dream | ナノ
週初めの月曜日、二日の休日を挟み勉学が苦手な者は誰もが憂鬱になるだろうと見受けられるその日。
東池袋に位置する私立来神高校では、その憂鬱を微塵も匂わせない喧騒で辺りを賑わせていた。
ざわざわ、ざわざわ。
朝礼間近の時間帯、トイレで用を足してきた名前が教室に戻れば周りの空気がいつもとは気色が違うざわめきを響かせているのに気付き首を傾げる。
――んん?なんだ?
誰も彼もが窓際に張り付き校外、つまり校庭を一心に眺めているため名前は疑問符を頭に浮かべた。
ひそひそと隣同士でこわーいと囁き合っている女子、顔を青ざめながら引き吊った表情であいつやっぱ人間じゃねえよ…とボソリ呟く男子と様々で、とりあえず何かが校庭で行われているらしい事だけはわかる。
前日日曜日な為丸一日寝て過ごすという自堕落な生活を優雅に過ごした名前は、朝だというのに珍しく眠気が無く怠さも少ない。
そのため好奇心が強い野次馬根性丸出しな普段の性格を表に出していたため、周りに触発されたのか校庭に興味を惹かれソワソワしていた。
――何があるんだー私にも見せろー。
生徒たちが集まる窓際、そして自分の席でもある机に向かってノロノロと近付く。
窓際に張り付いていたクラスメイト達が彼女に気付けば、一瞬ビクッと肩を跳ねたあと素早く机の周りから離脱した。
それを見て少しの虚しさが浮かぶが、それよりも感謝の言葉が強い自分に名前は思わず苦笑する。
――よーし、これなら座ってても外見えるな。
自分の周りだけ居なくなった人垣を、溜め息も吐かずに苦笑するだけで留めるようになったのはもはや慣れとしか言い様がない。
むしろ最近では今のようにその煙たがられる立場を利用するのだからある意味悪質になりつつあるだろう。
椅子に腰掛けるのではなく、外がよく見えるようにと机の端に寄りかかるように座った名前は漸く外を眺めた。
朝の活気に紛れていたせいか最初は気にしなかったが、意識すると校内に響く雑音という名の騒音は主に外からしていたのだと気付き疑問を深める。
――なんだこのお祭り騒ぎ、ボンヤリしすぎじゃないか自分。
興味の無いことにはオートキャンセル機能が働く自分の聴覚に些か呆れた。
――さーて、いったい何があるのかねー。
自身に呆れるのはいつもの事だと素早く頭を切り替え、少しだけ前のめりになると窓の下、校庭を覗き混むような形で名前は体を傾けた。
そして彼女は予想とはまた違った新しい非現実を目にすることとなる。
「……なにこれ」
騒ぎの元凶、注目の的になっている校庭を目にすれば想像していた物とは違う、何やら物騒な雰囲気広がる集団の塊を見つけた。
その直後。
「…!…?!」
大量の人間が宙を飛ぶという衝撃映像が前触れもなく彼女の目の前に広がった。
一人二人といった可愛らしいものではなく、十数名は居るであろう空を飛ぶ野郎共。
「…………は?」
大人数が砂埃を巻き上げながら一定の高さまで打ち上げられたかのように空へ舞い、そして耳に悪い叫び声をあげながら重力に負けて落ちていく。
打ち上げられた速度よりも落下する速度の方が体感的に遅く感じてしまうからか、表情一つ一つまでもが名前には見えているように思えた。
だが、あ、と言葉を漏らした時には目の前を占領していたはずの男達は視界から消え去る。
思わず立ち上がり窓に張り付いた名前は砂埃が舞う校庭を一心に見つめた。
――なんだ、あれ。
――意味わからん何あれ凄い。
身構えることすらしなかったため真っ白になった頭を占領するのはこの言葉だけ。
もしかして寝ぼけてるんじゃ、と腕で強めに目元を擦ればただ痛いだけで目の前の光景は何ら変わりない。
人間がジャンプしたところで到底上がるはずもない高さまで、しかも大人数が一斉に舞い上がるなんて漫画かアニメでしか見たことがない。
現実では絶対あり得ない、そんな非現実が目の前に現れ名前は冷静でいられるような人間では勿論なかった。
自分に降り掛かる非現実的なことには既にキャパが振り切れているのでもうなにも驚かない自信があったはずなのだが、それとはまた違う驚きと興奮に彼女は包まれる。
――………あれ?これってもしかして…。
興奮の奥に見え隠れする冷静さが名前に思考を促す。
もしかして、というよりも確実にこの状況を作り出せる人物が居ることを思い出した彼女はポンッ、と自分の掌を叩いた。
納得を表すには古風な表現方法だが本人はそんな時代錯誤など気にしない。
――砂邪魔だー、晴れろー。
思い切り窓に張り付く自分の姿にクラスメイトが引いているなどお構いなしに、名前は晴れてきた砂埃からうっすらと確認できた影を更に目を見開きながら凝視した。
野次馬根性丸出しである。
「あ…」
居た、と見覚えのある姿を発見して名前は薄く微笑んだ。
相変わらず元気だなーとずれたことを心で呟きながら晴れた校庭を目にして更に苦笑する。
先程宙に打ち上げられたであろう男達が倒れ伏している中心、そこには最近出来た唯一の友人である金髪の姿。
――いや、知ってたけど生で見ると半端無いな…。
喧嘩の後や道路標識を振り回す場面は最近目の前で目撃したばかりだが、人間を吹き飛ばす所はまだだったためその衝撃は計り知れない。
確かに知ってはいたのだ、だが知識だけの曖昧なものと生で見る現実は心に与える打撃が違いすぎる。
地面から引っこ抜いたのが見てわかるコンクリート付きの道路標識を、見る者にまったく重さを感じさせないまま青年、平和島静雄はこれでもかと辺りを蹴散らすように振り回していた。
――これも臨也の仕業なんだろうねえ……あれ、静雄ってそれには気付いて無いんだっけか?
眺めながら原作の知識を思い出そうとするが、触り程度にしか触れていなかった印象のある来神時代のことを名前は余り覚えていない。
しかし取り敢えず臨也が全て企んでいることは明白だったので、今後もし臨也に絡まれたとしても彼の言葉は全部聞き流そうと結論を出した彼女はやっと窓から身体を離した。
偶然か必然かはたまた謀ったのか、二日前に接触したばかりの臨也と今後も接触するかはわからない。
しかし接点があるのは確かなので警戒するに越したことはないだろう。
窓から視線を外した名前は今度は大人しく自分の席に腰掛ける。
鳴り止まない喧騒に興味を無くせば、携帯に接続したままのイヤホンを装着し目を閉じた。
眠気はないがこれだけ騒がしいと現実逃避をはかりたくなる。
耳に流れてくる音楽に気分を良くすれば、とっくに始まっている朝のホームルームに見向きもしていない周りに呆れながらそれを慣れたもんだとスルーしている教師に若干同情した。
名前も席についているだけで参加していないのだから人の事を言えた義理ではない。
――朝に校庭で喧嘩ってことは朝礼に間に合うつもりだったのかな…可哀想。
静雄とは昼過ぎでしか会った事も喧嘩しているところも見たことがない。
それを思えば、もしかしてここ数日は教室に居なかっただけで出席はちゃんととっていたのではないかという考えが頭に過った。
兄が言うには静雄は校外乱闘も多いため、転入してから数日見なかったのはタイミングが重なったせいなのだろう。
しかし二日間は昼時に出くわしたのだから他の日も学校のどこかしらに居ても不思議ではない。
――やっぱ可哀想だなしーずん…。
当たっていようがいまいが、どちらにせよ録な目にあっていないだろう彼に名前は少しだけ切なくなった。