dream | ナノ

話に夢中になりながら歩き続ける二人の男女。
校舎が見える辺りまで迂回するどころか、まだ語り足りないらしい新羅の話を飽きもせず聞いていた名前は前方の違和感に気付き上機嫌な顔を引っ込ませた。
変化に気付かず、自分の世界に入り歩みを止めない新羅の腕を掴めばしかめ面のまま無理矢理進行を止める。

「岸谷、ストップ」

「え、無理だよセルティの素晴らしさは止めどなく日々進化する諸行無常の――」

「黙れ」

「はい。…ん?」

威圧的な言葉に、静雄によって慣らされたと言っても過言ではない反射速度で即座に反応を示す新羅。
話の途中でセルティの名を出したことすら気にしなかった彼は名前の不自然な威圧感に押し負けていた。
不機嫌になりながら歩みを止めた名前に首を傾げれば、彼女が前方を睨み付けていることに気付き彼もそちらに目を向ける。

「んーこれは…四面楚歌?」

「そうでもない」

校舎前の門、そこには他校と見られる五人ほどの人影が見えた。
見覚えがある制服を纏う集団、更に言うなら先程静雄を待ち構えていたと見られる輩と同じ風貌のそれ。
屯していた男の一人が立ち止まる二人に気付き、周りに声を掛けながら懐から取り出した紙らしきものを見始める。
何かを比較しているのか、紙と二人を交互に見ながらニヤ、と男達は口許を歪ませた。
座っていた者は立ち上がり、紙を手にする男は二人を見たまま縄を持った仲間に合図を送る。
五人全員が立ち上がり、下卑た笑みを浮かべながら近付いてくる様子に気付いた二人はゆっくりと互いの目を合わせた。
ジッと見詰め合いながら、通じるものがあったのか二人同時に頷き合う。

「即決即断」

「遠走高飛」

暗号のように四字熟語を呟けば、二人は校舎に背を向け一も二もなく駆け出した。
同じ道を何度通れば良いのかと愚痴を漏らしながら名前は後ろを振り返る。

「逃げやがった!」

「おら追え!逃がすな!」

明らかに追ってくる男達に冷めた視線を送る。
彼等の狙いが完全にはわからない今、走る足をフル活動しながら名前は頭を悩ませた。

「岸谷ー、これあんた狙い?」

「いや君でしょ!静雄の彼女なんだから人質にしようとか絶対そんなだって!」

「え、違うんですけど」

「違うの?!てかちょっ、名字さん足速っ」

「ならお前逃げなくて良くね?」

「逃げなきゃ俺が君への人質として捕まると思うよ!それこそ四面楚歌!絶体絶命…っ」

「人質にすらなんないけどなお前、あんた捕まったら私逃げるし」

「酷い!」

「いや冗談だけど」

「その冗談は笑えない!」

徐々に息切れしてくる新羅を見ながら彼の歩調に合わせて走り続ける。
名前も息が上がってはいるが、彼女の場合上がってからペースが整うタイプなためそこに問題はない。
むしろインテリという言葉が当てはまる新羅の方が心配で、彼女はどうすべきかを考えあぐねていた。
逃げなくても撃退すれば良いのだが、四捨五入すると十年もの間若干喧嘩離れしていたため正直すんなりと撃退できる自信が無い。
若干というのは高校の頃お礼参りに来た数人を成敗していたからだが、それ以外は喧嘩を売ることも無くなったので場数が極端に減った。
中学とは違い退学の心配がある高校では秘密理に行っていたそれ。
今でも喧嘩の勘は働くのかどうか、その懸念は彼女に逃走という道を選ばせる。
しかし、隣でへばってきた新羅を見る限りいつまでも逃げきることは無理だろう。
――どうすっかなあ。
肉体的には全盛期に若返っているため問題はない筈。
しかし、勘というものは切っても切り離せない大事なもの。
名前は痛みが嫌いだ。
心も身体も、自身を取り巻く痛み全てに嫌悪を抱く彼女は自分を傷付けないために誰か知らない他人を傷付ける事に躊躇はない。
しかし、知り合いを傷付けるのは彼女も嫌なのだ。
暴力を奮えば自身の身体も傷付くためやりたくはないが、巻き込まれた形の新羅がそれで傷付くのは更に嫌悪を感じることだろう。
――しっかたねーなあ。
自身の葛藤に極力簡単な結論を弾き出せば、足に急ブレーキをかけながら名前は後ろを振り向いた。
立ち止まった彼女を驚愕の表情で追い抜かした新羅は数歩遅れで鑪を踏みながら立ち止まる。

「ちょっ、名字さん?」

「ここは俺に任せて先に行け!」

「は?!頭打った?」

「いや言ってみたかっただけ」

「身体張った冗談も要らないよ!」

「てかマジ先逃げて良いよ、なんとかすっから」

「いや、え………無理でしょ」

数十メートル先まで引き離した男達を怠そうに睨みながら逃走を促す。
とりあえず撃退するにしても、誰かを庇いながらではいざという時足手まといにしかならない。
狙いが自分だとするなら彼は逃げても問題無いだろうし、怪我をさせる心配も無くなる。
自分の保身よりも名前は他人の無事を選んだ。
彼女の中で自分以外の人間は家族も含めて全て文字通り『他人』、自分では無い他の人という持論がある。
そのため知りもしない他人を傷付けることに躊躇はない。
しかし『自分という他人』を認めてくれる他人は誰かに傷を付けられたくなかった。
誰かに、という点で言うなら自分ならいくらでも相手を傷付けて良いというジャイアニズムが存在するが、今はそれも関係ない。
突拍子もない救い手を突き出されたせいか焦りを消し逆に冷静になった新羅の言葉に名前はニヤリと口角を上げる。
肩で息をしている彼とは別に、高揚しながらも余裕の表情を貼り付けた彼女は言うなれば不敵に見えた。

「あんたみたいなモヤシよりはいい線行くと思うけど」

「うわー事実だから余計酷い。僕本当に逃げるよ?女子は見捨てないとかそんなの皆無だから本当に逃げるからね」

「さっさと行け変態!」

「頑張ってね、番長」

「………なんで知ってんの?!」

聞き捨てなら無い捨て台詞を最後に駆け出した新羅の後ろ姿に叫ぶ。
都心から大分離れた自身の生まれ故郷での渾名を彼が知っている意味がまったくわからない。

「ちょっ…待てゴルァ!!」

「臨也から聞いたー!」

全速力で走っているだろう新羅が遠目から叫んだ言葉に名前はガックリと項垂れた。
――ありえねえぞ折原…っ!
折原臨也の情報網が現時点でどの範囲まで広がっているのか皆目検討もつかない上、ほぼ接点がない自分の情報が彼等の会話の種になる理由がまったく理解できない。
だが、確実に生まれ故郷の周辺には情報源が存在しているだろうことを把握すれば嫌な予感しか浮かばなかった。
臨也が居るという時点で密かに危惧していたことが明るみになった今、名前は一つの決意をしながら追跡者の方へ視線を向ける。
ぞろり、名前が諦めたと思ったのか下卑た笑いをしたまま数メートル先、目の前の道を塞ぐ男達を順にねめつける。
――あー…こいつらの相手してる場合じゃねえな。
取り敢えず目先の問題を解決しようと目を据えた名前の様子にも気付かず、男達はジリジリと距離を縮めてきた。

「…一応聞きますが、私に何か用ですか」

「用?用事?そうだな、俺達はアンタにしか頼めねえ大切な用があるんだよ」

「ちょーっとだけ、本の少しで良いからさ!ね?じっとしててくんない?」

「なんで」

「んなの決まってんじゃねえかー。あれ?捕まる覚悟できたからあのヒョロイの逃がして囮になったんじゃないんでちゅかー?」

「ぐだぐだ言ってねえで早くやんぞ!あっちが終わっちまう!」

「あ、やべ。やるか」

無駄口を叩く前にそれこそ即決即断、直ぐ様行動に移せば良いものを。
――本当ぐだぐだやりすぎだろ。
小馬鹿にした態度を隠しもしない目の前の油断しきった男達に呆れた視線を向けながら、名前は時間稼ぎの問い掛けの間に背後で鞄から取り出していたブツをギュッと確かめるように握り締めた。
掌に馴染むソレを確かめながら、兄のお節介な忠告は馬鹿にならないと心配性な家族に小さな感謝を向ける。
女の前で油断するのは確かに仕方ないだろう。
自身より身長も体格も小柄な見た目弱者に警戒を向けるような輩は、実際とんでもなくろくでもないことをやらかしてきた奴だけだと思われる。
目の前にいる見た目だけは威圧的な男達は、その警戒心の欠片もない様子から其れほど場慣れしているわけではないと対峙した時点で名前は直ぐに読めていた。
そして、思う。――うちの地元じゃ、女の方が滅茶苦茶警戒されてたけどねえ。

「ほらー捕まえちゃ…うおっ?!」

ふざけているのか楽しんでいるのか、わきわきと変態親父さながらの手付きで走りよってきた男。
その男が自身の五メートル程まで近づいた瞬間、名前はバッと手にしていた鞄を男の顔面目掛けて放り投げた。
予想外な不意討ちに怯みながら、男は眼前を塞ぐ鞄を退かそうと手をあげるがその行動は未遂に終わる。

「はい一人ぃ」

「ゔ…っ」

ゴヅンッ、と鈍い音を起てた何かに蟀谷を殴打された男はそのまま白目を向いて倒れた。
ピクッと痙攣を繰り返しながら倒れ伏した仲間の姿を認識する間もなく、にやけた表情のまま固まった隙だらけの男達に名前は反応させる暇すら与えない。

「二人ぃ」

「ぶぐっ……がっ」

「三にーんそして四人」

「か…っ」

「ごっ」

集団の中央に一気に近付けば、二人目の脳天に打撃を与え降り下ろした腕を直ぐ様前のめりに傾いた男の顎に容赦なく振り上げる。
強烈なソレに口内を噛んだ男は自分の鉄の味を感じる前に脳震盪で意識を飛ばした。
男が後ろに倒れる前に手にした凶器を勢いのまま、しかしぶれることなく違う手に持ち直す。
持ち直した速度を利用して更に勢い付けたソレを頭上の高さで回転しながら思い切り振り回した。
狙いをつけた通り三人目と四人目の頭と首に直撃したなら其々が違う方向に倒れ伏す。
――…あれ、弱すぎないか。
四人、と呟いたところで呆然としている最後の一人を見やりながら、手応えの無さに名前は小さく首を傾げた。

「あ、四人目」

「がっ」

「な…なんなんだよおめえ…っ!」

首に打撃を与えた男が小さく身じろぎしたのを見付ければ、トドメと言わんばかりに躊躇なく蟀谷に向けて腕を降り下ろす。
完全に動かなくなった男を確認し、さすがに事態を理解したのか敵意と困惑の目を向けてくる五人目に視線を戻せば男は冷や汗を垂らしていた。
――んー…『コレ』無くても楽勝だったな。
コキリ、首を鳴らしながら名前は手にする凶器を持ち直した。

「な…んで手前んなもん持ってやがんだ…っ」

「あれ、知らない?防犯グッズの通販とかショップで普通に売ってんよコレ」

「どこで買ったかなんて聞いてねえ…!なんでヌンチャクなんてもんただのアマが使いこなしてんだよ意味わかんねえ…っ!」

二つの棒を頑丈な鎖で繋ぐ名前の愛武器。
アジアのアクション映画などでは見慣れているだろうその武器を手にしながら彼女は気怠げに立っていた。
その手捌きは見事な物で、四人もの男を瞬時に倒す早さと威力はどう見ても扱い慣れている。
早期決着をつけるため隙を無くさない内に人体の急所ばかりを狙う的確さ、場馴れした動き、その姿はそこいらの女子高生では決して無かった。
気怠さ以外何も浮かんでいない名前の表情に男は戦慄く。
確かに油断していた、直ぐに終わるお使いだと彼らは油断していた。
しかし、油断していなかったとしても、男は目の前の女に勝てる気がしなかった。
倒れ伏した仲間をチラリと見たあと、それを作り出した小柄な女を睨み付ける。
恐怖も無い、敵意も無い、怠さしか感じ取れない異様な女。
この場の光景には余りにも場違いなその女に、男は心の底から恐怖を感じていた。

「ま、強いて言うなら…」

「う…うあ」

「油断大敵、自分を恨みな」

「うわあああっ」

自棄になったのか、それとも女相手に本気で負ける筈がないと自分を奮い立たせたのか。
鉄の棒を構え叫びながら突っ込んできた男に目を細め、名前はぼそりと呟いた。

「…終わり」

「――っっっ…っ?!ぐ…っ」

馬鹿正直に真正面から降り下ろされた凶器をヒョイとかわし、ついでとばかりに男が突っ込んできた勢いと自分の力を合わせて相手の股間を蹴り上げる。
言葉になら無い悲鳴をあげながら膝をついた男の顎に容赦なく膝蹴りをお見舞いすれば、直ぐに卒倒したその姿に名前は溜め息を落とした。

「自棄になんのはダメでしょーが…」

ふう、と一息。
放り投げた鞄の元に行き手早くヌンチャクを仕舞えば、彼女は改めて周りを見渡した。
――いやあ…人通り少なくて良かった。
池袋駅間近な都心、人通りが少ないというより不穏な空気に誰も近寄らなかったと言った方が正しい。
数多くの目撃者が居ることすら気にせず、先に逃げた知り合いはちゃんと帰ったのかと思案しながら名前は迂回しながら帰宅しようと学校方面に歩を進めた。
しようと、した。

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