dream | ナノ
放課後、街中の路地裏にある小さな公園を目指して私は一人歩いていた。
いつも一緒に帰る雪は今日テニス部見学の日らしくここには居ない。
帰り際に名前デート頑張ってねーと無駄なエールをいただいたが、正直何を頑張れば良いのかさっぱりだ。
今さら私と彼の間柄でデートと言って良いのかも謎である。
いつの間にか、約束をしたわけでもないのに彼と会う時はその薄暗い公園が待ち合わせ場所になっていた。
初めて会った場所だからか、それとも滅多に人が来ないからかは私自身何も考えてないからよくわからないけれど、そんな関係も良いよね、と頭の片隅で思う。
甘い考えの自分に若干寒気がした。
うわ…なんか思考が乙女なんだけど。
「あ…」
ボーと歩いていたら前から歩いてきた見覚えのある不良集団が私を見て小さく声を漏らした。
声を漏らした男の頭をパシンと軽く叩いた他のツレ達は、そいつを引っ張りコソコソと話をしながらズンズンと遠ざかっていく。
その中の一人に少し前までは会うたびナンパしてくる懲りない男も混ざっていて、その逃げていくような姿を見ながら少しだけ気分がよくなった私はニンマリと口角を歪めた。
彼と付き合い初めてからナンパなんて滅多にされなくなったのは予想外の事だった、もちろん良い意味で。
追い返す手間が省けるし無駄に足止めを食らわせられないから嫌いな街中も随分楽になったもんだ。
上機嫌になりながら最早通い慣れた細道に体を滑り込ませる。
もう居るかなーと心持ち早足になれば、公園の手前で物騒な物を持った男が一人と見慣れた銀髪がいて首を傾げた。
あー…またか?
周り誰も居ないし、一人で来てるみたいだからまあまだマシな人間性の奴かね。
「亜久津…っ!てめぇだけは許さねえ!」
「誰だてめぇ」
なんとも気だるそうに煙を吐く彼はいつも通り、まあ当たり前だけど。
余裕着々といった様子でタバコを摘まみ呑気にフーと煙を吐いた彼は、鉄パイプを持った男の後ろに待機した私に気付いたらしい。
口パクで待ってろと言われ思わず顔がニヤけた。
あっくん…相変わらず貴方可愛いっす。
ガンッと鉄パイプを地面に叩いた男は相当怒ってるみたいで、彼をガン見してるくせに口パクに気付いてないところからして頭に血が上っているようだった。
あーあ、バカだな。
こういう時こそ冷静じゃないと喧嘩なんて勝てるかっつーの。
「美香に手ぇ出しやがって!殺す…っ!」
「…はぁ?」
「……あ゙?」
鉄パイプ男が吐いた言葉を理解したと同時に意識しないまま思わず凄んだ声が出た。
あ、失敗失敗。
そのせいか奴はやっと私の存在に気付いたらしく、驚いた顔をしながらこちらに勢いよく振り向いたけれど女だとわかったからかニヤッと笑われた。
悪かったな女で。
私と彼を交互に見て、何か閃いたのか怒りですさまじい表情だった鉄パイプ男はニヤニヤと笑い始めた、非常に不愉快である。
いや、あの…その前にさっきに美香云々はなんだゴルァ。
「お…うわっと」
「こいつ、最近噂のてめぇの女だろ」
ボケッとしていたためか唐突に腕を捕まれたのにも反応できず簡単に拘束された。
首に回された男の腕が力を込めてきたので少しだけ呼吸が苦しくなる。
うわまたやっちまったよ、てかこの展開何度目だ、もう飽きたっつーの。
目の前で余裕な態度を崩さないままタバコをくわえている彼を睨み付けた。
目が合えば心配する様子もなく逆に愉快そうにニヤッと笑われたのでイラッとする。
てめぇあとで覚えてろ。
「この女を無事に返して欲しけりゃ大人しく俺に殴られるんだな!」
「あんた少し黙ってろ」
「は?うげっ…ぐうっふ!?」
背後で拘束されながらも無防備過ぎる足を思いきりローファーの踵で体重を込め踏みつけてやった。
痛みに悶え始めたそいつは油断したのか、私を拘束していた腕の力が抜けたので腹に肘をめり込ませながら抜け出せば直ぐ様回し蹴りをお見舞いする。
完全に油断してたしノーガード時に頭に入った肘鉄と蹴りは綺麗に入ったようだ、カランッと軽い音をたてながら落ちた鉄パイプに眉間を寄せた。
私を人質にしようとしたあんたが悪いんだからな、あいつの中じゃ私は助ける対象じゃないってーの。
「触んじゃねーよカスが」
白目を向いて伸びたそいつを確認したあと、何となく気分が晴れなくて睨み付けながら捨て台詞を投げる。
聞こえてないのはわかってるけどこういうのは言わなきゃ気が済まない。
「あー、もう。無駄に手間かかせるなって言ってんじゃん」
むしゃくしゃした気分のまま、未だにニヤニヤしている彼に近づき口にくわえているタバコを奪って足で踏みつけながら文句を言う。
些細な嫌がらせをしたのにまったく気にした風がないのが地味に苛つくわ。
まったく…相変わらずですこと。
「ちょっと亜久津さん、私少しだけお伺いしたいことがあるのですけれどお時間よろしいでしょうか?」
「…なんだ」
「美香って誰?」
返答次第じゃわかってんだろうなああ゙?という意味を込めて思いっきり笑顔を向けた。
彼の性格上無闇にどこそこの女を相手にするとは思えないけど、何分彼はまだ若い。
中高生なんて無駄に好奇心が旺盛だし、まあ男なんて若いうちに遊んどけという世間一般の常識は理解してるからとっかえひっかえする分にはまあ、私はそんな奴関わりたくないし嫌だけど存在する分には仕方ない。
女遊びなんて好きにやれば良いとは思う、けど私が唯一男女の関係で許せないのは浮気という行為だ。
他の女と乳繰り合うくらいなら特定の女なんて作んないでフリーで好き勝手遊んでろと言いたい、じゃなきゃその特定の女が妙に惨めに思えるしそんな男と付き合ってるなんて時間の無駄すぎる。
お前は本命だから、みたいな逆にキープ扱いされてる発言を生憎と私は許せる性格じゃない。
「…知らねぇよ」
「いや別に良いんだよ?浮気してんならしてるって言っても。即別れてやるから」
「知らねぇっつってんだろ」
「火の無いところに煙は発たないって知ってる?」
「うぜぇ」
「…あっそ」
とりあえず興醒めした。
一気にだるくなった気分のまま彼を半眼で見る。
なんか隠してるっぽいけど疚しいことはしてなさそうだ。
読心術なんて会得してるはずもないから、疑いを晴らすには今まで彼と過ごした日々の中にある行動パターンや表情と性格で分析するしかない。
とりあえずこういう会話の時に呆れた雰囲気でうぜぇと言った彼は間違いなく白だろう。
分が悪いと怒鳴るからなこいつ、比較的素直だから分かりやすい。
「さっさと行くぞ」
どうやら彼の中では勝手に完結させられたらしい。
いや、なに勝手に終わらせてんの。
しつこいとかわかってるから言うな、こちとらトラウマなんだから仕方ない。
十中八九白だとわかってはいても、スッキリしないとダメなんだよ。
「…ねえ仁、私と別れたい?」
「は?」
「私絶対浮気許さない人種だからね。ウザいならとっとと別れて良いよ」
さっきの男は置き去りにしたまま、いつのまにか繋がれていた手に引っ張られて歩きながらネガティブなことを言う。
普通に考えて、在りもしないことでこんなにしつこく言う女はウザいの一言につきるだろう。
私が男なら絶対自分みたいな面倒な奴とは付き合いたくない。
それがわかってるから私は先に予防線を貼るのだ、好きな人に不快感を与えるくらいなら私は別れる方を選ぶから。
黙ったまま歩き続けて段々と公園が離れていく。
離れないようにと掴まれた掌が答えを言っているようで、単純な私はそれだけでなんとなく心が軽くなった気がした。
「…うぜぇ女」
「知ってるっつの」
今までと同じテンション、笑いながら言われたその言葉に安心して私も少し笑った。
今まで散々言われてるからさすがに慣れたよ。
「名前」
「なに」
「てめぇがやったらぶっ殺すからな」
「えー?どうすっかなー」
「あ゙?」
「私がやると思う?」
「さあな」
やらないとわかってる余裕があるからこそのこの発言である。
実年齢で本当に私は年上なのかと少し自分を疑った。
いや私が大人気ないだけだろうけど。
「とりあえず疚しいのがないってのはなんとなくわかったけど、美香って誰?」
「しつけえ。あー……あれだ、千石の野郎が俺を巻き込んだだけだ」
「え…一緒にナンパ?」
「んなわけねぇだろ」
説明が面倒なのか仁はそれ以上なにも教えてくれなかった。
まああれだ、あの女好きが関係してるって時点で大体予想ついたけど。
後々千石に聞いたところ、一人でナンパしていたところ女の子の引きが悪かったためたまたまそこに遭遇した仁を無理矢理引っぱり込んで見事に女の子を釣ったらしい。
仁はすぐに消えたというか逃げたらしいから、たぶん美香とやらは仁に一目惚れでもしたんじゃないだろうか……こんな怖面なのに。
いや確かにかっこいいけど。
そしてその美香とやらにフラれたあの男が逆恨みに来た、と……うわ、くだんねえ。
ギャルっぽかったからあっ君みたいな悪い系には弱いかなーと思ってね、まあ見事に全部持ってかれちゃったけど!とあっけらかんと言った千石に鉄槌を下したのは言うまでもない。
「そいや仁」
「なんだ」
「今度誰かに囲まれたらあんた手出すなよ」
「は?」
「今はテニスやってんだから喧嘩なんてバレたら大会とか出場停止になんじゃん。私が守ってやるよ」
ニヤリと笑いながらわざとらしく言えば後頭部を殴られた。
やっぱうちらの間に殺伐な何かはあっても甘い雰囲気は流れないらしい。
そんな雰囲気願い下げというか堪えらんないけどね。