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携帯の着信音として設定している音楽がしこたま鳴り響くのを無視して目の前のことにだけ集中する。
いい加減鳴り止まないそれに苛立ちが募ってきた頃だが、ひたすら無心を装おってその音楽は着信じゃなく自分がプレーヤーで流してるんだと自分自身に暗示をかけてみた。
些か心象的に気が楽になる。
思い込みって素晴らしい。

「……あああああ!うるせえ!」

気が楽になったような気がしたのはやっぱり気のせいだったらしい。
煩わしくて仕方ない携帯を我慢できずに思いきり睨み付けた。
ガラケーの閉じたディスプレイに簡素に浮かび上がる人物名を目にして自然と口角が痙攣する。
出ねえよ、いい加減諦めろよ、ガチ今は出ないから。
一旦切れても数秒経たずに振動する携帯に殺意がわくのは気のせいじゃない。
サイレントモードにするべきか、それともやっぱり電源を落とすべきか。
超絶短気なあいつがこんなに粘り強く電話してくるなんて予想してなかったから正直驚きだ。
解決方法としては電源を落とすのが一番手っ取り早くて簡単なのは理解してるんだけど、結構繊細な心を持ってるあいつにそんな仕打ちをしたら電話に出ないよりもしつこく深く心を抉ってしまいそうでなんともやりにくい。
あいつ面倒臭いな。
だけど今は電話出たくないんだよ察しろ空気読め。

「…………お」

脳内で愚痴ぐち文句を垂れながら目の前の事に集中するという器用なことをやっていたら、完全に途切れた着信音に気付いて思わず携帯を凝視した。
一、二、三、四、五……十秒も間を置かずに鳴り響いていたはずの携帯が完全に沈黙したのを確認して、思わず自室の天井を見上げて溜め息を吐いた。
ああ…終わった。

「……やべーな」

握り締めているゲームのコントローラーが手汗で滑っていく。
ああ、やばい、終わった、これは完全に終わった。
私の心情を表すなら完全にオワタで顔文字が出そうなほど終わった。
去らば素晴らしき引きこもり生活。

画面に向けていた集中力が完全に切れたのを理由に、コントローラーを放り投げてゲームのスイッチをオフにする。
抱えていたクッションに顔を埋めて数秒体育座りをすれば、無限にある可能性が瞬時に脳内を駆け巡ったので勢いよく立ち上がった。
クッションをベッドの上に放り投げて急いで玄関まで走る。
彼がどこに居るかなんて連絡を取ってない私がわかるはずもないのだが、この嫌な冷や汗が本能として警告を鳴らしているから寝室から玄関までのかなり短い距離を死に物狂いで走った。
やばい、この流れだと今以上にやばいことになる、かなり不味いことになる。
主に私の金銭面で。

あと三歩、目の前にしっかりと存在する玄関扉に焦りを感じながら思いきり腕を伸ばす。
間に合え!間に合えよおおお!
何故だか外から聞こえる騒音が耳に届いて焦りが増す。
指先が掠めるほど近付いた玄関扉に、チェーンを外そうとドアにぶつかる勢いで私は更に足を動かした。
が。

「名前!!!」

「だあああ間に合わなかったあああっ」

防犯チェーンどころか轟音をたてながら目の前から吹っ飛んだ玄関扉に私は絶望した。
ああ…あと少し…あと数秒早かったらこんな風通しの良い部屋にはならなかったのに…。
肩で息をしながら金髪を振り乱し、よれたバーテン服も気にせずずれたサングラスの奥から魔物のようにこちらを睨み付けてくる男に殺意しか沸かない。

「なんであと数秒遅く来ないんだよ!そしたら玄関全開にしてスタンバってたのに!バカ!このバカ!修理代出せやバカやろおおおっ」

「うるせえ!なんで携帯出ねえんだてめえは!思わず携帯握り潰しちまったじゃねえか!てめえこそ弁償しろ!」

「んなの知るかあああっ!いや予想はしてたけど!予想通り過ぎて逆にビックリだわ!」

隔たりがまったくなくなった玄関で秋の夜風の寒さすら忘れて叫びまくる。
アパートの皆と近隣住民さんごめんなさい!
まだ二十時だから許して!
二人して息を荒げながら、険悪通り越して今にも掴み合いをしそうな目付きで睨み合う。
ああわかってたんだよ、ストーカーも真っ青なくらい怒濤の勢いで掛かってた着信が途切れた理由も、携帯片手にこっちに向かってただろうことも、ガチ切れしてるだろうから玄関閉じたままだったら合鍵も使わず扉吹っ飛ばして乗り込んでくるだろうことも全部な!
当たりすぎてて泣きそうだわバカ野郎!

「よし、取り敢えず………帰れ」

「殺すぞ」

「上等だそりゃこっちのセリフだあああっ」

連勤続きだった私の素晴らしいオタク休日ライフぶち壊しやがってえええ!

「前以て携帯でない会わない引きこもる来るなって言ってただろうが!なんなの!お前なんなの!」

「……俺は了承してねえ」

…いや確かにこっちが一方的に伝えただけなのは、うん、わかってるけど。
急に静かに怒り始めた目の前の奴にちょっと頭が冷静になる。
いや、まあ……あれ?なにこれ私悪いわけ?
いや確かに静雄と喧嘩なるときは大半私が悪いんだけど。
あれ?…………………認めん!

「名前ちゃんよお、久々休みなら一月以上ほったらかしな彼氏に会いに来るのが常識だよなあ?あ゙?疲れてっから会いに来るなとかゲームしてえから引きこもるとか俺がキレるの待ってたようにしか思えねえんだがよお」

「……てへ」

正直言うと意外と電話連絡だけで平気そうだったこいつを完全に舐めてたとか実はちょっと拗ねてたとかそんなこと言えない。


2012.12.16

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