dream | ナノ


「なあ、こっち向けって」

「無理」

「はあ?なにおバカなこと言っちゃってんの。いいコだからこっちおいでー」

「いや、ホント遠慮します…」

万事屋のリビングで寛ぎながら酒を飲み続けること一時間。
今日は神楽ちゃんがお妙ちゃんにお呼ばれして新八君の家にお泊りらしく、お子様が居ないとのことなので久しぶりに夜通し飲もうぜ、という銀ちゃんの案で私は此処にお酒持参で来たわけなのですが。
ちなみに店ではなく自宅で飲むということは金が無いから買ってこいという無言の訴えだ。
このプー太郎め。
しかしなんなんだこれは、いったい。

「なあって、シカトですか?お前、シカトはよくねえよ。銀さん拗ねちゃうよ?ん?いいの?」

誰ですかこの人。
飲み始めてから一時間、飲むペースを崩さないまま最近の出来事とか会わなかった時期の事を悠々と話し続けていたら、あら大変。
目の前にはいつのまにか何だか無駄な色気を振りまきだした知らない男が……いや知らなくはないんだけど……いやでも長年友達やっててこんな姿は見たことないからやっぱり知らない……いやでも言ってる言葉は普段とは変わんないでなんか雰囲気だけがアダルト化してる…なんで?ん?アダルト化…?
いや元々アダルト組ではあるよな、アホすぎてそう見えないだけで。
……自分がなに考えてるのかわかんなくなってきた。
まあ、とどのつまり。

「ぎ、銀ちゃん……酔ってる?」

こういうことだろう。
真ん中にテーブルを挟み、対面する形でソファに座りながら飲んでいたはずだったのだが、いつのまにか銀ちゃんは私の隣に移動しそしてなぜか肩に腕を回してきていた。
え、なに?これ何の冗談?親父ギャグ?セクハラ?
急な出来事に固まる私を無視して話し続けるこの男は、何故か今まで一度も聞いたことのない低い声で私に何かを囁きだして、ホントにもう、ああ、何だこれ。
こんな姿、見たことない。
とりあえず言ってることは普段通り軽薄なのに耳元で無駄に良い声を披露しないでもらいたいんですけど…!

「あ?銀さん酔ってませんよー」

「じゃあ、なんで、その………とりあえず近いよ距離が!離れて!」

「誰も居ねえんだからいいじゃん」

「誰も居ねえのにこの狭いソファに二人で座る意味が分からない!ほら、目の前!もう一つのソファが空いてるよ!」

「心配すんなって、俺の隣はいつだってお前のために空いてるから」

いやなに言ってんだこの酔っ払い。
お前の隣は常に空席だろうが、私の所為みたいに言うな。
つかマジ、何してんのこいつ?
既に目的であったはずのお酒やツマミやその他諸々の物は眼中に入っていない様子で、目を逸らしてるからあんま分からないというか分かりたくないけれど分かってしまうほど熱い視線で見つめられているのをひしひしと感じる。
え、なになになんで?
今まで一緒に飲むことなんて腐るほどあったよね。
確かに最近はお互い忙しかったっぽいから早々会うことすらなかったけど、こんな酔い方は今まで一度だって見せたことないよね。

「……」

「お…やっとこっち向いたな」

こんなふうに、至近距離で彼を見たことはなかった。
普段の死んだ魚のような目が何故か生気を取り戻したように瞬いていて、私の肩に回る意外と逞しい腕がさらに私を引き寄せる。
目と目が合った瞬間、余裕を醸し出すニヒルな大人の笑いを見せたものだから、普段のだらしないニート姿の銀ちゃんとのギャップに私の胸が大きく高鳴った。
え、や、なんだ……なんなんだこれ。
銀ちゃんじゃない!誰だこいつマジで!
私の顎に手がかけられたと同時に上を向かせられて、こんな、男の人だとまざまざと魅せられるその強引さに酸素が足りなくなったように頭がくらくらする。
あ、私も結構酔ってるし、な。
え、やばいどうしよう流される流されるこのままだとなんかやばい状態に流される?!

「ぎ、銀ちゃっ、ちょっ」

「もう言葉は要らないだろ…」

「ちょっ…!」

クサイ台詞に鳥肌が立つ前に顔の熱が上がる感覚がして焦った。
なんだ、銀ちゃんってこんなに男の人だったっけ?
いや確かに男の人だけどこんな、こんなにドキドキされるなんてありえない、やばい、完全に酔ってるよ別人だよこの人!
顎に添えられている手の力が強まり顔の距離が徐々に近づく。
ゆっくりとしたその動作と余裕な笑みに、妙な色香を感じてまた頭がクラクラした。
こんな、の……こんなのって。

「…ありえなーいっ!」

「ぐはぁっ!」

鼻と鼻の距離が無くなり本当にギリギリというところで、我に返る前に勝手に体が反応していた。
あの叫びはそう、無意識に発した私の声と顔を殴られ後向きのまま吹っ飛んでいった銀ちゃんの情けない声だ。
……やっちまった。

「…おーい?」

ぴくりとも反応しない銀ちゃんに思わず冷や汗が流れる。
いくら貞操の危機だったといっても、やっぱり酔っ払い相手に顔面パンチは……やりすぎた?
いや、でもなあ…。

「まあ…自業自得ということで」

すっかり酔いの覚めた私は床に転がった銀ちゃんを移動させるには流石に体力が持たないので、毛布をかける程度にしてそのまま放置しておいた。
彼のことだ、本当無駄にタフだから大丈夫だろう。
溜息を一つ吐いてソファに座る。
目の前に広がる酒類を一時無言で見つめたあと、なんだかよく分からないムシャクシャに襲われたため一人で飲み直しを始めた。
何だか釈然としないし、何だか妙に顔全体が熱くて、いやだ。

「……私も酔ってるんだよね、うん」

自分に言い聞かせるように、ドキドキ言う鼓動も落ち着かせようと小さく深呼吸をする。
けれど背中から黒い影が私を覆い、思わず息を止めてしまった私の鼓動は落ち着くどころか余計忙しく鳴りだしてしまった。
ゆっくりと振り向いた先にあったのは、唇と唇が触れる不自然に熱い、強引な感触。
夜は、まだ長い。


2009.3.9
書き直し2013.8.18



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