dream | ナノ

なんとなく情報知ってるかな、と軽い気持ちで静雄の話題を兄にふった名前は、静雄の客観的な周りの評判というものを聞きなんとなく痼が取れた気がした。
今聞いた話を整理すれば、どうやら平和島静雄という存在は世間話ができる程度の知り合いが居れば真っ先に忠告されてもおかしくないほどの人物だったらしい、と結論付けて名前は思わず溜め息をつく。
そんな話できる奴も居ねえのか、てか同じクラスなら俺より真っ先に話題に出るはずだろお前なんなの?馬鹿なの?不器用なの?人見知りなの?と兄に捲し立てられたが事実、そんな話ができるような人物も居ないため彼女は黙り込むしか道がなかった。
内心ウゼーこいつ悪かったな不器用で、と不貞腐れたのだが、それもすぐに悟られたらしく頭を撫でられ機嫌とりをされる始末。
それでコロッと機嫌が治る辺り好意的な人に対する彼女の気の甘さと心の緩みは尋常じゃない。
普段あまり気を許さない分信頼する相手にはベタ甘で、ここまで感情をさらけ出すのは高校時代の親友も地元の友人も居ない今家族しか居ないので名前は余計に甘かった。
それはともかく、静雄に関するとりあえずの情報を知った今、彼が初対面時にあれだけ威嚇してきた理由が少しはわかった気がしていた。
毎日乱闘漬けなためそういう類いの輩しか彼には近づかないどころか、教室での周りの反応を思い浮かべる限りどうやらかなり孤立してると推測する。
昨日も、昼休みが終わればさすがに戻ってきたクラスメイト達は普段通りではなく、会話の際も声を潜めてヒソヒソ話をしていたため教室は授業の物音以外何も聞こえない状態だった。
ソコに存在するだけで周りを静かにさせる人間なんて本当に居たんだ、本当なにやらかしてんだこいつ、と名前は染々思っていた。
ある意味名前通りだと思わず感心してしまったが、平和という穏やかな雰囲気ではまったくなかったのが事実、それだけにどこか切なくて多少笑える。
自分に近づいて何が目的だ、という静雄の言葉を思い出して名前は物思いに耽った。
人間不信一歩手前なんだな、まあちょっと前まで中学生だったしまだまだ多感な時期だしなあ、そんな時に集団生活のなかで孤立ってある意味キツいだろうなあ、と悶々。
あんな可愛い奴なのに、勿体無いと思ってしまった。
急にキレたのは驚いたが、誰彼構わず殺意を向けるような奴には見えない。
警戒はされたが一緒にお昼を過ごすことを許され、名前呼びもゲットし、授業中も意外だったが彼は比較的真面目にノートをとっていた。
兄から聞いた静雄の噂というものはブッ飛んだものが多すぎて、全てを無視するという愚行はしないがあまり信憑性も感じていない。
確かに大怪我もなく多勢を地に沈めるような喧嘩の腕っ節は大したものだと名前は思う。
経験という上では似たような事を仕出かしていた彼女からすれば『大したもの』で済ませられるレベルではないと理解はしていたが、そこは実情をしらないため考えることを放棄した。
喧嘩の腕は凄まじいのだろう。
しかし昨日のことを思い浮かべれば、静雄は怒りを感じなければ普段は穏やかであり、顔も整っていて周りにはそうそう居ないほどの結構な長身だ。
むしろ普通に好かれててもおかしくない上ファンが居ても良さそう、居る気がする、というのが客観的ではない名前視点での彼の印象だった。
喧嘩の腕っ節に友達の有無は関係ないというのは経験上理解済みであり、あんな自分にさえ地元には友達が居たのだから暴力性はあまり問題ではないと彼女は思っている。
だから余計に、彼がいったいなぜあんなに孤立しているのか不思議でならなかった。
キレたときに感じた嫌な予感は確かに凄まじかったが、あの一回だけの警告以外彼はずっと穏やかで自分の中の警鐘が鳴ることはなかった。
沸点が低いというのは昨今の若者にはあまり珍しい現象ではない。
何が原因なのか、いったいどういう人間なのか。
休日の昼時にすら気になってしまうほど、名前の静雄に対する興味は尽きない。

「…よし」

自室のベッドの上に寝転がっていた体を起こし、手が届く範囲に放置していた携帯を取り上げる。
連絡先交換しといて良かったと思いながら名前は携帯を呑気に操作した。
放課後になっても教室から出ていかなかった静雄を良いことに自分から話し掛けて連絡先を交換したのだが、その時の周りの反応を思い出すと中々に笑えるものがあると名前は意地の悪い笑顔を浮かべた。
その時は急なことに面食らっていたが、それ以上に戸惑っていた彼を思い出すとその可愛さに癒されてしまったからさして気にしていなかったのだ。
静雄ー連絡先教えて、と声を掛けた瞬間ザワッと一瞬だけ動いた教室の空気は見物で、冷静に思い出せば忍び笑いが耐えない。
携帯画面に表示された『平和島静雄』という名前を見て迷いなくボタンを押す。
漢字変換すれば『静男』なのだと思っていたので勝手にしていた勘違いにもどこか笑えた。
余計なお節介かもしれない、もしかしたら一人が好きな性格なのかもしれない。
そんな懸念があったとしても、名前には関係ないのだ。
なにより、自分自身のために。

『…もしもし?』

「あ、静雄ー?今からちょっと付き合って。ここらを知らない私に道案内してよ、ついでに遊ぼ」

『…は?』

携帯越しの耳に心地良い低い声に心踊らせながら、さあ仲良くなるぞーと名前はニンマリ口角を上げた。
――喧嘩も良いけど、若い内はもっと違う経験も味わうもんだぞ若人よ。
今は高校生になっているが、実際は成人も過ぎて社会に揉まれた経験がある以上名前も昔とは考えが異なる。
一人で居るのは楽だし無駄に傷つかないから良いかもしれない。
けれど、それが通用するのは学生の内だけだと名前は思っている。
職種にもよるが、あれだけ周囲と交流がなければ後々苦労することだろう。
矯正してやろうなど大層な考えはない上面倒なのでやらないが、もう少し他人と関わる生活をしても良いのではないか、と自分に有利な矛盾した考えを浮かべる。
そうすればあの異様な感情の起伏も少しはマシになるかもしれない、と。
――まあでも…ほとんど自分のためだけどね。
意味がわからない生活から目を逸らすには、違う対象に興味を向ければ悩む必要も少なくなる。
一種の現実逃避と自分の日常のために彼を利用しようと考える辺り、名前は善人とは言えなかった。
性格の悪さは二十数年の年月で治るわけがないと理解しているので罪悪感などは皆無だが、仲良くなりたい、関わりたいと思う気持ちは事実なので漠然とした自分の思惑を彼女は気にしない。
彼に対するこの好奇心はいったいなんなのだろうという興味、そのなんらかの魅力的要素が名前には気になって仕方なかった。
当たると自負している自分の勘が彼に対して働いたのも原因の一つ。
『彼は何かが違う』という、他の人は引っ掛からなかった直感センサーはいったいなんなのだろう。
色々と考えながらも、待ち合わせ場所と時刻を伝えればすぐに通話を切ってしまった携帯を見つめて、なんとなく、心に引っ掛かるモヤモヤが頭を出したので名前は小さく首を傾げた。
――平和島静雄…平和島静雄、かあ…。

「…なーんか聞いたことある気がすんだよねえ」

その引っ掛かりが一番の理由だと、彼女はまだ気付かない。

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