dream | ナノ


数センチも離れていない、至極至近距離にて隣を歩く男にほんの小さく眉をしかめる。
内心の呆れを表に出さないよう極力無表情で淡々と歩を進めていたのだが、それもそろそろお開きにしなければいけないのかもしれない。
度々肩がぶつかるほどの距離だというのに何食わぬ顔で悠々と歩いている男は同僚であり、私生活においても友人と呼べる人物ではあるがこの距離はそれでも他人と歩くには非常に近すぎではないだろうか。
夏真っ盛りでありギラギラと肌に痛い太陽が照り付ける今、暑くて暑くて仕様がない。
実際触れているわけではないので相手の直接的な体温を感じるわけではないが、とりあえずこの距離感は不愉快に思う程度には暑苦しかった。

「なあ、カカシ」

「ん?なにー?」

「一人で居たはずが何故お前が隣を歩いているのか、さも当然のように何故お前が私の買い物の金を払うのか、聞きたいことは山ほどあるし言いたいことも腐るほどあるのだが、とりあえずそれは置いといて一つだけ言っても良いだろうか」

「相変わらず前置き長いね。まあ良いよー、何でも聞いたげる」

「着いてくるのはまあ良い。金を払うのも裏が気になるところだが好意として受け取ろう、後程見返りを求められたところで全額返すから何も心配はないしな。だが一つだけやはり解せぬことがある。距離だ、距離。些か近すぎやしないだろうか。歩く度お前の足に買い物袋が何度も当たるから音が不快だし、暑い。非常に暑苦しい。そして一番重要なことだが、歩きにくい。いつまで着いてくるのか知らんが隣を歩くなら一歩ほど離れてくれないか?」

「却下」

「…そうか」

間髪いれず却下されたのでこちらも潔く納得することにした。
却下される理由はまったく理解できないが、この男が却下と即答するならばどうせ何度言い聞かせたところで無駄な足掻きになるのは目に見えている。
ならばこちらも考えることは放棄し、この現状を極力気にしないよう過ごせば良いのだ。
あちらが好きにやっているのだからこちらも好きにやらせてもらおう。
……いや、その前にやはりもう一度何故カカシが隣に居るのかを考えた方が良いのかもしれない。
任務の呼び出しならば、こいつではなく忍鳥で収集がくるだろうし最早こんな買い物に付き合うほどの時間など無いはずだからまず始めに除外。
何かを約束、もしていないので、今のところ思い付く限りでは嫌がらせ、はたまた何かを疑われていて監視されている可能性もある、が……何を?
まさか私に間諜の疑いでもあるのだろうか、いやそんなバカな。
…いや、ならばこんなあからさますぎる行動をカカシがとる筈は無い。
ならば他に……は!

「…おいカカシ」

「ん?…どしたの?なんか凄い険しい顔に…」

「何人だ」

「ん?」

「早くしろ」

「…前置き長いって言ったの気にしてる?どうしたの、任務の時並みに短すぎだし任務じゃないからわかんないんだけど」

「は?」

「え?」

「……ふむ」

もしかしたら私自身が誰かに命を狙われていて、それを秘密理に知ったカカシが護衛として付き添っているのでは、と思ったのだが。
この反応を見る限り護衛任務といったものでもないようだ、そして任務ではないということはどうやら彼は自分の意志で私と行動を共にしているらしい。
まあ、よくよく考えなくとももし護衛任務だったとしたら私に隠す必要も無いしな…余計に意味がわからなくなった。
もしそれらが全て除外されるとしたならば、久しく無かったためすっかり忘れていた事柄を思いだし、あ、と小さく声を漏らした。
そうだ、もしかしたらそうなのか。

「…カカシ、お前今日非番なのか?」

「え、今更?」

「…そうか、今更だな」

久方ぶりに見る私服ではあるが、ほぼぶっ倒れる以外では無休で働いている彼に非番という言葉が似合わなすぎて今の今までその可能性が浮かんでいなかった。
久し振りすぎて未だに私服なんぞ持っていたのだな、と些か失礼だと思われるだろう感想が浮かんだがさすがにこの言葉は言えない。
そうか、非番なのか。

「ああ、お前休みの度に私のところに来るんだったな。久し振りすぎて忘れていた。……しかしな、カカシ」

「んー?」

「お前、そろそろ休暇を共に楽しむ伴侶でも探せば良いのではないか?さすがにもういい年だろう。友人と共に過ごす休暇も悪くはないが、さすがにずっとそのままというわけにもいくまい。何しろお前は木の葉でも取り分け有名人だからな、惹く手数多だというのにこのままだと女に興味がないとでも思われてしまうぞ。とんだ不名誉だ、可哀想に。なんなら私の友人でも紹介してやろうか?同業者が嫌なら甘味屋の娘とかどうだろうか。あ、そういえば本屋の友人がいるのだが、その娘はとりわけいい娘でな。お前肌身離さず常に小説を読んでいるのだからその娘と話が合うのではないかと…」

「いや、あの、」

「なんだ、不服か?ならばそうだな、看護師はどうだろうか。写輪眼の使いすぎでぶっ倒れても甲斐甲斐しく世話してくれること受け合いだ。しかし看護師というのは気が強い娘が多くてな…まあ良いか。お前はプライベートでは些かだらしがないところがあるから調度良いかもしれん。よし、そうと決まればその娘の連絡先を…」

「名前、ちょーっとストップしようか」

「ぐむっ」

とても良い名案が浮かんだので早速連絡先でも教えようとしたというのに、何故か頭の後ろから腕を回され無理矢理口を閉ざされた。
先程よりも確実に密着度が増したのだが、こいつは何を考えているのだ。
暑い。

「ちょーっと確認したいことあるんだけどさ、良い?」

パッと直ぐに離された掌に解放感を感じながら、だが何故か肩に回されたままの腕に眉を寄せながらカカシを見上げる。
いつの間にか奪われていた買い物袋にさすが素早いと意味の無い事を浮かべつつ、笑顔だというのに妙な威圧感を放っている彼に気圧されながらとりあえず首を縦に振った。
まあ、そうだな。
紹介してやると言った手前、カカシにも好みというものがあるのだろうから私一人が決めて良いことでもあるまい。
彼の好みに合った娘の方が私の勝手な意見よりもうまくいくに違いないだろう。

「うむ、言ってみろ」

「名前さ、自分の性別理解してる?」

「は?当たり前だ。私は女だ」

「あー、そう…」

ガッカリ、と急に肩を落としたカカシに意味がわからないと首を傾げた。
なんだこいつは急に、今まで私を男だと思っていたのか?
だとしたら少し面白いかもしれない。

「私の性別など今は関係ないと思うが…というか離せ、暑い」

「なんかさ、もう面倒だから言っちゃうけどネ?」

「ん?」

「俺もうさ、休日を一緒に過ごす娘はずっと前から見付けてるから。まあ紹介はいらないっていうか、ヘコむからやめてっていうか……まあそういうことなんだけど」

ふっ、と若干目を反らしながら言われたそれに、なんだか照れているらしい奴を見ながら私は益々眉をしかめた。
肩に置かれたカカシの手にギュッと力が込められたのを感じる。
いつの間にか止まっていた歩みに気付きながらも、反らされていた視線がまた絡んだことによりその真剣な眼差しに気付いた私は全身から力が抜けた。
……なんだ、そういうことか。

「…悪かったな、そういうことならもう野暮なことは言わないようにする」

「…わかってくれたの?」

「ああ、もうそこまで言われたら気付かない方がどうかしてるだろ……すまなかったな、私はずっとそれに気付けていないままだったよ」

まったく、それならそうと、もっと早く言ってくれれば良いものを……まったく、恥ずかしい。
とんだ的外れな事を提案していたものだ。

「名前…俺の気持ち、」

「ああ、みなまで言うな、わかったから」

肩に置かれた手を取り、それを両手でギュッと握りながらカカシを正面からまっすぐに見つめる。
こんな告白をしてくれたのだから、私も誠心誠意を持ってその思いに応えるべきだ。
私の心に燻り出したこの激情を、この男に伝えるべきだ。

「言うには勇気がいっただろう……ありがとう、私は嬉しいよ」

「名前…」

「ああ…約束しよう。その娘とお前がくっつくまで、私は一人の友人として全力でお前を応援するということを…っ!」

「…………ん?」

死地の任務にでも向かうほどの決意が今、私の内側からメラメラと業火の炎を滾らせる。
あの、あのカカシが、滅多に無い休日を常に私と過ごすという可哀想な日々しか過ごせていなかったカカシが、ようやっと伴侶を見つけたと告白してくれたのだ。
これはもう、やるしかないだろう。
こんな内面をさらけ出すことなど滅多にしないこの友人が私に暴露するほどだ、相当参っているに違いない。

「まったく、ずっと前から見付けてるというなら何故今まで黙っていたのだ。まあ、今日もお前が私と共に休日を過ごすということは、その娘とはまだそこまでの間柄には程遠いということか……なら尚更その娘の所に今すぐ、たった今すぐにでも行くべきではないだろうか。あ、もしや忍の誰かか?うむ、それならそうだな、忍なんぞ不定休にも程がある…もしや休みが被らないだけで恋仲ではあるのか?それならあれだ、私が口を挟むべきではないな。火影様にでも休日の申請でもして休みが被るよう調整したらどうだ」

「……あの、いや……休日は毎回被ってるし毎回一緒に居るつもりなんだけど…」

「は、嘘を吐くな!お前毎回今日のように昼頃から私と会っては晩まで共に過ごすだろう。どこにそんな暇がある。朝か?なら私のところに来るな、その娘と晩まで過ごすべきだ。……お前、大丈夫か?馬鹿なのか?」

「むしろそこまで分かってるのになんで気付かないのか分からない」

「なんの話だ」

買い物袋を下げた腕を上げ、自分の手で自身の額を覆いながら空を仰いだカカシを見つめ続ける。
どうやらこれは、相当参っているようだ。
照れで混乱でもしているのだろう、その娘に対してどうやらカカシらしくないほど支離滅裂な行動をしている。
その人間臭さに些か微笑ましいものを感じつつ、心に滾る炎が消えない内にと私は強く決心した。

「とりあえず!どこの誰だ」

「今目の前に居る馬鹿女」

「馬鹿とはなんだお前!そうふざけてばかりいるなら協力しないぞ」

「なんかもう…どうでも良い…」

何故か完全に遠い目をしだしたカカシに、そのやる気の無さはなんだと一喝する。
この頭上で照り付ける傍迷惑な太陽にも負けないほど燃える情熱をどう良い方向に持っていくか思案しつつ。
とりあえずまだ見ぬ彼の想い人とは誰なのか、どこまでいっているのか、好奇心のまま質問攻めに問い詰めることから始めようと思う。
ああ、かくも友情とは素晴らしいものだ。


20130814



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