dream | ナノ

とりあえず事態は終息したと完結させたなら、何事も無かったかのように二人は屋上で各自好きなことをしながら過ごしていた。
鞄に入っていた駄菓子を漁りながら、未だに何かを考え込んでる様子の青年を見つけると名前は内心首を傾げる。
――こいついつまで居んだろ。
巻き込んで引き留めたのが自分だということを忘れたわけではないが、既に自分の失態も謝罪して全てが解決した気でいる名前は純粋にそれが疑問だった。
彼が懸念していた卒倒したままの男達も既に跡形もなく居なくなっていたのは確認済みで、この場に残る必要性が皆無だというのに出ていく様子もない彼にこんな他人と一緒に居て気まずくないのか、暇人なのかと思いながら名前は呑気に駄菓子を貪る。
他人と無言でも唯我独尊なためまったく気にしない性格であり、まさに暇人な彼女からすればこいつも同類なのかと思ってしまうわけで。

「ねえねえ金髪君」

「あ?…金髪君?」

「名前おしぇーてよ。私名字、転入ほやほや一年生」

沈黙が続くのも構わないが、どうせなら会話をしようと行動した辺り自分は彼に興味をもったらしい、と名前は改めて自身の好奇心を確信していた。
この学校に来てから家族以外と滅多に話さない日々が続いていた反動なのかもしれないが、久々に自分から声を掛けたという事実が嬉しくて些かテンションが上がる。
考えることや気を使うことが嫌いなだけの名前は会話自体は普通に好きであり、気に入った人間と話したいという欲求は彼女も例外ではない。
ただ面倒で損な性格をしているだけで。
校内で人と関わらないのも家族以外と会話が出来ないのも、気が向くような人間が周りにいなかったこととテンションが上がるような出来事が何一つ起こらないからであり、更に言うなら周りが自分を煙たがっているようだから気が引けていた結果である。
興味を持った人間が自分を煙たがらず傍にいれば、自分から進んで声をかける労力はまったくもって惜しまない。
簡単に言ってしまえば、受け身な彼女は心底臆病者なのだ。

「転入生?…本当に知らねえのか?」

「なにが?」

「俺のこと」

驚愕と疑心と期待の混ざったような複雑な表情を向けられ、口に運んでいた駄菓子をモグモグと咀嚼したまま名前は彼のその様子に緩く首を傾げた。
――はて、まさかの有名人か何かか。
生憎と転入して数日、更に話すような知人と言える存在すら居ない彼女にとって目の前の人物など知るはずもない。
――そういえば喧嘩強い奴って無駄に名前広がるよなー。
嘗ての自分に降りかかった現象を思い出しなんとなく一人で納得する。
――そっち方面の有名人か。
ゴックン、と口の中の駄菓子を飲み込み、歯についたチョコを拭う仕草で口内をモゴモゴしたあと名前はやっと口を開く。
神妙な顔つきの目の前の男にちょっとした概視感を感じつつ、しかしそれは大したことではないと考えることは直ぐにやめた。

「知らん。私ここ来て一週間も経ってないし、田舎からきたし」

「あー、だから……いや待てよ」

「なにさ」

「数日たちゃ話すような友達も出来んだろうがよ……なんか企んでんのかあ?」

予想外の言葉に驚愕の表情を浮かべたのは今度は名前の番で。
そんな、少しでも話すような人が居たら直ぐに噂話として持ち上げられるような男なのか、と。
こんなちょっと話すだけでなにか疑われるような、疑うような、目的がなきゃ絶対関わらないだろ、みたいな相手を常に疑う可哀想な奴なのか、とか。
疑いの眼差しを真正面から受けながら、その瞳を見つめ返す。
――寂しい奴なんだなあ、多分あんま友達居ないなあ、いや私も居ないけどさ…。
――なんかこんな偶然の遭遇?対面?会話?みたいなやつまでいちいち警戒しなきゃなんない生活してんのかな…。
――なんだこいつ、どっかのスパイでもやってんの?
方向性がずれているのに気付きながらも逸れていく思考は止まらない。
目の前の男と最近観たスパイ映画を連想させてしまい名前の口角が勝手に上がった。
――いやいや急にニヤけちゃダメだ自分、我慢しろ……!
――いやでもこれはキツい、よく見れば顔整ってるからハマり役過ぎてこれはキツい。
残念なことに名前の頭は常にお花畑である。

「あー…もう良いや」

相手の誤解を解くということすら念頭に無く、締まりの無い顔をどうやって隠すかの方に重要性を向けた名前は俯き、前髪で顔に影を落とした。
若干震えている声が笑いを堪えることに必死な彼女の状況を伝えているが、端から見れば泣いてるように見えなくもない。

「…おい」

雰囲気が変わった名前に男は若干たじろいだ。
――…まさか泣いてんじゃねえだろうな。
面倒な事態になったかもしれない、と焦りが顔を出すが無駄な心配とはこの事。
実際、自分に近づくような奴はろくなのが居ないと自負している彼にとってこの疑心暗鬼は仕方の無いことなのだが、名前にとってはそんな内情知ったことではなかった。

「あー、ゴホン!んんっ…ごめんなんでもない」

笑いが収まってきたのを感じて名前は俯いたまま返事をする。
このニヤけたい衝動を何処かで発散したいかも、と思い俯いたまま携帯を取り出し時刻を確認すれば、思っていたよりも過ぎていた時間に少しだけ驚愕の色を見せた。
――あー…暇だし帰るかな。
――なんか疑われてるっぽいからこいつもまあ、無理だろうし。
未だに生徒は授業を受けている真っ只中だが、私立だというのに不良が比較的多く在籍していて風紀が乱れているこの学校では自主早退する生徒は少なくない。
この学校に来てから三日と少し、短い時間だが人間観察が好きな、というより残念なことにそれしかすることがなかった暇人の名前は二日目程でその事は既に把握していた。
そのため自分がサボるという行動にまったく抵抗はない。
真面目な校風であったとしても唯我独尊がぶれるということはないのだからあまり周りの影響は関係ないかもしれないが。

「うし、じゃあ私行くわ」

体を起こし私物を鞄に詰めたあと立ち上がれば、完全に無言になっていた金髪がこちらを困惑したような視線で見ていたため名前は手短に言葉を投げる。
じゃあね、と言いながら顔の横でシュビ、と男前に勢いよく手をあげ歩を返した。

「…は?」

急な展開に男はパチクリと瞼を瞬かせる。
泣いたかと思ったら一方的に話を切られ、何が目的なのか、最近頻発する襲撃者の原因の一つなのかと普段は使わない頭を動かしていた矢先の急な別れ。
――まったく泣いてねえ…本当に何がしたいんだ。
意味がわからないことばかりな目の前の女に彼は改めて苛立ちを感じた。
ビキッと蟀谷に青筋が寄る慣れた感覚に、慌てて冷静を保とうと深く息を吐き出す。
――目の前にいるのは女だ俺は暴力なんか大っ嫌いだ俺に女を殴る趣味はねえおさまれ俺暴れるな俺。
頭の中で葛藤しながら延々とその言葉を繰り返す。
相手が男だったならとっくの前に暴れだしているだろう青年はなけなしの理性をフルに奮い立たせていた。
――なんか、不穏な空気になった気がしないでもない。
背後から感じた急な寒気に、この場にいるのは得策じゃないと本能で察した名前は俯いたまま金髪しか見えなくなった男をチラリと見たあと素早く格子から降り屋上を後にする。
目的だった昼寝も達成できたためもはやあそこに微塵も未練はない。
あとは周りを気にせずニヤニヤできれば彼女は満足だった。

「……あ」

――結局名前判らず仕舞いだったな……仲良くなれそうにないし良いか。
自分が会話を切ったことも忘れてそう思う彼女は、やはりなにも考えずにその場のノリで生きているだけなのだ。

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