dream | ナノ

――疲れた!!
長々と自分が納得するためだけに推測という名の思考を進めていた名前は、まったく動いていないというのに全身に疲労を感じてしまい内心絶叫しながら思考を中断した。
――推測にも納得した、あとはこれからどうするか、だ。
沈んでいた空気も瞬時に切り替えればいつも以上のダルさを感じてしまい顔をしかめる。
何かを考え込む度に常人以上にあのようなややこしい思考を繰り返すのだから、正気に戻ったなら疲労感でダルさを感じるのも無理はない。
顕著な面倒臭さがなければ常にあのような状態に陥ってしまうため、その反動に普段は無関心を装い考え込まないようにしているのだから名前自身自分はうまく出来ていると感心していた。
感心していなければ普段の自分勝手な態度など当の昔に修正されていただろう。

「……あ」

正気に戻り行動を起こさなければいけないことにやっと意識を向ければ、まず初めに重大な問題が転がっていたことに彼女は漸く気付く。
視界にある見知らぬ土地、見知らぬ人。
――…迷子じゃん!
陽が暮れネオンの光で照らされる眩しい街並みはすっかり夜の姿に変貌していた。
先程はぐれた青年のことを思い出し、ヤバイ、と頭の中で警鐘がけたたましく鳴り響く。
ヒヤリとした嫌な汗が額に浮かんだ気がしたが、名前はそれには気付かないフリをした。
というより、気付きたくなかったので無視をしていた。

「うわー…マジやベー…」

遠くを見るような眼差しでアハハ、と小さく固い笑いを溢す。
――マック行くって言っちゃったよ…待ってるって言っちゃったよ……実際迷子だよ…!!
時間を逆算したならば確実にどこかしらにはあるだろうマックに辿り着いている筈の静雄を思うと血の気が引いていく。
怒られるならまだ良い。
キレて暴れられるならそれでもまったく構わない。
平和島静雄という男を違う視点で思い出してしまった彼女が懸念したのは、あの大層目立つ理不尽な暴力ではなかった。
名前の中で静雄は既に『キャラ』という非明確な対象からは逸脱した個人でしかない。
自分と話してくれた、傍に居てくれた、存在を肯定してくれた気がした。
トリップしたと気付く以前に交流を持てたのは幸運だったのではないか、と感じる。
きっと、トリップしたと最初に気付いていたなら、このような心配はしないで色眼鏡で彼のことを見ていただろう自信が彼女にはあった。
その場に生きている一人の人間だと意識することすら無かったかもしれない。
けれど、昔読んだ小説の方が後付けだと思えてしまうほど、名前にとって静雄は既に大切な唯一の友人でしかなかった。
思い返せばよく殴られなかったと思うところはあるが、それよりもここ数日の印象の方が確実に心に残る。
彼はどうしようもないほど『人間』だった。
――あの化物並みの暴れっぷり見たら、確かに人間離れとは言えるけどねえ…。
しかし今そんなことはどうでも良いと思い直せば、名前は仕舞っていた携帯電話を急いで取り出す。
二件の着信履歴が残っていたのを確認すれば、それは母からのものだけで望んでいた名前が見当たらないことに名前は更に焦りを感じた。
――ヤバイ、これは非常に不味い気がする。
母からの連絡など、どうせ今夜夕食どうするの、程度でしかないとわかっているだけになんともやるせない。
履歴画面からリダイヤル画面に移行する。
一番上に記載された名前に標準を向けて躊躇なくコールを掛ければ、なんとも言えない焦りで名前はソワソワと落ち着きをなくした。
――は、や、く、出、ろ!
耳に届くコール音がなんとも恨めしい。
どれだけ考え込んでいたかはわからないが、陽が暮れるということは一時間以上はここに居た可能性が高いのだ、あれからどれくらい臨也と殺りあっていたかはわからないがそれでもとっくに喧嘩は終わっているだろう。
だというのに、一件も連絡が来ていないということは。
――変な勘違いしてなきゃ良いけど…。
静雄がどういう人間かまだ余り理解できていない以上確信はまったくないが、自分ならどう感じるかという主観で考えを巡らせれば名前は嫌な予感しか浮かばない。
彼は可哀想な人間だと、曖昧な原作の知識を思い出せば名前はそれだけは確信できていた。
数年前に友人から借りて読んだ小説の中でも際立って矛盾した人物。
今の若い彼がその通りなのかと言えばそれはまた違うだろう。
ただの高校生だと思いながら交流したときの静雄は原作を読んでいた時には感じなかった戸惑いという感情が名前には強く見えた。
それもそうだ、高校一年生の思春期真っ盛りな彼が成人も過ぎた原作通りの性格なわけがない。
今なら彼が戸惑っていた理由も少なからずわかる。
自分の知識だけが彼の全てではないだろう。
しかし、確かにそれは彼の一部なのだ。
それを踏まえた上で彼の考え付きそうなことは名前には難しくなかった。
もし、新しく出来た友人があの姿を見てすぐに姿を消したなら、連絡すら音沙汰もなかったなら、目指した場所にその姿がなかったなら。
――もし私が静雄だったら泣くかも。
自意識過剰ならそこで自分が恥をかくだけなので問題ない。
静雄はいい奴だ。
その考えが揺るぎない名前は、配慮がまったくなかった自分の行動に後悔した。
杞憂ですむならそれに越したことはない。
ただ、もし彼に何かしら虚しい感情を浮かべてしまっていたなら彼女は自分を許せないだろう。
なにより、友達が減る、というより居なくなるのは名前としても今後の生活に支障が出そうで非常に困る。
自分と普通に接してくれたのは彼だけだった。
そんな彼を、名前は手放したくないのだ。

「出ろよ…」

一回目の留守番電話に苛立ちながら二回目のコールを直ぐ様発信する。
留守電の女性音声に切り替わると焦燥感に襲われた気がした。
杞憂に終わらなかったことを懸念して直ぐにボタンを押し直せば、虚しさが広がり始めた心に名前はギュッと携帯電話を握り締める。
縋りつかれることはよくあるが、自身が縋りついた経験が無い彼女はこういう時どうしたら良いのかわからない。

「っ…ああもう!面倒くせえな!」

普段の名前なら、この時点で余りの面倒臭さに直ぐ様自宅待機を選択していただろう。
しかし今の彼女はこの問題を長引かせる気は毛頭無かった。
電話は諦めメール画面にすれば手早く内容を打ち込み送信する。
携帯電話を仕舞い辺りをキョロキョロと見渡した。
仕事帰りと見られるOL風の女性に目をつければ、名前は躊躇なくその人に声を掛けた。

「あの、すみません!」

「はい?」

「露西亜寿司って何処ですか?!」

唯一覚えていた、というよりも目印にしやすいだろう場所に名前は行きたかった。
とにもかくにも、がむしゃらに必死なのだ。

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