dream | ナノ

朝、教室で雪の話を適当に聞き流しつつ机に突っ伏していたら廊下が騒がしいことに気付いた。
なんだなんだと思いながら体は突っ伏したまま顔をあげて雪を見れば、雪も不思議に思ったのか一方的だった話も中断して首を傾げながら廊下の方向を見つめている。
どうやらバカでかい声で話している集団が居るらしい。
なんとまあ…朝っぱらから元気だこと。

「なんだろうねー?」

「さあ……てかうっさい」

「そうだねー。でもなんか…この声聞き覚えないー?」

「あ?」

うるさいので耳を塞いで本格的に寝てやろうと思ったけれど、雪の言葉に興味を持ってしまい起き上がることにした。
決して静かではないはずの教室内にまではっきりと聞こえる廊下からの声は確かに聞き覚えがある、ような気がする。

「あー……あれじゃね、ホスト部」

「なにそれー」

「テニス部」

「ああ……それっぽいねー」

ガヤガヤと騒がしい廊下の声の主達はどうやらホスト部もといテニス部らしい。
最近私はテニス部のことをホスト部、プリンス部、アイドル部と気分によって呼び方を変えているのだが、それを未だに理解していないらしい雪に白けた視線を向けた。
なんでわかんないんだろ…むしろあれをホスト集団と考えない方がおかしいと思うんだが。

「あいつら自体が騒いでるなんて珍しくね?大抵周りがきゃーきゃー言ってんのに」

「そだねー…ていうかなんか、今日は周りが静かだよ?」

「…ああ、ほんとだ」

少しの間周りを見渡して周囲の反応を窺っていたら、アイドル達がうちの教室前を通りすぎる際毎回廊下にダッシュし扉付近で騒ぎ始めるはずのクラスメイトの女子達が廊下を見ながら何故か固まっていたのを見付けた。
扉に掛けたままの手もそのままに、大きな目を更に見開いてカチンコチンになっている。
……どうしたお前達。
その中にはオタ友の奴も一人混ざっていて、常ならお前一体いつになったら大人しくなるの、と言いたくなるような騒がしい女だが今はそれも見る影がない。
むしろ変なものに遭遇したかのようにわなわなと小刻みに戦慄している。
いや、本当にどうしたお前。

「…おーい、大丈夫?」

「……ちょ、え?雪、ねえ雪あれ見てよ、え?」

「どうしたのー?」

「私は無視か」

「いや名前とか今どうでも良い。それより雪来て、あれ見てあれ」

ヒデェなこいつ。
なにー?と間延びした返事をしながら、何故か私の腕を引っ張って扉に近づいた雪に半眼になった。
ちょっと雪ちゃんよ…こんくらいの距離は一人で行動できるようにしなさいな…。
成り行きで私も扉まで来てしまったがまあ、気になると言えば気になるので文句は言うまい。
廊下から聞こえる声とこの集団のことを思えば対象は絶対テニス部だし。
本当色々やらかす…青春だな、楽しい限りだ。
ひょいっと音が出そうな程軽く廊下側に身を乗り出した雪を追って私もヌッとそちらに身体を傾ける。
隣のクラスの前が人だかりになっているのを見つけ、こりゃ煩いはずだと思えばその人だかりは全部テニス部レギュラー陣の男共だったのに気付いた。
何してんだあいつら、と思えば表情が見える場所に位置してる奴等の顔がキラキラと眩しいほどの笑顔なのを見て、成を潜めていた好奇心がぐわっと表に飛び出した。
なっんだあの笑顔。
ある意味すげぇよイケメンって爽やかに笑うとあんなイケメン度が上がるのか、イケメンパネェ。

「ほー…あんな風にしてりゃ皆普通に爽やかなイケメンだな…」

「あんた何言ってんの、皆は常にイケメンよ!…てか違う!注目すべきはそこじゃない!」

「え?違うの?あの顔に皆ノックアウトされてたんじゃないの?」

「違う!いや違わないけど!でも違う!」

「は?」

「名前ー、多分皆あの子のこと言ってるんじゃないー?」

「ん?」

生産性のないオタ友との会話に疑問を持てば、私の顎の下でひょっこりと廊下を見ていた雪がある方面を指差した。
そちらに向けて視線を辿れば、なるほど。
女子が面白くない顔で戦慄している理由がわかった気がした。
うおー…。

「あの子誰?」

「あれだよ、三日前から転入してきた子。…なんであんた毎回そういう話に無頓着なの?」

「あー、私が余りそういう話題出さないからかなー」

「…だ、そうだよ」

「…ああ、そう」

確かに常に雪と一緒なわけだから、彼女から話を聞かない限りこういった話題性のある話に私は無頓着だ。
いや、無頓着というより情報源がそもそも少ないし、正直あんま興味ないからな。
大抵そういった話題は知らなくても生きていける。
今回みたいに話に乗れないことがあっても今みたいに周りがざっくり教えてくれるし。
でもまあそれは置いといて…そうか転入生か。

「なんか…私のコンタクトの度数が狂ってないならあの転入生に男共が群がってるように見えんだけど。気のせい?」

「これが気のせいなら私の裸眼も狂ってるってことになんだけど!」

「え、お前頭狂ってるから大丈夫だよ」

「何が?!むしろどこが大丈夫?!てかヒド!」

「もー二人ともシャラーップ!頭の上でコントしないでー」

いやこれがコントってあんたどんだけ低レベル。
上目使いで苦情を言ってきた雪に内心クソ可愛いなと思いつつ、未だに廊下で繰り広げられている騒ぎに目を向ければなんだかもう、目が痛くなった気がした。
ついでに此処まで筒抜けな会話の内容にちょっと耳も腐りそうだ、なんだあいつら半端ねぇ。
オタ友と一緒にとりあえず口を慎みつつ、未だに周囲がブリザードを起こす中まったくその空気に触れていない集団を静観してみた。

「クソクソ!お前らさっきからうるせえよ!早く自分の教室行けよな!」

そうだそうだ言ってやれ向日。
だがお前、転入生を高速チラ見しながら頬を染めるのはどうかと思う。

「あーん?なんだ向日、俺様とこいつの会話を遮るんじゃねえ」

なあ、樺地?ウス…。って多分樺地君にしか同意されないんだねキング、ウケる頑張れ。

「せやで岳人、自分同じクラスやからええかもしんねんけど、俺等は最短でも二コマ前の間休憩までこん子とは次会えへんねんで。なら今補充しとくんが常識やろ」

あれ、こいつこんなキャラだったっけ。
……あ、違和感感じるほど親しくなかった、ちょいキモなんだな忍足って。

「な、ゆ、侑士ったら何言ってるの!恥ずかしいじゃない!馬鹿!」

頬を染めながら咎める転入生ちゃん。
確かにこれ恥ずかしいよねー、慌ててる顔が美少女過ぎてめっさ可愛いんだけどあれだ、ちょいニヤついてるからあざといんだなあの子、詰めが甘い。
いやーでも、見れば見るほど可愛いわこれ。
可愛いは正義、許す。

「馬鹿だってよ、激ダサだな。それより、あー…さっきは治療ありがとな」

「ん?んーん、痛くない?」

「おう…むしろ調子良いかもしんねー」

なっんか見てるこっちが恥ずかしくなる青春オーラキター!

「ねー、それより俺と屋上で昼寝しよーぜー…眠いCー…」

「わ、わ、ジロちゃん…っ!?」

グダーッと無気力モードなジローが転入生に覆い被さるように抱き付いた。
今までフリーズしていた周囲は流石にもう限界でも切れたのか、ジローが行動したと同時に音もなくバッタバッタと倒れていく子や悲鳴をあげながら逃避、項垂れながらブツブツと呪詛を吐く子達で廊下はギッチリと埋め尽くされる。
え、なにこれ氷帝やべえ、キテるなこれパネェやべえ。

「ねえ名前ー…これはさー…」

「面白いなー」

「んー、なんか凄いこと起きてるねー」

オタ友は既に発狂しながら何故かベランダに走っていったため今は居ない。
まったく平気な様子で彼等を見ている私達の周囲が異常者に埋まってしまったんだがこれどうすりゃ良いの。

「ジロー!俺様の所有物に触るんじゃねえ、アーン?」

「しょ、しょゆうぶつ…?」

「うわー…跡部最低な事言ってるCー…」

「うぐ!じ、ジロちゃん重いいい…っ」

「んー…なんかすげえ甘い匂い…おめえの匂い好きだ…」

転入生ちゃんに抱き着き、寝ぼけてるのか首筋に顔を埋めながらグデーッと甘えているジローを見て私のニヤけ面が止まらないんだがどうしてくれる。
え、なにあの子ガチ積極的。
公衆の面前にも関わらず、ひたすら好き好き甘えさせてワンワン的なオーラを余すことなく発揮しているジロー。
こんなジロー初めて見たぜ……これが恋か。
ニヤニヤしたまま傍観に徹していれば、ジローのあからさまな積極性に悔しそうな顔をしたレギュラー陣と最早廃人となったファンの子達、そしてなんだか本気で照れてるらしい転入生ちゃんのリンゴほっぺというトリプルパンチを拝めた私はなんだかもう、お腹一杯になった。
ちょっと胃もたれしそうだ。

「お」

私の舐めるような視線にでも気付いたのか、転入生をクンカクンカしていたラブハンタージローと不意に目が合い思わず小さな声が漏れる。
眠そうな半眼の彼に取りあえず頑張れ、という意味でニヤけ面そのままにグッジョブポーズを贈ってみた。

「…ぶ!くふっ、ぶははっ」

「え、何どうしたの?なんで名前笑ってるのー?」

「くっ、あ、いや、なんでも、なっ…ぶふっ」

不意打ちだった攻撃に思わず盛大に吹き出す。
意図が伝わったらしいジロー、眠そうな雰囲気を瞬時に消し去り悪どい笑みをしながら私に向けて同じくグッジョブポーズを返してきたことにより私の腹筋は既にバキバキ割れそうだ。
ちょっ、あいつ、全然眠くねえんじゃん!
やべー何あれ超ウケる!

「っはあ…思わぬ伏兵だ…」

「?」

「あーうん、あんたは知らなくて良いから」

コテンと首を傾げた雪の頭を緩く撫でながら、はてさて、この珍騒動はどこまで拡大していくのかと内心大いに期待が広がった。
いやあもう…これだから好きだあいつら。

「樺地!ジローを引き剥がして教室に捨ててこい!」

「ウス…」

「クソクソ!お前らも早く教室行けっつーの!」


「……ねー名前、とりあえずこれ麗奈に報告した方が良いかなー?」

「…いや、もう少し様子見でいんじゃね?」

さあ、これからまた楽しくなりそうだ。


2013.8.28

「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -