dream | ナノ

浮上し始めた意識が真っ先に頭に浮かべたのは身体の異状だった。
――首痛い。
ゆらゆらと浮遊していた意識が徐々に覚醒し、脳が覚めろ、と身体に訴えかける。
まだ眠い、けれど眠れる気がしない。
頭を撫でる心地良い感触に微睡みと安堵を感じながら、それでも無視できない首の痛みに名前は小さく身動ぎ呻いた。

「んん…?」

「あ、」

ゆらり、覚醒しだした意識が一番始めに認識するのはどこからか薫る好ましい匂い。
――なんだろこれ、めっちゃ安心するわ…。
頭に添えてあった感触が無くなったことに疑問を感じながらも、覚めない頭はその疑問すら掻き消していく。
持ち上げた瞼の奥に映る光景を名前は覚めない頭のまま眺めた。
広がる空の青と雲の白をなにも考えずにぼんやり目にする。
しかし、不意に金の影が視界に入り、彼女はそっと視線を影の方向に移した。
顔を覗き込まれるような形で見下ろしてくる、金髪の青年と目が合う。
――……ん?

「…起きたか?」

「…んー?」

見覚えがあるような無いような、そんな曖昧な記憶の中に存在する目の前の青年。
若干首を後ろに反らし、相手をきちんと視界におさめながら名前は彼を凝視した。
――確か屋上で昼寝しようとして…えーと。
記憶を遡っている内に目の前の金髪が誰なのかは思い出すが、なぜこんな至近距離に接近、見下ろされた状態になっているのか寝惚けた彼女はまったくわからなかった。
この姿勢、この至近距離、首の違和感と固い感触を考えると膝枕の体勢だと推測出来る。
しかし、生憎とどれだけ記憶を探っても貯水棟を登るまでの記憶しか彼女には残っていない。
その記憶さえ曖昧にしか浮かばない名前は内心溜め息を吐いた。
――あー…またやらかしたか。
寝惚けたまま行動したあげく、目覚めたなら微かな記憶しか残っていないという曖昧な現状に陥ることが多々ある彼女は数十分前の自分に頭痛を感じた気がした。
知らない人にまで被害を及ぼしたのは初めてだ、と呑気に考える。
――それよりも…良い匂い…。
ごろり、名前は膝枕の態勢のまま体を動かせば欲望のままにその匂いの元、つまり見知らぬ青年の体に抱き付く形で力の限り顔を埋めた。
――あー…ヤバイかなり和む…また寝れそう。
がっしりと腕を回した腰元は固いが細くて抱き心地がとても良い。
暫くぼんやりしながら癒しに存分と浸っていたなら、覚醒し始めた意識がカチン、と固まる目の前の男を再認識し始めた。
名前は段々と現実染みてきた状況におや?と疑問を一つ落とす。
リアルな固い感触に眠気が薄れていき、動くことに慣れてきた瞼が意識をハッキリさせようと自然と大きく開いていく。
やっとハッキリしてきた思考でこの状況を理解すれば、完全に覚醒した名前は全身から一気に血の気が引いた。

「うおっ…な、なんだ?急に」

「……すみませんでした!」

腕は使わず腹筋だけで名前は飛び起きた。
勢いそのまま、人二人分ほどの距離をあけて正座すればこれまたその場の勢いで彼女は盛大な土下座を披露する。
地面と額がゴツンッ、と鈍い音をたてながらぶつかったが今はそんなこと気にする余裕もない。
むしろ地面に額をゴリゴリと押し付ける勢いで謝罪された彼女に顔を引き吊らせたのは土下座をされた方だ。
――痛ぇよなそれ…。
そんな心配をしてしまうほど強烈な印象を与えた現場に、静雄は内心どころか大いに困惑していた。
名前の石頭では感じる痛みもジンジンする程度なのでそんな心配は無用なのだが、それこそ彼の知る所ではない。
――初めてだー、じゃねえよ何やってんだ自分…!
土下座している本人は額の痛みもそっちのけで絶賛猛反省中である。
ソロソロと土下座の姿勢はそのままに、青年の様子を窺うため名前は少しだけ視線を上げた。
パチクリと驚いた表情をする姿を見て、あ、引かれたと思いながらもそれはあんなことをした手前今更かと考え直す。
眠気が完全に晴れた頭はすべての記憶を名前に訴えかけていた。
――とりあえず、申し訳ない。
毎回反省はするのだが改善はされないので自業自得なのだが。
引かれても構わないからこの謝罪が伝われば良いとしか彼女は考えていない。

「……額」

「え?」

「赤くなってる」

盗み見ていた視線を顔を上げることによってロックオンすれば、自分の額を指差し微妙な表情をしている男の姿が目に入る。
謝罪も全力の土下座も無視されたかのような発言に名前は内心驚いた。
――この現状で指摘する場所そこなのか。
よくわからないもやもやに襲われるが、指摘されたからには無事を伝えようと名前は口を開く。

「いや…痛くないから別に……てかごめん、足痺れたんじゃない?ずっとあのままだったわけ?そっちこそ痛い?」

「…いや、痛くねえよ」

その微妙な間はなんだと思いながら、名前は姿勢を低くしたままキラキラ光る金髪を見続けた。
余りにも凝視していたせいか、見つめ合う形になった状況に音を上げたのは男の方で。
パッと反らされた視線によくわからないが勝った、と無駄な勝利を感じた名前。
呑気すぎるのもたまに傷だが、青年の顔が朱に滲んでいたことに気付かなかったのは彼にとって幸いだろう。

「あー……わかったから、土下座はやめろ」

ガシガシ、と男は自分の金髪をかきながら気まずそうな表情を浮かべた。
彼が困っていることをなんとなく察し、名前はその言葉に甘えて素直に佇まいを整える。
普段ならあえて空気を読まないという傍迷惑をやらかすが、既に迷惑をかけているうえ謝罪の気持ちが大きいので困らせたい訳ではない。
しがないフリーターだったため簡単に下がる頭を身に付けているので本人は土下座に抵抗感は無いが、それを嫌がる相手にまで押し付けるのは自分のエゴになる。
土下座なんてされ慣れていないから居心地が悪いのか、それともこちらが思っている以上に金髪は怒っていないのかと頭の片隅で考えた。
先程の光景を思えば、彼は土下座はするよりもされる側にしか見えないが。
土下座され慣れている人物などごく少数であろうことすら思い付かない名前は、俗に言う“土下座され慣れている側”なのでその思考に疑問は無い。
自身の頭もよく下がるが、それ以上に昔は自分に向けて土下座を披露してくる輩が随分と多かったものだ、と些か懐かしいことを思い出すが余り良い記憶でも無いためすぐに頭の片隅に追いやった。
それよりも、と目の前にいる青年について思考を傾ける。
あんなことをやらかしたというのに怒った気配すら見せない彼に、名前は随分と心が広い男だと妙な感動と共に感心していた。
屋上に入った瞬間、不本意だろうが見せられたあんな惨状を作り出した男にはとてもだが、まったく見えない。
――変なやつ。
不良に有りがちな尖った空気もなく、むしろ穏やかとも言えるその雰囲気は名前に唐突な好奇心を沸き上がらせた。
倒れ伏す男たちの中心に佇んでいた時とはまったく違う穏やかな空気。
顔を反らしたままそっぽを向いた金髪を見ながら、寝る前に感じた『お節介』の言葉が頭に浮かぶ。
常人ならば初対面であんな惨状を見せられたなら当の本人をお節介な奴と当て嵌めるわけがないのだが、名前の中にある常識は喧嘩も青春の括りに入るためそこはまったく躊躇する原因にはならない。
むしろ一対多勢のリンチと言える現場であんなにも清々しく多勢の方を地に沈めていた金髪に名前は感心を抱いていた。
あり得ないだろう場所で昼寝しようとした自分の身を心配したり、寝惚けていたからだが己の身勝手な我儘に付き合ったせいであんな態勢で相手が起きるまで待っていてくれたのだろう青年を、今は最早良い人としか思えない。
名前も何も知らない、見知らぬ他人の暴挙に怒らず付き合ってくれた心の広いその対応に名前はいたく感動していた。
自分なら土下座を酷使させるどころか、それ以前に相手が目を覚ますまで付き合うなんてことまずしないだろう。
知らない輩なら尚更で、こいつの半分は某医薬品の優しさ成分と同じなのかと思ってしまう時点で名前のなかの彼に向けた良い奴像は今のところ揺るぎなかった。
そこで新たに浮上する興味、関心。
――なんか面白いの見っけたわー。
今までの暇すぎる現状が祟ったせいなのか。
久々に会話が成立した相手を見据えながら、名前は久々な感覚にゆるりと表情を溶かした。

「…あんた良い奴だねえ」

「は?」

「なんか久々に気分良いわー」

勝手に自己完結して勝手に満足すれば、眠気も晴れたせいかスッキリとした顔でニカリと笑う。
呆けた顔のまま変な物を見る視線を向けられたのは言うまでもないが、それすら彼女にとっては些細な事でしかなかった。

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