dream | ナノ


「おい」

昼間、名前が自室から出てこないと船員達が心配しているのを知りローは彼女の部屋を訪れた。
無遠慮にノックもなしに入ったのは勝手知ったる愛しき彼女の部屋。
プライバシーなど微塵も気にしない性質のおかげか大した気負いもなくローは扉を開けたが、その部屋の持ち主の異様な光景に訝しげに眉を顰めた。

「…どうした?」

日が沈む時間帯ではないため部屋の中は然程暗くはないが、しかし明るいかと言えばそうでもなく。
薄暗いと形容できるその部屋のベッドの上で、シーツを纏い膝を抱えながら丸まって座っている彼女は普段とは違う空気を醸し出していた。

「…ロー?」

顔を伏せたまま彼の名を口にする。
まるで縋るような弱々しい名前の声色に、普段の勝ち気な姿は也を潜めていた。
眉を顰めた状態のまま、ローは静かにベッドへと近づく。
──いったい、何があったのか。
部屋の薄暗さも相まって普段の数倍はテンションが落ちているように見える名前を見ながら、ローは頭の中であらゆる事柄を想定した。
だが、いくら考えたところでピンと来るものが見つからない。

「…何かあったのか?」

手っ取り早く直接聞いたほうが良いという考えにいたったローは、ベッドの端に片膝を付きながら名前に問い掛けた。
スプリングが鈍く音を立てたのと同時に、今まで伏せていた名前の頭が持ち上がる。
ゆっくりと持ち上がる名前の瞳が彼を視界にいれた途端、まるで無表情だった彼女が唇を震わせ始めたことに思わずローはギョッとした。
みるみると名前の瞳は潤いを増していき、許容範囲を越えそうになる。

「おい、どうし、」

「…ロォッ」

言葉はすべて連なる前に名前の声で掻き消される。
名を呼ばれたと同時に抱きついてきた名前に、ローは更に困惑した。
とりあえず力一杯抱きついてくる彼女を見下ろしてから、膝立ちだった格好をやめるべく彼女の背中に腕を回す。
軽く抱えたままベッドの中央まで進み胡坐をかくと、ローの首に腕を回したまま名前は自主的に彼の膝に跨った。

「どうした」

なかなかに珍しい彼女の積極的な行動に内心役得と思いながらも、力一杯抱きついてくる姿に疑問は尽きない。
時間が経てば経つほど力が入る彼女の腕の感触を味わいながら、同時に震えも強くなるその体をぎゅっと力一杯抱き締めた。
抱きつかれた衝撃で床に転がった帽子を一瞬見つめた後、泣いているらしい名前の頭へ自身の掌を置く。
顎下辺りに埋められた頭を包み込むような優しい動作で撫で続け、彼女の息が整った辺りでその動きを止めた。
掌はあてたまま、二度ぽんぽん、と軽く叩き彼女の意識をこちらに向ける。

「…どうした?」

「……ぐずっ」

鼻をすする音が聞こえたが、あまり好ましい音ではなかったため彼は眉を寄せる。
胸元が生温いことに気付き、相手が相手なだけに不快ではないのだが複雑な心情に陥ったローは小さく溜息を吐いた。
びくり、と子供のような反応で一瞬震えた名前を見て微かに口角があがる。
どんな状態であれ、名前のこれほど弱っている姿は余り見ることが無いため、現状を楽しんでいると言っても過言ではない彼はある意味とてもいい性格をしているだろう。

「…ごべん、はだびずづげた」

「……気にすんな、拭いとけ」

少しだけ体を放し、見事に濡れている己の服と彼女の顔面を見て彼は思わず苦笑する。
多少落ち着きを戻した彼女は、大泣きした跋の悪さとローの悲惨な状態になっている服を見て、申し訳ないのと恥ずかしい感情がない混ぜになる。
どうするべきか思案した結果恥ずかしさが優先されたようで、微かにローから顔を反らし口元をむくれさせた。

「……ごめん」

微かに頬を赤らめた状態で素っ気なく言われた謝罪に、いつもの名前が戻った安堵を感じながらも多少の勿体なさを感じなくもない。
抱きつきはしないが自身に跨ったまま微動だにしない名前を見つめて、再度疑問に思ったローは彼女の頬をそっとなぞった。
安心感と少しのくすぐったさを与えるその動きに、名前の瞼がやわらかく細まる。
完全に安堵感に包まれた彼女を見ながら、再び口を開こうとしたローより先に名前が口を開いた。

「夢をね、見たの」

頬に添えてあるローの手を、名前は大事そうに両手で包み込むよう握り締める。
多少俯いたせいか強調される睫毛の長さを、ローは感心したように見つめながら彼女の話に耳を傾けた。
耳元に口付けたくなる衝動をなんとか抑えながら、取り乱した理由を話した名前の言葉に首を傾げた。
──夢。
泣くほどの夢など、見たことが無いだけにそれはとても奇妙なことに思える。
その夢の、もしくは悪夢のせいで今日彼女が塞ぎ込んでいたのだとしたら。

「…変な奴だな」

「……なんですって?」

「そんなにいやな夢だったのか?」

とりあえず、己やクルー達が理由ではなかったことに彼は安堵した。
悪夢に悩むような可愛げが名前にもまだ残っていたらしいと知り、安堵ついでにいやな笑みも張りつける。
急に口角を上げたローの表情には慣れたもので、話の途中でニヤつかれても気にしない彼女はローの両手で遊びながら言葉を続けた。

「いやな、っていうか……アンタが死んだ夢、ってやつだけど…」

──随分らしくないことを口走る。
二人が同時に思ったことだが、一人は笑みを深め、もう一人は羞恥と屈辱を感じ背を丸めるとまったく別の反応をしてみせた。
今度はローが肩を震わせる番だが、それはどう見ても笑み以外の何物でもない。
──言うんじゃなかった。
その様子を覚めた目で見ながら、名前は微かに熱が残る目元を小さく擦った。

「こら、擦んな。腫れるぞ」

「…もう腫れてますー」

「それ以上酷い顔になったらどうする」

「…わたしアンタ嫌いだ」

不貞腐れた表情で呟いた名前の言葉を、余裕の笑みを浮かべながら流したローを見て彼女は殊更頬を朱に染めた。

「おれは好きだ」

首まで赤くなった名前の照れ隠しの罵声は、彼の唇のせいで行き場を失った。


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