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「苦しいの?」

特別何かをしていたわけでもない。
唐突に切り出された意味のわからない問い掛けは、まるで常に交わす日常の挨拶のように自然と投げられた。
あまりの自然さに言葉の意味を理解するのに脳が一度活動を停止するほどで。
苦しいの?
確かに言われたその言葉は、意味は何の障害もないほど理解できるのに何故問いかけられたのかわからなかった。

「意味わかんないって顔してる」

クスクス。
音にするならこんな擬音だろう。
いつもの引き笑いではなく、まるで調子が狂うようなその上品な笑い方にますます頭は混乱する。
こいつはこんな笑い方をするような女だっただろうか。
答えはノーとしか浮かばない。

「…なんだお前」

「何がー」

「…ウゼェ」

「強がり」

ヒラ、とセーラー服のスカートが軽く揺れた。
無言で歩き出した名前の背を何も考えず眺めながら後をついていく。
苦しいの?
唐突な言葉が脳にこびりついて離れない。
常に適当なこいつが投げ掛けてくる会話はやっぱりいつも適当で。
何も考えずに飛び出してくる単語の意味を毎回考える羽目になるが、別段こいつは答えを求めているわけではないと気づいた時から必要以上に考え込むのは止めた。
あれはなに?これはどう?
問い掛けられる言葉に知らないやらふーん、やら相槌とも言えない言葉を返せばこの女はいつもそれで納得する。
納得する要素なんて何一つ無いのに。

「静雄は苦しいの」

「…なんで」

「だって、私が苦しい」

クスクス。
彼女はまた笑った。

















冷水を浴びたかのような寒さに気づいて目を開く。
眼前に広がる闇、ぴったりと張り付くシャツの冷たさ、不愉快な気分にしかならなかった。
布団の中で不快な気分を背負ったまま、今まで見ていた夢を思い出す。
懐かしい夢。
けれどもあまりに鮮明な夢。
言い換えるなら、数年前の確かな記憶。

「……畜生」

ボロリ。
新しく頬から首筋に伝った雫が現実を叫んだ。
嗚呼。

俺は苦しい。


2012/11/24
title.確かに恋だった

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