dream | ナノ


実父に鬼子と呼ばれ忌み嫌われ、それ故幼いながらに短い人生を終えた私は何の因果か気付いた時には本当の鬼として第二の生を与えられていた。
人としての生を終える瞬間、身を裂く痛みと自身に向けられた非情な怨念に全身を憎悪で染め上げてしまったからだと誰かは言っていたが、果たしてそれが正解なのかは生憎と知る手段がない。
特に知りたいとすら考えてはいなかったので生きていく上では何の支障もありはしなかったが、鬼子という言葉の意味が理解出来る歳になった頃、その自分が本当の鬼になってしまったのだから皮肉なものだな、と多少父に対して同情したのは久しい。

「とんだ偽善心ですね」

地獄にある居酒屋の一角、どんな経緯で昔話をするはめになったのかまったく覚えてはいないけれど、微酔いのまますらすらと口を滑らせた私に対して鬼灯様はさらりと一言宣った。
彼らしい言葉に少しだけ苦笑いを溢しながら、この同情は果たして偽善と言えるのだろうかと小さく首を傾げる。
偽善、というにはこの感情は少し違う気がした。

「そうでしょうか?」

「ええ。貴方らしいと言えばらしいですが。しかし、名前さんのそういった話は初めて聞きました」

「まあ、誰にも言ったことありませんから」

こくり、お猪口に注いである日本酒を口にしながら鬼灯様を眺める。
既に二升は飲み続けているというのにまったく平素と変わらない彼に流石鬼神、とずれた感心を胸に浮かべた。
お猪口で四杯程飲んだだけだというのに既に微酔いな私とはペースが段違いである、流石鬼灯様。
火照る頬と思考に心地良い浮遊感を楽しみながら、ツマミである亡者の軟骨唐揚げをポリポリと食んでいる彼に私はうすらと笑みを浮かべた。

「鬼って、長生きですからね。同僚の中ではまったく覚えてない方も居るみたいですから、まあ、こんな話をする機会が無かっただけです」

「そうですね。特に人から生まれた鬼は出自にも色々ありますし」

「鬼灯様は贄でしたっけ」

「はい」

さらり、何事もなかったかのように未だにポリポリと口を動かす鬼灯様のそのあっさり加減に私はまた苦笑した。
鬼灯様は遥か昔の幼き頃、雨乞いの生け贄として村人に殺されたらしい。
今は既にその村人も亡者となり、当たり前だが地獄送りとなった彼等は輪廻を待ち受けるまでの長い年月を未だ拷問され続けている。
鬼灯様が設計なされたイザナミ様の御殿を支える支柱に、炎々と炙られながらオブジェとして貼り付けられた嘗ての村人。
自身等が殺めた幼子が鬼となり、黄泉へと誘われた後その嘗ての幼子に火炙りの苦行を強いられた彼等は一体何を思っているのだろうか。
愚かな行いを存分に悔いているなら良いのだが、最近イザナミ様の御殿へ訪問した際まったく人数が減っていなかったことを考えると難しいかもしれない。
まったく、地獄へ来る亡者は案外骨のある輩が随分と多いため、その人力の使い道をもっと別の方向へ向ければ良かったのにと染々思わずにはいられない。

「…名前さんは」

「はい?」

「お父上とは会われましたか?」

「あー…いいえ、会ってません。多分、というか絶対地獄には未だに居る、とは思いますけど」

「会わないので?」

「んー…と、言いますかね。二千年も前なのでお恥ずかしながら……顔を忘れました」

「ああ…」

納得、といった風に頷いた鬼灯様に些か恥ずかしくなる。
自分が父に殺されたという事実は覚えているが、それ以外は余りに気が遠くなるほどの年月を生きてきたためか生憎幼少期の記憶は断片的にしか覚えていない。
私はただでさえ顔と名前を一致させることが苦手だ。
父上に関して覚えていることも、鬼子と呼ばれたそのままに自分とはまったく似ていなかったという印象があるくらいで。
鏡で自分の顔を確認したところで、父の面影すら感じられないだろうこの顔は記憶を呼び覚ます切っ掛けにすらなりはしない。
鬼灯様が村人に直接罰を受けさせたように、私もこの手で父を罰せられたならと思いはするけれど、それもまた大した問題ではないのだ。

「記録を探れば簡単に見付かりますが?」

「止めておきます」

「何故です?」

「今となっては過ぎた話ですし、何処に居るかはわかりませんがこの二千年間苦しみ続けているならまあ、良いかなって」

「温いですね」

「そうですか?」

「ええ。そういう輩だからこそ自分でやってなんぼでしょうに」

まったく生温い、と言いながら鬼殺しをグビッと飲み干す鬼神に向けて先程から苦笑いを止められない私は悪くないと思う。

「…というか、この話しはもう止めましょう。せっかく飲みに来たんですからもっと明るい話題でもしません?」

「自分から始めた癖に相変わらず勝手だな」

「あははー…ごめんなさい」

「まあ良いです、慣れました。そうですね……あ、最近芸能人のピーチ・マキさんと知り合いまして」

「え!なにそれ凄い」

「彼女、面白いですよ。あの容赦の無さは獄卒としても通用しますね。対象が万引き犯という固定された分野でしか発揮されないのが難点ですがまあ…黒縄地獄にでも配属させればなんとか本領発揮を期待できるかと思います」

「……あれ?ピーチ・マキってアイドルじゃ…」

「色々とキャラがぶれてますから失業も近いのではないかと」

「いやいや彼女最近人気が鰻登りですよ!?」

ちょびちょびと御猪口を傾けながら鬼灯様の話を時たま突っ込み混じりに聞いていく。
鬼となってからの生の方が長く濃く、そして楽しい出来事が多い今の生き方に染々とした感謝を感じながら私はゆったりと頬を緩めた。
鬼子と忌み嫌われ挙げ句は殺されたが、確かに父とは似ても似つかないこの顔は証明する術が何一つ無かったあの時代では仕方の無い末路だったのかもしれない。
理解を示し同情を寄せたところで父への恨みが晴れるということは多分この先もない気はするけれど、鬼として転生し今この瞬間幸福を感じているのはあの忌まわしい出来事のお陰とも言える。
そう考えを改めてしまえば、確かに生温いこの思考も仕方がないと一笑できるのだ。

「そういえば名前さん、貴方最近好い人が出来たらしいですね。いや鬼か。どうなんです?」

「なんですかー急に。ていうか誰情報ですかそれ…え…………あの、ちょっと、鬼灯様?」

「はい」

「泣きそうになるんでその目付きやめてください、怖いです」

「むしろ泣いて良いですよ、燃える」

「…は?」

「で、誰ですか?」

「…は?酔ってます?」

生前許されることの無かった幸せを噛み締めながら、死期の黄泉時に私は酔いしれる。


2013.8.26

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