dream | ナノ


なんだか知んないけど、最近の俺様ってば乙女みたい。

そんな言葉をぽろっと小さく口から零せば、隣にいた旦那は気色悪!とでも言いたげに顔をしかめて口に運んでいた団子の供給を一時止めた。あのさ、その動作って結構失礼だよね。まあ気色悪って思う気持ちも否めないけどさ。でも事実なんだよねえ、これが。ほんと、乙女って言うか、女々しいって言うか。

「どうしたのだ、佐助。お前らしくないぞ」

さっきの表情を和らげた旦那はまた団子を頬張りながらも不思議そうな顔をした。うん、団子に夢中になってスルーされるかなって思ってたけどそうでもないみたい。でも俺様にとっちゃやっぱりスルーされてた方が良かったような、やっぱり良くないような。つまり言うと、旦那にこぼしちゃいけないような話題だった気がする、うん。人選ミスったな完璧。

「…いや、やっぱなんでもないや」

「む…気になるではないか」

「いやあ、女の子関係のことだから旦那には少し刺激が強いかなー、ってね」

「お、女子…っ!そ、そうか。ならば致仕方ないっ」

ほんのりと頬を赤く染めた旦那は焦るようにして手に持っていた団子を頬張りはじめる。あーあ、そんなに焦って食べたらノドに詰まるってのに。

「うっ…うぐっ」

「もー、やっぱね!」

持っていた若干ぬるめのペットボトルを手渡す。勢い良く流し込み、死ぬかと思った、と安堵の息をついている旦那を見ながら心配が頭を過った。いくら女の子が苦手って言ってもこの歳でこの反応はヤバいよなあ。少なくとも単語だけでここまで反応するならまともに会話ができるようになんてなるのか…。

「……それより自分の心配、か」

「ん?何か言ったか?」

「なーんも」

頭に両手を添えてその場に後向きで倒れこむ。枕代わりの自分の掌の感触に違和感を感じつつ、隣でまた団子を頬張り始めた旦那に呆れながら溜息を吐いた。屋上にいるため視界を遮るものは何もないから、青空を見ながら心を癒す。……本当は違う方法で癒したいんだけど。

「…なんとかしないとなぁ」

もう今日で何度目かわからない溜息をまた吐きつつ、悩みの原因を思い浮べて何とも言えない感情に襲われた。

…本当、俺様乙女みたい。

笑えない比喩表現に何だか泣きたくなったのは仕方ないだろう。
この男気溢れる俺様がこうも女々しく変貌を遂げたのは、一人の女の子が原因なわけなんだけど。

帰りの駅で時々見かける、名前も知らない女の子。

知ってることなんてたかが知れていて、まあ制服を見るかぎりじゃ俺様が通う婆裟羅学園のすぐ近くにある私立のお嬢様学校の生徒らしい。学力は上の中、中高一貫校で並のお嬢様では入れないと有名な歴とした所謂セレブ学校。俺様のような庶民出ではなんだか住む世界が違うような学校なんだけども、意外と生徒達は通学に電車を使ったりとなんとまあ庶民派な人たちも多い。噂では車の送迎が列を成すとかってのもあるらしいけど、俺様が思うにそれは桁外れの金持ち限定だから数えるくらいしかいない、と思う、たぶん。

まあそんなわけで、最初はセレブ校の女の子が電車に乗るのを、当初は車送迎が当たり前だと思ってた無知な俺様が珍しがって見てただけだったんだけど。

帰りの駅で同じ子を何度か見るようになって。数人の友達らしき子と笑い合ってたり、時間ギリギリで焦りながら駆け込み乗車してホッとしてる姿を微笑ましく思ったり、時々顔色を悪くしながら一人でふらふらしてるのを見つけて内心勝手にハラハラしてたりするうちに。

常に彼女のことを目で追っていて、帰りのホームに着いたら無意識に彼女を探している自分に、最近気付いた。帰りだけでは無く行きのホームでも時折見かけることからすると、案外家が近いのかもしれない。そんなことを考えながら登下校をするということは、まあ、あれなんだろう。正直言って一言も話したことが無い子にこんなに心を占領されるなんてありえない。恋と言っても良いものかわからないけれど、このままホームで見かけるだけで終わってしまう淡いものにはしたくないと考えてはいるわけで。接点づくりなんて簡単だけど…できるだけ自然にするにはどうやったら……。

「…はは」

俺様が変に漏らした笑いにギョッとした旦那が見えたけど気にしないで目を瞑った。こんなふうに、接点づくりのために頭を悩ますなんて……。本当、恋する乙女かってんだ、まったく。

「む…佐助、予鈴だ。教室に戻るぞ」

「はいはい、っと」

軽く返事をし、荷物を持ちながら素早く立ち上がった。大きく伸びをしたあと、有り得ないほど凝った音のする首と肩を回して空を見上げる。

「…あーっ、もどかしいっ」

「…?何だ、急に。さっさと戻るぞ」

屋上の扉に手を掛けた旦那に促され自分とは違う何とも能天気な空気を感じ、俺はより強く溜息を吐いた。



案外偶然という名の奇跡は、そこら中に転がっているのかもしれない。

朝、珍しく朝練もなく、普段とはだいぶ遅い時間に真田の旦那と駅に来た。あの子は帰宅部なんだろう、朝練や放課後の部活が無い日しか見たことないから。なら今日もあの女の子いないかなあ、ときょろきょろ周りを見渡していたら、一歩前にいた旦那が伊達の旦那を見つけたらしい。

いや、別に伊達の旦那なんてどうでもいいんだけど…。

そう思いながら真田の旦那が伊達の旦那に近づいていくのに気付いて、仕方なしに真正面を向く。その瞬間、視界に入った待ち望んでいた後ろ姿を見つけて、俺様の心は上昇したと同時に地の底までも下降した。

え……え!?あの子、あの子だよね?俯いてるから顔は見えないけど、あの後ろ姿はあの女の子だよね?!

なんで伊達の旦那と手なんか繋いじゃってんの?!

え、もしかしてそういうこと?え、もしかしてこれ、彼女と知り合った瞬間に失恋確定、とかそういう落ち?え、マジで?嘘だろ?!……あ゙ー、クソ。

「あら。伊達の旦那じゃないの、おはよーさん。朝っぱらから女の子と一緒だなんて流石だねえ」

若干口が引きつってる感覚がするけど俺様そんなの気にしない。白々しくも探るような冷やかしているだけのような言葉が出て、それを聞いた途端俯いたままの彼女の肩がびくんと結構大きく跳ね上がった。あ、もしかして驚かせちゃったかなあ。俯いたまままったく動かない彼女を気にしつつ、どんな関係なのか聞きたいような聞きたくないような、複雑な心情を隠した。

あー、もう。こんなに近くにいるの初めてだなあ、背ちっちゃいなあ、抱き締めたら折れそうだなあ、あ、何か甘い匂いが……だめだ、やばい。誰か俺の煩悩を取りのぞいてくれ。

女の子と伊達の旦那の手を繋いでいる姿に大騒ぎした真田の旦那を宥めつつ、それでもやっぱり女の子に目が行っちゃうのは仕方ないと思う。はあ……本当に伊達の旦那と付き合ってるのか?絶対俺様の方が良い男だと思うんだけど。

ごちゃごちゃ何かを考えてる割に旦那たちと会話が成立している自分に内心拍手を送った。いや、それよりも彼女の手が異様に震えてる気がするんだけど…いや、身体全体か?ちょっとちょっとー、すんごく納得いかないけど、一応彼氏なら彼女の変化に気付けって。

思ったことをオブラートに包みつつ素直に言えば、名前ちゃんは小さく息を飲んだ。あ、ていうか何げに名前ゲット。よっしゃ、名前、名前、名前ちゃんかー。うん、可愛い。伊達の旦那にはもったいないねマジで。

“自分の彼女”発言に伊達の旦那は気にもしない様なので、二人の関係は既に肯定されたも同然だ。えー、嘘だろー。まあ、諦めないから別に良いけど。

「あ、あの、大丈夫、ですから。あと…っ、」

今日初めて聞いた名前ちゃんの声。あー、声も可愛いなあ。あとは出来れば顔も見たいんだけど…名前ちゃんが俯いている今、黒髪でツヤッツヤの綺麗に巻かれた旋毛しか見えない。いや、こんな至近距離にいればもうどんな姿でも眼福だけど。

「…っ」

急に上を向いた名前ちゃんは、俺と目が合うなり息を呑んで固まってしまった。あは、やっぱ可愛いなあ……って、あれ?なんか……桃のように色付いてる頬が段々赤く……って、いやいや、ダメだよ真っ赤だよ?!尋常じゃないくらい真っ赤だよ?!

伊達の旦那もやっと名前ちゃんが桃よりもリンゴ並に顔が赤くなっていることに気付く。名前ちゃんの頬に手を添えて心配そうに眉を顰めた伊達の旦那は、今まで見たことないような焦った表情をしていた。
いやー…名前ちゃんが具合悪いって時に不謹慎なのはわかってるけど、こんなラブラブな姿見せ付けられたら米神もヒクつきたくなるよね!ね!

「うー…、ありがと、お兄ちゃん…」

って、ええええええっ?!

唐突な伊達の旦那兄貴説が浮かび上がり、俺の思考は停止した。え、お兄ちゃん?え……妹?!

その後大っぴらなシスコン発言をした旦那に一瞬頭が痛くなったあと、何故か言い合いを始めた旦那達。ポツン、と都合の良いことに取り残され、俺様は今だと言わんばかりに名前ちゃんに笑顔を振りまいた。振りまくというか、自然とゆるんじゃってどうしようもないんだって、マジで。

そうか、妹かー。
身体を屈めて瞳を見つめながら、ぎこちなくも笑顔になろうとしていた名前ちゃんに向かって無理しなくても良いよ、ということで小さく首を振った。伝わったのだろう、申し訳なさそうに小さく眉を下げた姿はもう、言い様が無いくらいやばかった。あーもう、やばいやばいやばいやばい!ていうかさっきから内心名前ちゃんばっか気になりすぎてて余裕無いね俺!病人の子口説くってどうなの?人としてどうなの?……チャンスは逃しちゃいけないよな!

美人さん発言をして、益々顔が赤くなった名前ちゃんにちょっとだけ内心満足した。ミジンコ程度には意識してくれないかなー。いや先ずはお友達になりたいけど。

「てめ、猿!名前に近づくんじゃねえっ!」

あはー、それは無理な相談だよねー。



最早手遅れです



寒そうにしている名前ちゃんに俺様のブレザーを羽織らせて、何か罵声をあげている伊達の旦那を無視しながら肩に腕を回した。え、手が早いって?まさか!これ慈善活動だからね、慈善活動。微塵も下心なんてないよ!

「はぇ…え、ええ?!」

「あはーかわい……じゃなくて。寒いんでしょ?羽織ってな。学校行かないなら家にも送るか、」

「Shit!死ね猿!」

「破廉恥でござらぁーっ!」

「がはあっ」

「えええええ?!」

こんな時ばっかり息ぴったしな旦那たちに吹き飛ばされ、それを見て驚いた名前ちゃんの具合も吹っ飛んだような声が耳に響いた。どんな声でも可愛いね名前ちゃん!


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