言になるという習性を植え付けられた時点で自分も染まったな、と些か微妙な気分になる。
でもまあ、あれだけ騒がしかったこの場所があの音だけでピタリと静寂になるのだからこれもキングの成せる技なのかもしれない。
スキル指パッチン……やべえ、笑える。

「貴様ら、おしゃべりはここまでだ。今から各注意事項とこの一週間の大まかな流れを説明する。その場で構わねえから聞いてろ。おい、樺地!」

「ウス…」

え、樺地くんが説明するの?と思いきや、彼が持っていたプリントを手に持ちすらすらと説明し始めたキング。
一々樺地くんを呼ぶのがデフォなのかと呆れつつ、散々男マネに説明されたこの一週間の予定は既に強制的だが頭に詰め込まれたため最早まったく聞く気が起きない。
あー…ダル。
存外真面目にキングの話を聞いているリョーマを横目に見つつ、手持ち無沙汰に暇なためなんとなく周りを観察することにした。
えー、キングの目の前にいる青学ジャージはあれ、手塚だな。端っこに居るあれは…え、亜久津じゃん、いたんだあいつ、後でからかってやろ。
その横はえー、あー、バーニングか、そりゃそうだな。
あ、あの帽子に老け顔ってあれか、あれが噂の真田……え、同い年?タメ?嘘だろ?
むしろあいつが引率の教師と言われても納得しかしないレベルだよあれ…いや、それ言うなら手塚もだけど。
んで、その隣が精市ねえ。
…………ん?精市?

「……は?」

「ん?なに」

「…あ、いや、なんでもない」

漏れた私の声に反応したリョーマを宥めつつ、何故だかわからないが明らかに知っている人物が真田の隣を陣取っている姿を見付けた気がして思わず三度見位してから私は目を瞬いた。
いや、え、なんで居るし。
突き刺さるほどの視線で相変わらず爽やかな空気を纏う彼を凝視していれば、どうやらそれに気付いたらしい精市は真面目な顔をしてキングを見ていた筈が前触れもなくこちらに顔を向けた。
あまりの不意打ちで肩がビクッと小さく跳ねる。

「?さっきからどうしたの?」

「いや、本当なんでもないから。あんたはキングの美声に酔いしれてな」

片方だけ口角を上げるように表情を引き吊らせたリョーマに確かに今の発言は自分でもどうかと思いつつ。
またもや精市に視線を向ければ、緩やかな微笑みを張り付けながらこちらを見ている彼とバッチリ目が合い私も表情が引き吊った。
ちょっ…え、目が笑ってないんだけど。
てか、え?
なんであんた此処に居るの。
キングの比較的短く纏められた説明が終わり、今日は軽い体力測定等をして明日からそのデータを元に本格的な練習メニューをこなしていく、という言葉を最後に一時間後またラウンジ集合を言い渡され解散するや否や。
逸らされないままだった視線もそのままに、ずんずんと近付いてきた精市に何故かジョーズのテーマが頭を過った私は意味不明な恐怖に背筋を凍らせた。

「やあ、名前」

「…ちょっ、なんで居んの?」

「…名前さん、立海の部長と知り合い?」

「は?…え?部長?……立海の部長って真田って人じゃ…」

「俺だよ」

「……は?え?」

「予想通りの反応ありがとう」

リョーマの言葉に疑問を浮かべつつ思ったことを口にすれば、衝撃的な事実をあっさりと言いやがった精市に私の顔はきっとキョトンとしたに違いない。
だって、おま、んなこと一言も……あれ?
クスクス綺麗に笑っているこいつには悪いが、まったく意味がわからないよ。

「名前が言ってる“真田”は副部長だよ。ほら、俺がよく話題に出す弦一郎って居るだろ?それがあの真田弦一郎」

「あー…あー…」

すっかり薄ぼんやりとしか覚えていなかった原作の知識をフル動員して記憶を探れば、確かに立海のワカメが真田の事を部長代理、だか副部長だか言っていたような気がしないでもないんだがやっぱりそんなの知らない。
てか、ちょっと、それよりもそれはお前が教えるべきじゃないか?
合宿中にテニス部の臨時マネやるって言った時点でこいつ今日会えること知っていながらひた隠しにしてたんだよね?
……ていうかなんか、全体的に意味わからん。

「うっわー精市性格悪。言えよ、毎日電話してんだから取り敢えず昨日辺りから言えよ」

「合宿中の一週間電話してこないでっていう要望に素直に頷いた俺、かなり怪しくなかった?」

「気遣ってくれてありがとうとしか思ってなかったわ!うわ、最悪、騙された」

来るなら来るって言えよな!
もし知ってたら身構えるくらいの心の準備はできたはずなのに…!
見た目爽やかで素直な精市は普段なら素直攻撃以外はまったく害がないのだけれど、こんな男だらけの巣窟内で会ったならもう、どうなるかわかったもんじゃない。
日常化された電話のやり取りで出てくる男友達の影にさえまったく検討違いであり得ない勘繰りをしてくるような男だぞこいつ。
この一週間何も言ってこないわけがない。

「…ね、名前さん。もしかして最近出来た立海の彼氏って…」

「俺だよ?坊や」

「いや坊やって精市お前…」

確かに見た目はあれだが二歳違いで坊やはないだろ。

「ふーん…ま、どうでも良いけど」

「そうかい?」

「そりゃそうだよ!」

他人の恋人なんて早々興味ないだろうが!

「幸村、俺達はまだ荷物が残っている、早く部屋に行くぞ」

頭の中で髪を掻きむしりながら今後の事を憂いていたなら、いつのまに来たのか老け顔がとてもよく拝める程度に真田が近くにいたのでビクッとした。
初対面の人に向ける反応ではない。
まったく気付かなかった自分が悪いと少し申し訳ない心情に苛まれた。
ああそうか……今後を考えただけで私もうなんか精神ダメージ食らって気弱なんだな…。
決して杞憂には終わらないだろう不安にもう押し潰されそうだ、帰らせて。

「ああ弦一郎、悪い。知り合いが居たものだからついね」

「む?…ああ、例の…」

……例の?
ちょっと待って、例のってなんだよそこで言葉止めるなよ気になるだろ!

「幸村ぶちょー!部長の彼女さんってどこっすか?来てるんすよね?もしかしてあの女?」

真田の意味深な発言に消化しきれないもやもやを感じていたなら、何ともでかい声で山吹の臨時マネを指差しているワカメが居てそれを見た瞬間もう私は項垂れた。
これはもう、もう…フラグたっちまったよ絶対…。
ざわめきで煩かったラウンジにもよく聞こえたその声は健全な中学生男子の好奇心を大いに刺激したらしく、ラウンジに残っていた人間の視線が全員山吹マネへ集中した。
突然指を指された上この場にいる全員の視線を寄せられた彼女は物凄いキョドりながら顔を青ざめている、ごめん。
私悪くないけどなんか本当、ごめん。

「え?!幸村くんの彼女だったの?!」

「き、キヨ、ちちちち違うよ?!まさかそんな馬鹿な……違いますから!見ないで!てか指差さないで!」

慌てふためいていたかと思えば、未だに自分を指差すワカメに向けて眉を吊り上げながら否定した山吹マネ。
おお、気強いなー。
顔合わせの時も美人さんだーと内心興味津々だったせいか、これは後で亜久津に仲介人を頼んで貰う道しかない。
気の強い美人、俺得です。

「赤也、そっちじゃない。俺のはこっち」

「うおっ」

些か現実逃避に近い感じでぼんやり成り行きを見守っていたら、隣にいた精市が急に肩を引き寄せて来たので我に返った。
…………………え。
現状が把握出来なくて目を白黒させる。
山吹マネを攻撃していた視線がこちらに集中したことに気付けば、ラウンジに居る人の一部がザワッ…と一瞬ざわめいたのを見てもう、項垂れるしか手段がなくなった。
うん、まあ…わかるよ。
他人事だったなら私も趣味疑うから。

「……おい、幸村」

「なんだい?」

「貴様、趣味が悪いにも程があるぜ?俺様を見て爆笑するような女だぞ名字は」

「名前は素直だからね」

「あーん?どういう意味だ」

そういう意味だよキング。

「部長…え、マジで?」

「ほー……意外な趣味ぜよ」

ちょっと待て、お前ら初対面なのにその反応はなんだ。

「名字名前、氷帝学園3年E組所属。帰宅部だが今回臨時マネとして合宿参加、動機は不明。成績は上の中だが素行に問題があり、亜久津と校外を放浪している様をよく目撃されている。家族構成は父、母、兄、祖父、祖母の六人家族。今年の春から此方に越してきた、らしいが…」

………え、キモ。

「名前ちゃんって亜久津の彼女じゃなかったの?」

「違うっつってんだろ何度言ったら理解すんだ、あ゙?」

千石お願いだからやめて、捕まれてる肩が痛くなってきたから本当やめて。

「うっそなにあの女……私ゆっきー本命なのに…!」

青学マネ、てめえいい加減にしないと調教するぞ。
聞こえてくるそれぞれの反応に項垂れながら内心やる気なく突っ込んでいれば、グッと更に強まった精市の力に彼との距離が縮まる。
いや、縮まるどころか最早隙間がなかった、ちょっ、踵浮いてんだけど、どんだけだこいつ力あるな。

「…合宿中だし練習の時は仕方無いけど、それ以外で誰か男と二人きり、何て事があったら…わかるね?」

耳元で囁かれた恐ろしい忠告に、普段滅多に戦かないふてぶてしい精神が戦慄した気がした。

「普段離れてる分、この一週間ずっと一緒だなんて嬉しいよ。…嬉しいだろ?」

「…はい、そりゃあもう。嬉しすぎて泣きそう」

「そう、よかった」

私心労で死ぬかもしれない。


2013.9.3

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