dream | ナノ

昼休み、移動教室の帰りに自販機で飲み物を買い教室へ向かう。
何処かに移動するのも今は面倒という理由で、初めて教室で昼食を取ろうかと考えながら名前はノロノロと廊下を歩いていた。
その矢先、シーンと普段では考えられない程静かな教室前廊下に気付き、あまりの不自然さに緩く首を傾げた。
――はて…なんだこりゃ。
その教室の前だけ切り取られたかのような、放課後並の不気味な静けさが広がっていた。
頭上に疑問符を浮かべながら、止まってしまった足を動かしとりあえず、と教室の扉に手を掛ける。
中に入れば想像通り、教室内は数人の生徒しか居らずもはや今までの昼休み人口率を疑えるほどそれは不自然だった。
――この数分で何があった、皆で大移動ですかコノヤロー。
意味の無い言葉を頭の中で呟くが、さして自分には関係ない。
寧ろ不躾な視線が減るから好都合、と良い方に考えを向ければ名前は自分の席に足を進めた。
すると、今まで無かった違和感に気付いてまたもや、思わず足を止める。
一番後ろの窓際から二番目の席――つまりここ数日ずっと空席だった自分の隣の席に、誰かが座っていた。
なんだか見覚えがあるような、というよりつい昨日かなり間近で眺めた覚えのある金髪の後頭部。
窓の方を向いているため顔はわからないが、かなりの確信と予感を持って名前は好奇心のままその金髪の前、つまり自分の席に回り込んだ。
――あのキラキラした綺麗な光はそう忘れるものじゃないなあ。

「あ、やっぱ金髪君じゃん」

「…」

回り込み顔を覗き込むようにして確認すれば、金髪の青年は目が合った瞬間に口にくわえていたパンをポロッと落とす。
驚いた表情を向けた彼よりも、その手からこぼれ落ちたパンに気を取られた名前は正直それどころではない。
――ちょっ、パンんん!
ご飯粒さえ一粒も残すなという名字家家訓の一つせいか、名前の中の食べ物の大切さは半端ではなく。

「うおお危ねえ…っ!なにしてんの、驚きすぎだろパン勿体無いことになるとこだった…!」

「お、おお…悪い…」

持ち前の反射神経と勿体無い精神をフルに活用して名前は床に付く寸前のパンを掴みとった。
普段からは想像がつかないほど驚くべき俊敏さだが、久々に酷使した身体も気にせず名前は手にしたパンの袋部分を握って安堵の溜め息を漏らす。
ほれ、と手にしたパンを相手に差し出し、何も言わずに受け取ってもらえたのを確認すれば彼女も自分の席に腰をおろした。
机に掛けていた鞄から弁当を取りだしいそいそと昼食を食べる準備に取りかかる。
弁当箱の蓋を全部取り外して箸を持ち、相変わらず豪華な冷凍食品だと母にある意味感心すれば小さくいただきますと呟いて弁当箱に箸を向けた。

「…なに?」

「あ、いや…」

しかし、隣からの刺さるような視線をひしひしと感じて箸の動きをピタリと止める。
どうやらパンを受け取った格好のまま少しも動いてなかったらしい彼は真っ直ぐに名前を見つめていて、その視線がなんだかむず痒い。
なんとなく、珍しいことに何かを話さなきゃいけない気に陥った名前は少し戸惑いながら口を開いた。

「えーと…まあ、あれだ…いや、偶然ってあるもんだねえ。まさか同じクラスで隣の席とは思わなんだ」

「…」

「…おーい」

ガシガシと何故か頭を抱え出した男を見て名前は眉を潜めた。
――いや、まさか隣の席の不登校児があんただったとはね。
そんな考えが浮かびはするけれど、意味不明な彼の行動はその考えも也を潜めさせる。
――なんだこいつ。
――もしかして昨日のあれで結構嫌われて、それなのにひょっこり出てきたからイラついてんのか?
自分が嫌われやすい要素の塊であるのは自負しているため、そのことに納得すれば簡単に合点がいく。
いくら眠かったとはいえ正気になれば自分でもドン引きするようなことを仕出かしたのだ、彼の反応も無理はない。
――あー、やらかした。
せっかく記憶に残るような興味深い人を見付けたのに、その人と関わるフラグを自分からへし折っていた事に内心愚痴る。
――ちくしょう…ここ最近本当ついてないな…。
まあ良いか、と素早く頭を切り替えれば、頭を抱えたままの男から目を逸らした。

「ごめんちょっと待って、すぐ出てくから」

「は?」

――まああんな行動すりゃ自業自得だわな、なんか疑われてたっぽいし…仕方ない。
疑問符を溢し自分にバッと視線を向けた男をスルーしながら、名前はテキパキと弁当箱の類いを片付けペットボトルと一緒に鞄にいれる。
――昨日迷惑かけたし、ここ数日居なかった教室に今日はせっかく来てるんだから出ていくのは自分の方だろう。
殊勝なことを考え鞄を手にすれば無駄の無い動きで素早く椅子から立ち上がる。
ガラッと椅子が引かれる音が響き、やっと名前の行動に気付いた男は若干狼狽え困惑からか目を瞬かせた。

「や、昨日は本当ごめん」

「え…」

「じゃ」

キョトン、とした顔を一瞥したあと、名前は教室をあとにしようと足を動かす。

「ちょっ、おい待て」

「うおっ?」

しかし一歩踏み出すかどうかのところでガシッ、と手首を掴まれ身動きが取れなくなった。
――おー…?
微妙に焦った表情の男を前に疑問を感じるしかなく、意味がわからないその行動に遠慮なく疑問を投げ掛けた。

「え…なに?」

「あ、いや…別にお前が出てかなくても俺が…」

「え、なんで?」

「なんでって…」

そりゃ…と言い澱んだ男のその行動は名前が感じていた彼に対する違和感に拍車をかけた。
咄嗟に引き留めてしまっただけの彼は理由もなかった自分の行動に出てくる言葉が見付からないため必死に言葉を探す。
名前の訝しげな視線を感じるが、やはりその肝心な理由が浮かばない。

「せっかく教室来たんならあんたが出てくこと無いっしょ」

「お前だって弁当食おうとしてたじゃねえか」

「でも此処じゃなくても別に良いし。邪魔者はさっさと消えますよって」

だから手首離せ、という意味で名前は繋がるソコを顎で指摘した。
邪魔者、という言葉に反応した男は更に驚いた表情を浮かべる。
――邪魔だなんて思ってねえのに。
眉間にシワを寄せた男はギュッと握る力を強めた。
どうやら認識の違いがお互いにあるようだと理解すれば男は凄んだ声を出す。

「んなこと思ってねえよ。座れ」

「…あ、そう」

スゲー力だなあとぼんやり思っていたところ掛けられた言葉は命令口調だが、どうやら邪魔ではないらしいと納得すれば名前は些か拍子抜けした。
嫌われた訳じゃなかったようだと言動で理解すれば、これ以上は時間の無駄だと思い再び大人しく椅子に腰掛ける。
ストンと軽く座ればどこかほっとした表情をした男に、彼女はもはや何回傾げたかわからない首を再び傾げた。
――変な奴だなあ、何がしたいんだろ。
掴まれたままの手首に自然と意識が移り、その状態のままなのかと内心ツッコミながら無意味に腕をゆらゆら動かす。
暇なことと出来心を理由に、名前もまたギュッと男の手首を掴まれたまま動かし握った。
予想外だったのかはたまた意識をしていなかったのか、名前に手首を掴まれた瞬間ハッと我に返った様子の男を見て笑みを溢す。

「あんた変な奴だねー」

「手前の方が変だ」

「そう?……てかいつまでこの状況?」

「…あ」

指摘をすればバッと離された手首。
なんだか清々しい解放感を感じて固まっていた手首を動かせば、悪いと小さく呟かれた声を耳が拾う。
――はて、なんだこいつは、不思議ちゃんなのか。
始終わからないことだらけなこの状況も、珍しく眠気が皆無なためなんだか面白く感じてしまいまた笑いたくなる。
閥が悪そうな顔でこちらを窺うような視線を向けられ、内心イケメンの上目遣いキター!とウハウハしている名前は手首の赤みなどもはや萱の外だ。
図体に似合わずおどおどしながら上目遣いなどされた日には、なにこいつ可愛い撫で撫でしたいという煩悩しか彼女には浮かばない。
男女問わず可愛い人綺麗な人が大好物な名前に死角はなかった。

「謝んないでよ、別に痛いわけじゃないし」

「…」

「…おーい」

「…」

「よし、じゃあ一緒にお昼食べよ!」

「…は?」

気にしていないという旨を伝えたはずなのに、無言のままただ見つめ会う意味がわからない状況に限界が来れば急な提案を口にする。
名前の場合沈黙の気まずさではなく、主に空腹の限界だ。
鞄を持ったまま自分の席から立ち上がり、斜め前の空席、つまり青年の前の席に行くとそこの椅子を反転させた。
向かい合う形で勝手にその場に座れば、やはり状況を理解していないらしい男の間抜け面を見て今度は名前も隠さず笑う。
何から何まで、反応が素直すぎて面白い。

「フッハハ!いやいや、そんな顔しないでよウケる。別に私のこと嫌ではないんでしょ?」

「つったってお前…」

「なら良いじゃん、私お腹減ったし。あんたも出てく理由無いし。なら一緒に食べよう」

暇だし付き合ってよ、と言えば渋々ながらも頷いた彼に名前は口角を上げた。
先程仕舞ったばかりの弁当箱とペットボトルを勝手に彼の机に広げて食べる準備をする。
あーヤバイ腹減ったと呟き、今度こそ本当のいただきますをしてから箸を進めた。
その様子をボーッと見ながら男は首を傾げる。
――…あれ、なんでこんなことに…?
そんな男の様子にも、食べることに夢中な彼女は気付かない。

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