dream | ナノ

名字という名字と強烈な印象だけを残し好き勝手していった女が消えた方向を見ながら、金髪の男、もとい平和島静雄は首を傾げていた。
――あれは一体なんだったんだ。
最初から最後まで、意味がわからないどころか新種の生物を見たような不思議な感覚を覚えて思わず息を吐く。
実際、彼は混乱していた。
誰かと、しかも自分とは違う同年代の異性とあんな風に接したことなど幼少期以来記憶にない。
いくら初対面だとしても、仮に本当に自分のことなど知らない人間だったとしても、あの現場を見られたというのに逃げないどころか始終普通な態度でいるように見えた女を静雄は初めて知った。
怯える様子は微塵もなく、むしろ強制的に膝枕を貸す形になりしかも何故か抱き付かれた。
殴る以外での他人との触れ合いなど彼には久々な体験で。
触れ合いと言っても、怪我を直す際に行く病院の医者や入院の際に面倒を見てくれる看護師以外は家族しか対象が思い付かないのだが。
あそこまで好き勝手やられたらもはや初対面云々の問題ではなくあっちの性格の問題か、と静雄はまた頭を悩ませた。
彼の日常とは存在するだけで誰かが自分を恐れ逃げていく、あるいは壊さないようにと自分から誰かを遠ざける、それが『日常』。
逃げる気配すら見せないどころか、自分がいた方が私は安全だ、と言った彼女の言葉が頭に残る。
多分、知らないから言った言葉、言われた言葉なのだろうと思っても、なぜか胸の辺りがむず痒くなり拳を握る。
誰かの呑気な寝顔をあんなに間近に見たのも初めてで。
悪意も思惑も無い、へらりと気の抜けた笑顔を自分に向けられたのもまた、記憶にある限りでは初めてだった。
初めてのことばかりで頭を抱えたくなる。
放置するどころか、彼女の目が覚めるまで上半身以外は身動きしないよう気遣っていた自分もまた不可解であり謎だ。
しかし。

「…どうすりゃよかったんだ…」

至極幸せそうな、安心しきった寝顔が自分の膝の上にあるというあり得ないはずの現実は、彼女の触れていた箇所から少し高めな体温で静雄に嫌でも伝えていた。
間近にある他人の静かな呼吸音、一定のリズムで刻まれる穏やかさはとても心地良い。
どうにも、動いてはいけない、起こしてはいけない、と彼は無性に思ってしまったのだ。
普段、暴力を振るったあとに真っ先に感じる、自分に対する嫌悪感すらその他人の温度で和らいだ気がして。
気付けば自然とその頭に手をやり和みながら撫でていた自分を思い出した静雄は目眩がした気がした。

「あー…マジか…」

彼女が身じろぎして目を覚ました時に感じた少しの残念さも思い出し、更に寝惚けていたとはいえ思い切り抱き付かれたことについて今さら無性に恥ずかしくなってきたあげく少しの後悔も頭を出してきた静雄は思わず呟いた。
もしも、本当に自分のことを知らなかっただけで、ただ偶然昼寝するだけで来ていただけだったら。
がさつな言葉と強気な態度、自分本意のあの勝手さが地の性格なのだとしたらあの現場を見てもしかしたら、本当にどうでも良いと思っていたのだろうか。

「いや…無いな」

そんな奴存在しねえよ、と。
自嘲気味に呟けば、何故か切なくなって静雄は拳を思い切り地面にめり込ませた。
変な女だった。
始終眠そうで、気付けば自然とそのペースに呑まれた。
一方的だが額が赤くなるほど体を張った謝罪も妙に誠意を感じたし、不思議と居心地の悪さも感じなかったため自分から屋上を出る気にもならなかった。
意味のわからない行動に対する苛つきも今はそれほど気にならない。
だからこそ、有り得ないと思いはすれど。
また少しだけ静雄は後悔した。

「…これもなんかの前触れかあ?」

高校に入学して以来、ほぼ毎日起こる望まない絡みは無意味な心配さえ鎌首をもたげさせる。
本当にただの何も知らない転入生かもしれないし、その方が自分にとっても都合が良いのは明白。
自分なんかと普通に接することが出来る人間なんて貴重すぎる、という悲しい自覚を思い浮かべて静雄はフッと自嘲気味に笑んだ。
傷付けるかもしれない、壊してしまうかもしれない。
だから、極力誰かと関わるべきではない。
そうは理解していても、その理解が実行出来るかはまったくの別物。
これから先、この広い校内で会うかどうかもわからない他人についてこんなに考え込むのも、自分が彼女に関わりたいと思ってしまった証拠だと彼は気付いていた。
だって、穏やかだったから。

「…くそ」

ちゃんと名前聞けば良かったか…むしろクラスを聞けば良かった。
ギュッと彼女が握ってきた手首を見つめ、顔を埋めてきた腹部に手を当て瞼を閉じる。
気の抜けた寝顔と優しい体温が、頭にこびりついて離れない。

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