dream | ナノ

池袋に存在する数ある公園。
その中の一つ、人口密度も他に比べればやや高いと見られる東池袋中央公園にて二人は足を休めていた。
途中で寄ったコンビニで手にいれた飲み物を片手に、ベンチに座り込みながらふう、と小さく息をつく。

「けっこー歩いたなあ」

「ああ」

「付き合ってくれてありがと」

「おう」

人一人分は空いているだろう距離感で石造りのベンチに座る二人は、短い会話は交わすものの余り互いを意識してはいない。
歩き疲れた身体を長椅子に凭れさせ、手元のペットボトルをギュッと握り締める。
まだまだ日が沈む様子の無い公園は屯している少年、なにかを楽しそうに話し込んでいる数人の女性、煙草を吹かしながら呆けている男性と様々な人間模様が見てとれて、名前はそのなんともない風景を眩しそうに見ていた。
――なんかこう…平和だなあ。
街中を歩き、道順を覚え、たまに気になった店に入り、それを面倒くさそうな雰囲気を出しながらも付き合ってくれる友人と過ごした今日という日が愛しく感じれて彼女の心は安穏に包まれる。
なにも考えず、ただただ楽しさの中日常に身を任せて行動したのが久々に思えて名前は充実感に浸っていた。
たった数日だというのに、数ヵ月も詰まらない日々を過ごしていたように感じるのは自分の時間が狂っていたから。
そんな歪みに気付いてしまい、名前は思わず苦笑する。
これほどまでに自分が寂しがりだったとはまったく知らなかった、知ろうともしていなかった。
思えば、引っ越しなど経験したことが無い上に幼・小・中・高とすべての学校施設において地元の友達が居たため今まで友達作りに苦労した経験が名前にはない。
学生時代に尖っていられたのも、本当の意味で『独り』ではなく帰れば笑い合える友が居たからだ。
それに気付かず甘えていた自分に名前は恥ずかしさを覚えた。
社会に出てからは高校で学んだ猫被りがとても役立ったため周りともうまくいっていたし、就職先は違えど月に数回は親友と遊んだりと交流があった。
今思えば、物凄く恵まれた環境で育っていたのだと充実感に紛れた少しの切なさで名前は存分に痛感していた。
無くしてから気付くのが人間の性質であり、その後悔は人として己を成長させる。
くよくよ悩むのは嫌いだが、もう少し高校時代の親友には優しくしてやれば良かったと後悔が頭を過れば名前は充実感が萎んでいくのを感じた。
そんな後悔も後の祭りで、親友とは出会ってすらいない今の状況がとても、彼女には切なく思えて仕方ない。
充実感を感じていた矢先にこんなことを考えてしまった原因は今この状況にあるのだが、それはまた別の話だと割り切っている彼女はやはり苦笑を隠せなかった。
自分がこのような事態に陥ってしまったあの日、あの時。
息をするのと何ら変わらない、労力とも言えないほどの自然さで習慣付いていた筈の猫被りがまったく発揮されなかった、混乱しきっていたあの日。
あの時うまくやっていれば、このように寂しさを感じることは無かっただろう。
しかし、うまくやれなかったからこそ気付けた自分の一面や後悔にどこか嬉しさも感じてしまっていて、何が正解なのか名前にはわからなかった。
人生に正解や不正解があるかなど知りもしないが、切なさと寄り添う充実感も嘘ではない。
――大人になったつもりでも、やっぱ自分はまだまだだな。
わからないことだらけの日常などその辺にごろごろ転がっているし、むしろ全てを理解しながら生きるなんて不可能としか言い様がない。
――人生ってわかんないなあ…。
己の矛盾も他人の矛盾も、むしろ矛盾という言葉が当てはまる物すべてがどうでもよくて、だけど愛しく感じた彼女は矛盾の塊だった。

「…どうした?」

「ん?」

沈黙したまま一人百面相を繰り出す彼女を不思議に思ったのか、同じく一人静かにしていた静雄が問いを投げ掛ける。
見られていたとは露知らず、疑問符を浮かべた名前は小さく首を傾げながら彼に意識を向けた。
座っていてもわかる身長差に今更ながら感心しつつ、文句も言わずにこうして一緒に居てくれる彼に安堵を感じる。
そう――切なさや後悔を感じても、こうして新たな繋がりも見付けた。
人生ってすんばらしいなあ!と急にぶっとんだことを叫んだ脳に自分で笑いながら、へにょり、気の抜けた笑顔を浮かべて名前は気が緩むのを感じていた。

「なに笑ってんだ?」

「いやなんか…嬉しくて」

「…なにが?」

「んー…。ここに来たっけさ、あんた以外誰も相手してくれなかったし。自分から話し掛けてきてんのに自分から逃げるようなよくわかんない奴ばっかだし。田舎もんの自分にゃ都会はやっぱさっぱりわかんなくてさ」

「…」

「でもやっとこんなふうに街一緒に歩いてくれる奴出来て、やっぱ寂しかったんだな自分、とか。もっと自分から周りに接触するべきだったかな、とか。考え込んでたら最終的にあんたと会えて自分ラッキーだったな、て単純に嬉しくなってた」

「…お前本当に友達居ないのか」

「え、今更」

パチクリと純粋に驚いた表情を浮かべた静雄に名前は笑いながら素直に応えた。
堪えたようには見えない彼女の明るい表情は、とてもじゃないが友達が居ないと悲観しているようには見えない。
今の名前は後悔はすれど、悲観などはまったくもって眼中外、対象外な存在だった。
確かに悲観はしていたかもしれないが、それは彼女の中で既に『過去』として処理される。
『今』が良ければ、そこに辿り着くまでの過程など例え一分前だろうと直ぐに『過去』として懐かしめる。
それは彼女の強みであり、どうしようもないほど弱みだということを名前は気付いていたがどうしようもない、と半ば諦めていた。
楽観的で事無かれ主義が基本ベースの彼女は、自分の中の問題もすべて過去として『逃げる』癖がある。
どうしようもないほど自分勝手な彼女は、それを言い訳にしたただの臆病者でしかない。
それに気付いていながら見ないフリをするのは、全て傷付きたくないからだ。
楽観主義を隠れ蓑にする名前は、常に何かを考えながらそれを意識の外に追いやる。
自分が常軌を逸するほど矛盾した人間だと理解している彼女は、けれどそれすらも否定して日々を過ごしていた。
理解と否定、否定と理解を繰り返す矛盾の塊。
寂しさすら実感しながら、切なさも感じながら、けれどやはり少し経てばそれすらも否定し、また時が来れば再度肯定を繰り返すのだろう。
――めんどくさ。
考えすぎるが故に辿り着くこの素直な結論が多すぎて、考えていたことすら否定した彼女はまた楽観主義者の仮面を被る、この繰り返し。
彼女もまた、一筋縄にはいかない厄介な人間だった。
一旦思考を停止すれば止まる無限ループは、その後の彼女を比較的普通の馬鹿正直に戻す。
彼女は何も考えたくなかった。
いつか全てを否定して独りになるかもしれない。
それを恐れる彼女は、ややこしい臆病者なのだ。

「こっちの友達、あんただけ」

「…そうか」

「うん」

繰り返す矛盾のなか、その時思った本心だけを口にする彼女は嘘をつかない。
穏やかな空気に触れながら、陽気に安堵を感じながら、このまま何も考えたくないと思う心も逃げなのだろうか。
自分が見えていない状況の彼女は、何が真実なのかわからないままソレを受け止める。
――あー……友達って素晴らしい。
一人でも傍に置いてくれる人がいるなら。
今の名前はそれで充分だった。

「…最初さ、何でお前が今日俺を呼んだのかさっぱりだった」

「なんでさ。私あんたが友達第一号って言ったじゃん」

「だよな。…あー、あれだ。言葉の綾とか、そんな感じじゃねーかと…」

「思っちゃったわけですな」

「…思っちゃったわけですよ」

気まずそうな表情で本心を吐露した静雄を、名前は眩しいものを見るかのように目を細め眺めた。
言葉の綾とは言うけれど、実際のところまだ疑われていたのだろうと解釈する。
しかしこんなことを馬鹿正直に告白してきたということは、彼の中で取り敢えず決着はついたのだろう、と名前は小さく笑みを溢した。
決着の行方は言わずもがな、表情を見れば随分と分かりやすい。
――あー…可愛いなあ。

「第二号いるのか?」

「募集中」

「出来ると良いな」

「そうだねー。でももう出来なくても良いや」

「なんで?」

「静雄がいれば寂しくないもん」

「そうか……え」

ピタリ、動きを止めた彼に内心爆笑した名前はとんでもない愉快犯だ。

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