dream | ナノ

前々からおかしいと思っていた。
思い出せる限りの知識では曖昧なものでしかないが、自分が過ごしてきた『常識』の範囲内の中からでも容易く浮かぶことの出来る程度に簡単な疑問。
その疑問を静雄との会話で確信付けたなら、どうにもやるせない気持ちが膨れた名前は今から起こすだろう自身の行動について眉を寄せながら考え込んでいた。
正しいのかなどわかるわけがなく、しかしこの現状が維持されてしまった場合、それは確かに彼の生活にとっては正しい筈もない。
むしろ遠ざけた方がいい事象なのは明白なわけで。
しかし、それについて自分が首を突っ込んで良いものなのかが皆目検討もつかない。
どうにかしてやりたい、というお節介心が静雄に向けて浮かんでしまった辺り、どうやら自分の保護センサーに彼が引っ掛かってしまったようだと名前は小さく溜め息を吐く。
誰かを護りたいという気持ちは決して悪いものではないだろう。
静雄に至っては今まで感じたことがないほど、些細ではあるが心の拠り所として彼を望んでいる節が自分にはある。
それを自覚もしているし悪いことだとは微塵も思ってはいないが、この浮かんでしまった世話心も本能の赴くままに発揮してもいいのかどうか、それが名前にはわからなかった。
静雄は誰かに護られなければいけないほどの弱者ではないことも理解はしている。
しかし、誰にどう頼ればいいのか、自身の進む道をどう切り開ければいいのか悩むだろう若年者なのは見るからに明らかだった。
数日前に彼が屋上で頭を抱えていた事実は最早名前の中では覆ることのない彼の悲嘆として心に刻まれてしまった以上、なにもせず指を加えているだけではいられない。
関わってしまった人物、友人という枠に納まってしまった人物が嘆いているのは普段のらりくらりと過ごしている名前でもなんともやるせない気持ちになる。
思えば昔からそうだった、と自分の中にある妙な正義感に似たお節介心に眉を潜めた。
以前の世界では高校入学と同時にこういったいざこざとは縁がなくなったため自分の中では消失してしまったのだろう感情だと思っていたが、出現する出番が無かったゆえに成を潜めていただけなのだろう。
静雄との交流にしても、日も関わりも浅いとは言えるかもしれない。
彼に愛着があるのは前の世界で好きなキャラだったからという理由も少なからずあるが、それを込みで彼について何かしら考えたとしても、名前には彼の今の現状は同情すべきものに思えていた。
いくら記憶を掘り進んでも、静雄が朝から平穏に過ごせないという現実は反則であるだろう彼女の知識の中にも存在しない。
自分の知る原作の過去ともまた違う世界なのだろうと考えると、己がその原因の一つになっているのかもしれないという懸念も浮かぶため尚更彼女はやるせなかった。
無関心を成長だと言えるのなら、己は昔からなにも成長していないのだと頭が痛む。
だが、しかし。
何もせずにはいられない。
今も昔も、そのまた昔も。
この気概のおかげか昔もいらぬ面倒を自ら作り上げてしまったことをうっすら思い出しながら、やはりなにもしない方がいいのかどうか、優柔不断な悩みに悶々としながら名前はコール音の響く携帯電話に耳を澄ましていた。
行動を起こすか起こさないのか、そんな悩みは考えるだけ無駄だ。
最早行動を起こしている最中に悩むなど、それこそ意味がないのだから。



「あ、おはよー」

「ん、はよ」

早朝、教室内で極ありふれた朝の挨拶を交わす。
昔からの習慣か六時頃に自然と目が覚めてしまう名前が遅刻をしないのはまだしも、ここ数日不本意ながらも遅刻どころかなかなか教室に辿り着くことさえままならなかった静雄もどこか機嫌が良さそうに席に着いた。
今日の朝も何もなかったのだろう、静雄の様子を見ながらそう結論付けた名前は満足そうに顔を綻ばせる。
まるで慈愛に満ちたその微笑ましげな表情に、遠巻きに様子を伺っていたクラスメイト達は目を丸くしたがそこについて突っ込みをいれるような存在は居なかった。

「最近無遅刻無欠席だねー、偉い偉い」

「まぁな。よくわかんねーけど」

「良かったじゃん」

「そうだな」

机の上に乗っけたリュックの中身を取り出しながら話を続ける静雄を見ながら、これが普通の学生の姿だよなーと自己満足に浸る。
放課後になればあまり変わった所もないのだが、学校本館の敷地内で繰り広げられていた乱闘もなくなったのは彼にとっても中々に良い環境になったのではないだろうかと内心うんうんと満足げに頷いていた。
自分勝手なお節介でしかないが、あながち無駄でもなかっただろう事を確認すれば静雄が来たことにより片耳から外していたイヤホンを再度装着する。
片耳にしか流れていなかった音楽で完全に周囲の喧騒を遮断しながら窓の外に目を向けた。
あと数分もすれば予鈴が鳴り担任も教室に入ってくるだろうと考えながら今日は何をするか、あまり代わり映えの無い日常に思いを馳せる。
――授業中寝たら隣の誰かさんに注意されるしな…。
満足感を得た瞬間降りてきた眠気にうすらと最近の現状を思い返した名前は小さく溜め息を落とした。
真面目に授業を受けると言った以前の己の言葉を本気で捉えている静雄に、授業中に船を漕ぐと前まではなかった叱責が隣から飛んでくるようになったのは記憶に新しい。
自分の生活においては若干やりづらくなったと自覚すれば、静雄の妙な生真面目さにやはりお節介なんてするもんじゃなかったかと物事の先見をしない自身に呆れた。
――まあ、良いか。
自分は二度目の学生生活であり、昔は退屈ながらもそれなりの高校時代を過ごしただろうと思えば今回起きたこのくらいの誤算は大した出来事ではないと寛大に構えられる。
普通ならば人生で一度しか体験出来ない貴重な青年期であり、静雄にとっては正に人生を左右する時期でもあるだろう。
己とは違い本物の高校生活を送っている彼を優先させるのは当たり前じゃないかと、誰に言うわけでもないのに言い訳染みた言葉を浮かべた。
――本物、か。
ならば自分が過ごしているこの時間は偽物だと言えるのだろうか。
それはそれで変な感覚だと妙な気持ちになりながら机に伏せれば、いつのまにか始まっていたホームルームについて隣から小突かれる未来はそう遠くない。

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