dream | ナノ


「何をしてる」

炎が踊るように舞うその景色は美しかった。霞み掛かった霧の如く、思考は普段と比較しても良好ではない。唯ただ、目の前に広がる朧気な熱を全身で受けとめ、自然よりも遥かに早く乾いていく瞳を潤すために瞼を動かした。背後に居る男の事は、今はどうでも良い。掛けられた問いも頭の中に埋まりはしない。唯ただ、目の前の景色を、熱を、音を。無意識ながらも、脳に刻み付けておきたかった。

「…おい、いい加減にしねェか。行くぞ」

背後に迫ったその人は、わたしの腕を掴み力任せに自らの元へ引き寄せた。まったく、強引な人だ。傷心に浸る隙くらいはくれても罰は当たらないだろうに。
真正面から受けとめていた熱が逸れ、右半身に移動する。炎が轟音をあげ全てを焼き尽くすように、わたしも呑まれそうだと男を見上げながら思った。

「少しくらい、待ってくれても良いじゃない」

「…」

男を見上げていた顔を、燃え盛る小さな街へと戻した。本当に、美しい。思わず口角が上がり、うっとりとした気分でそれを見つめた。本当は、傷心に浸っているわけではない。唯ただ嬉しくて、唯ただ、愛しかった。轟音が、火炎が、熱が。奥にうっすらと確認できる、黒墨と化していく、故郷が。

「…良い思い出なんて一つもないからこそ、こうやって消えていくといっそ愛しささえ感じるわ」

「…こうも派手にやらかしたんだ、さぞかし気分も良いだろ」

炎が、揺れる。街一番の地主の、妾の子として生まれたわたしにこの地は酷く生きにくかった。わたしを孕んだ途端に父に捨てられた母は、わたしを産んで直ぐに強姦されこの世を去った。父の正妻が輩を雇って母を殺したらしい。わたしは母のことを妻持ちの男に引っ掛かったバカな女だと見下しているから、母を殺したことについて誰も憎みはしなかった。けれど、それからのわたしの生活を考えれば、皆を恨みざる終えなかった。母のことはどうでも良いが、自分の人生が底無しの沼に填まったのは母のせいであり、そしてそいつらのせいでもある。それを知ってから十年間、わたしは今日というこの瞬間を心待ちにしていた。ゴミを見るような視線でわたしを貫いていた父と正妻も、わたしを辱めた男たちも、慈悲すら向けてくれなかった街人も。皆みんな、燃え尽き存在を消していく。とても、美しい光景だ。愛しいという感情以外、何も浮かびはしない。

「手引きしたのはクロコダイル、貴方でしょう?」

「行動したのはお前だ」

「…それはそうね」

ふらりと急に、前触れもなく出会った彼は唯一わたしを必要としてくれた。日々憎しみの中生きてきた私の前に表れ、わたしを欲し、わたしを救った。何故わたしを救ったのか、何故手引きしてまで復讐に手を貸してくれたのか。疑問が尽きることはなかったけれど、最終的には結果が全て。生物の消えた火達磨と化した故郷が目の前にあるのだから、そんな疑問はもうどうでも良かった。

「もう、わたしには貴方しか居ないわね」

「ああ、そうだ」

「…わたしを捨てる?」

そんなことはしないと理解しながらも、彼に尋ねるわたしは嫌な女だろう。愛してるや、そういった甘い言葉を貰ったことはない。けれど、この惨殺計画を決行する前からわたしを辱めた男たちを彼が手に掛けていた事を思い返すと、言葉よりも確かな想いを与えられた気がしていた。

「バカなことは考えるな。……行くぞ」

「ええ。…もう、良いわ」

もう、厭きた。興味すらない。彼に捉まれた腕に縋り付くように抱きついて、燃え盛るその場所から顔を反らした。わたしはこれから、彼のために生きていく。どこに行くかはわからないけれど、この島を出て何か大きな仕事をするということは聞いていたので不安はない。一夜にして大量殺人を犯した私はこの先どうなるのだろう。そんなことも、彼と居ればどうにかなるような気がして。

「…ねえ、クロコダイル」

「あ?」

「憎しみで生きてきたわたしは、その矛先が無くなった今貴方にしか関心がない。つまり、わたしはこれから貴方のために生きていくの。嫌になったら言ってね」

「言ったところでどうなる」

「そりゃ、潔く消えるわ」

ピタッと歩みを止めた彼につられてわたしも止まる。燃え盛る熱気を背後で感じながら、それとは逆の暗闇に目を向けている彼を見上げた。静かな炎が燻っている葉巻。彼が常備するそれは、暗闇の中でよく栄えることをわたしは知っている。どうやら彼は機嫌を害ねたようだ。元からあった眉間のしわが更に深くなり、睨むだけで動きを封じてしまう瞳をわたしに向けた。

「くだらねェこと考えてんじゃねェよ」

「そう?」

「その時はおれが殺してやる」

「…そうね。そうして頂戴」

フイッと逸れた視線に、愛しさを感じて微笑した。わたしが貴方なしでも生きていけるようになったなら、その時も貴方はわたしを殺してくれるだろうか。


20100609

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