dream | ナノ
あーかったるい、と思いつつ歩を進めようとするや否や、最近では余り聞くことのなかった音に気付き名前はピタリと動きを止めていた。
「………ん?」
聞き覚えのある音に首を傾げる。
羽音などという生易しいものではなく、重低音であり徐々に幾重にも重なりながら辺りに広がっていくその騒音。
久しく聞いていなかったその音は明らかにバイクのそれだろう。
この辺りに暴走族なんか居たんだなーと呑気に考えながら、そういえば作中にジャンケンみたいな名前の暴走族が居たような気がしないでもないと名前は考えを巡らす。
今から集会でもあるのだろうか、騒がしいにも程があると他人事な感想を頭に浮かべながら、しかし中々遠ざかることのないそれに名前は微かに眉を寄せた。
――………んん?
校舎に反響しそうなほど広がるその騒音は、確かにこちらに近づいてきているという証拠に他ならない。
――なんか…なんか…嫌な予感が…。
ゾワリ、足先から後頭部にまで走った悪寒にズサッと身体が反射的に意味のない後退りをした。
ブォブォブォンッブォンッブォブォブォンッ!!
『…えさ…ん』
ブォンッブォンッブォブォブォンッブォンッブォンッ!!
『ば…ょー!!』
「……な…んで?!」
五月蝿すぎる音の合間から聞こえだした、耳に馴染みのありすぎるその騒音に似た呼び掛けに名前は臆面もなく率直な疑問を叫んだ。
嫌な予感は嫌なものほど、何故か当たると自負している。
自負してはいたが、こうも直前まで逃げ出すことすら出来ない唐突すぎる予感など正直気付きたくなどなかった。
「番長どこだー!!」
「名前さーん!!」
「姉貴いいいいい!!……あ!?あ!!居た!!居たぞオイよっしゃあ見つけたあああ!!!皆右行け右いいい!!」
「名前ーー!!!」
「お前ら戻れえええ!!居たぞおおおおお!!!」
「姉貴いいいいい!!」
遠目から見える校舎前の道路を複数のバイクが勢いよく通りすぎた途中、こちらの存在に気付いたらしい集団の一人と目が合う。
見つけたという合図に伴い呼び声が勢いづいたなら、集団の途中から右折してきた数台のバイクが躊躇なくマフラーを響かせた。
校舎前の大通りの先に居た名前に気付かないまま直進していた先頭の者達が勢いよくブレーキを掛けたのか、複数のキキィーッ!ズサァーッ!という摩擦音がする。
数を増やしながら突撃してくる集団に名前は顔を引き吊らせた。
何が嬉しいのか、満面の笑顔を貼り付けながらブンブンと手を振ってくる男や、目が合った瞬間笑いながらもドバァッと涙腺が崩壊した輩まで居り名前の思考が遥か彼方に追いやられる。
――ああ、うん……夢かなこれ…。
いつの間に白昼夢なんか、と思いながら目の前の現実に目どころか全身を背けるが、背後にあった先程伸したばかりの輩共を目にしてしまい紛れもない現実がここにあったと一瞬動きを止めてしまった。
――ヤバい、これはヤバい。
背後に響くバイク音がブレーキを響かせ、ブォンッと待機を意味する鳴き声が徐々に徐々に増していく。
ドッドッドッドッドッと胸に響くエンジンの合間に、止むことのない男女入り交じった覚えのある声。
――あ、これ逃げられねぇ。
潔く諦めの言葉がポツリと浮かべば、そろり、緩慢な動作で身体ごと背後に向き直った。
数は大体十五程だろうか。
最後の記憶より皆些か若く見えるが、それでも覚えのありすぎる奴等に名前は内心頭を抱えた。
「見つけたあああ!やっと見つけたあああ!」
「名前さんなんで連絡してくんないんすか!待ってたのに!俺らもうハゲんじゃねえかってくらい待ってたのに!!」
「名前よぉ、携帯買ったら直ぐ連絡するってテメェ言ってたよな?あ?まさかまた面倒臭ぇとかそんな理由で音沙汰なしだったわけじゃねぇだろ?お?まだ買ってねぇとかんな言い訳は通用しねぇからな、ネタは上がってる」
「二月以上!ほったらかしとか!さすがに笑えませんぜ番長!!」
「だから逢いに来ちゃいましたよ番長!」
「あ゙ね゙ぎーっ!!」
「番長!!」
「名前さん!!」
興奮しているのかなんなのか、エンジン音の合間にマフラーを噴かしながら思い思いの言い分を主張する集団に名前の目が据わっていく。
なぜ彼らがここに居るのか、地元からだいぶ離れた此処までその様相で突っ走ってきたのか、まさか池袋の街並みをそんな風体で突き抜けてきたのか、なぜそんな何事もなかったかのように馴れ馴れしく接してきているのか、言いたいこと聞きたいことは死ぬ程あるにはある。
だがそれらすべてを丸っと綺麗に飲み込んだなら、名前は怒りに震える身体を隠しもせず手にした鞄をダンッ!と地面に叩き付けたなら目の前の集団に勢い任せで怒鳴りあげた。
「うるっせぇんじゃハゲ共おおおおお!!」
瞬間、ピタリと止む言葉の数々。
手を振り続けていた者は頭上に腕を上げたまま、名前を指差しながら文句を言っていた者もその態勢のまま動きが止まる。
まるで角でも生えているかのような錯覚を思わせながら、肩で息をする名前を目を見開きながら凝視すればエンジン以外の音が全て止まっていた。
それでも、五月蝿い。
名前は近所の子供が道端で騒いでいたなら遠慮なく鉄槌を下しにいくような女である。
そんな彼女は当たり前だが、数台のバイクが吐き出す小刻みなエンジン音を許容できる程我慢強くもない。
あり得ないことが起きている、そんなことは百も承知だ。
だが、それよりも何より、やはり目先の問題に目を背けることが出来ない彼女は腹の底から当たり前かのように馴染みのある命令を彼らに下した。
「アダコ!」
「!はい!」
「後ろに乗せろ。先導するから着いてこい糞共!」
『オオオオオオッ!!』
「だから黙れっつーのマジ糞だなお前ら!」
適当に目が合ったアダコ、基名前の舎弟を自称する顔馴染みの後ろに手慣れた形で乗車すれば、彼等は先程よりは速やかに池袋の街並みを後にした。
来神高校前の大通りは街並みの少し外れに位置するが、決して人通りが少ないわけではない。
いつの間にやら時間は過ぎ去り、部活動の為残っていた生徒達の下校時刻である現在。
えてして、いつの時代も噂話が広まる速度は異常である。
今しがたの光景と調度はち合わせてしまった池袋の者達がどうするかは、想像するに容易いだろう。