dream | ナノ

東池袋中央公園、今そこでは人波流れる喧騒すら物ともしない殺伐とした雰囲気でその場の空気を一変させていた。
持ち上げるどころか常人ではピクリとも動かせないであろう看板代わりの岩が広場の中央に鎮座しているが問題はそこではない。
対峙しているまだ年若い青年が二人。
その二人が同じ場所、同じ時間、そこに居るという事実が既に問題でしかなかった。

「シズちゃん、いい加減逃がしてくんない?俺が今日此処で同じ時間、しかも君が連れ立ってたその子に話し掛けてしまったのは本当に偶然なんだよ、偶然。確かにどこか謀ったように見えなくもないけど、そこは俺の運が悪かったとしか言いようがない。仕方ないよね、だって俺は偶然の産物なんて予知できるようなそんな人間場馴れした能力は持ってないからさあ。まあ、もし仮にそんな能力を持ってたと仮定して、本当に何か仕出かそうと赴くとしたならシズちゃんに接触するような馬鹿な真似はしないで俺はもっとその能力を有効活用して上手く事を運ばせるよ?つまり、俺はやっぱりそんな能力なんて持ってない上、偶然彼女に声を掛けたらそれと偶然一緒にいた君と偶然出会してしまった。そんな通りすがりでしかない無い俺は自分の用事を済ませてさっさと家に帰りたいわけなんだけど。つまりなにをい――」

「だあああああっ!!!ゴチャゴチャゴチャゴチャうぜえうぜえうるせえ!うぜえ以外の言葉が見つからねえくらいうぜえ!!!」

「うるさいって自分で言ってるけどその意味わかってる?」

「殺す!」

「ほんっとシズちゃんて理不尽!」

「殺す殺す殺す!!!」

どこから調達したのか道路標識を片手で持ち上げ、周囲からは重力も無視したかのように感じられる程軽々とそれを振り回す静雄は名前の知る彼ではなかった。
たった三日、確かに相手を知るには短い期間。
されど三日、しかしこんなにも悪目立ちする特徴を三日間も知らなかったのはある意味奇跡に近い。
目の前で繰り広げられる、喧嘩にしては殺伐とした光景を呆然と見ながら名前は兄から聞き出したまったく信じていなかった話を繰り返し思い出していた。

『人を片手で持ち上げる』
『標識をアスファルトごと引っこ抜く』
『目が合ったら殺される』
『人が宙に飛ぶ』
『常にキレてる』
『眼力で人が死ぬ』
『人体実験の末造られたサイボーグ』
『自動販売機を持ち上げる』
『トラックに轢かれても無傷』
『デコピンで頭を潰せる』
『次の日には傷が消えてる』
『取り敢えずヤバイ』
『かなりヤバイ』
『近づいちゃいけない』
『近づいちゃいけない』
『近づいちゃいけない近づいちゃいけない近づいちゃ――』

中には悪意と恐怖によるまったく無実な噂も雑ざるが、そのほとんどは平和島静雄という男の特徴をまったく嘘偽り無い事実として『言葉通り』の意味を鮮明に伝えていた。
そんな人間居てたまるかと、数分前まで名前は確かにその『噂話』を完全に否定していた。
サイボーグ?人が浮く?標識引っこ抜く?傷が消える?――どんな二次元だバカヤロー。
三次元下の常識ではあり得るはずがないそれを、名前は確かに鼻で笑ったのだ。
しかし、今はどうだろう。
片手で振り回される折れ曲がり鉄屑と化したソレ、降り下ろされればアスファルトを抉り砂ぼこりを巻き上げる地面、なりふり構わず殺意の言葉を吐き捨てる姿、鋭すぎる目付きは確かに肝が小さく心臓が弱ければ目が合っただけで人を恐怖でショック死させることが可能かもしれない。
名前が知っている平和島静雄という穏やかな男は、そこには微塵も存在しなかった。
――……ああ。
――こりゃ、避けられるのも納得だわ…。
ショック状態から抜け出せた名前の頭が即座に浮かべたのは、嫌悪でも恐怖でも逃避でもなんでもない、ただの純粋な肯定。
嘘だと否定することなく、馬鹿なと笑って見せるでもなく、危ないと恐怖することもなく――そこにある確実な事実だけを、名前はただただ受け止めていた。
これなら確かに、普通の人なら近付きたくても近付けない。
これなら確かに、いくら普段大人しく見えてもこの状態を知ってしまえば誰でも足がすくむだろう。
淡々と、眈々と。
名前は己の中にあった疑問をただひたすら解消させていた。
――ああ、なるほど…。
――ああ、わかった。
『な っ と く し た 』

「静雄ー!」

「ああ゙?」

「腹減ったからマック行ってるねー。それ終わったら奢るから来てちょー」

「ああ」

「サツに捕まるなよー」

「ああ」

「通報されるだろうから抵抗しないで潔く逃げるんだぞー」

「ああ」

「おー後でねー」

頭に血が上っている状態の静雄は聞いているのかいないのか、凄みのある声で相槌を打つが名前は気にした様子もない。
彼女は先程の様子がまるで嘘だったかのように、表面上では足取り軽く公園から抜け出した。
そのなんともない名前の様子に、思わず言葉を漏らしたのは臨也と静雄に呼ばれる青年、折原臨也。

「あっれー、おかしいなあ」

静雄から繰り出される暴力を臨也は辛うじてかわす。
名前の遠ざかる後ろ姿を目に留め、彼女が完全に見えなくなったところで焦り混じりだった表情を瞬時に消した。
柔和な笑みを浮かべながら携帯電話を取り出す。
静雄を十分警戒しながら器用にも手にあるそれを操作し、ワンコール、どこかに向けて発信した電話を即座に切れば臨也は殊更笑みを深めた。

「今日のところは御開きだ」

「ああ?」

ピタリ、雰囲気を変えた臨也を不審気に睨み付けながら静雄は動きを止めた。
手にある鈍器にしては余りに常識外れな凶器を振りかぶろうと上げたままだった腕を下ろし、ガツン、地面と接触した金属の鳴る音を耳にしながら青筋立った顔をしかめる。

「……おい」

「なに?急に大人しくなっちゃって」

「手前、何が目的だ」

ギロリ、音をつけるには些か物足りないが、当てはめるとしたらそんな音であろう鋭い眼光で臨也を睨む。

「別に?」

――ネタバレしたら面白くないじゃん。
そんな心中を裏に隠して、臨也は笑みを深くした。
含みのある笑み、しかし目だけは濁っている。
臨也は苛立ちを感じていた。
想像していた結末の中の一つではあるが、けれど出来れば傾いて欲しくなかった方向に駒が進んでしまったからだ。
つまらない、と内心呟く。
けれど面白くなってきた、とこの先を考えるにいたって笑みは深くなるばかり。
――これはこれで楽しみ概がある。
真実を織り混ぜた嘘ではなく、嘘八百しか並べ立てていなかった彼は携帯電話を懐に仕舞う。

「単細胞な君へのハンデとして、今日のところは退いてやるよ」

「うるせえ、殺す」

「彼女、捕まるなって言ってたよね?早く逃げた方が良いんじゃないかなあ――ほら」

「………チッ」

遠巻きで二人を見ていた野次馬の更に向こう、公園の外に目を向ければ数台のパトカーが止まったことに気付く。
誰かが通報でもしたのだろう。
数人の警官がこちらに向かって来るだろうことを確信した静雄は、舌打ちを一つ溢して手にしていた道路標識を放り投げた。

「手前次は絶対殺……あの野郎…っ」

パトカーから目を逸らし臨也が居た方向に視線を移せば、そこにあるのは藻抜けの殻。
姿を消した男に向けてありったけの殺意を浮かべたあと、静雄もまたその場を切り抜けるべく地面を抉る勢いで駆け出した。

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