dream | ナノ


いつもいつも、帰りの駅のホームで見かけるあの人。
今時の着崩した感じの制服や、それでもいつも一緒にいるお友達に甲斐甲斐しくも呆れた表情でお世話をするようなそんな姿が優しげに私の目に映って離さない。

話して、みたいな。

その姿を見かける度に想うけれど、やっぱり想うだけで現実にはならなくて。
制服を見る限り、彼は婆裟羅学園の人みたいだ。
私の兄と同じだけれど、同じと言うだけで知り合いとは限らない。
それに兄には、間違ってでもそんなことは聞けないし。
大変なことになるだろうな、そんなことしたら。

「……あ」

かなり考え込んでたせいか、待っていた電車が来たみたいだ。
視界の隅で目に入っていたオレンジ色が姿を消した。
ヤバい、と思ったところで時既に遅く。
目の前で閉まっていくドアを恥ずかしい気持ちになりながら呆然と眺めていたら、何かに誘われるように移動した視線がオレンジを見つけて止まった。

「っ、」

目があって、向けられた微笑み。

「…かっこいい」

電車が動いて直ぐだったため、もしかしたら願望が見せた幻だったのかもしれないけれど。
既に見えない電車の中の君を想いながら、自然と上がった口角をどうなおせばいいのだろうか。
幸せな余韻に浸りながら、そのあとの電車が来るまでずってニヤケっぱなしだったのは私だけの秘密だ。



「ゔ〜…」

次の日、朝起きたときから何故か頭が痛かった。
ああ、風邪を引いたのかも。
ちょっとしたことで具合が悪くなるのは、いつも元気な私の唯一の短所。
元気なのに病気がちとかっていう対極な言葉が似合うのはそうそう居ないような気がする。

「…着替えよ」

このくらいで休んでられないと気合いを入れ、意気込んだ私はクローゼットに手をかけた。



「Good morning、名前」

「んー、おはようお兄ちゃん」

着替えもすませリビングへと向かえば、流暢な英語で朝の挨拶をしてきた兄が私を見た瞬間に眉をしかめた。
彼、私の兄である政宗は何故か知らないが私に対して私以上に敏感だ。
だから今もたぶん私を見た瞬間に体の不調を見つけたのだろう。
ああ、なんでこんな時に限って兄の朝練はないのだろうか。
部活の顧問に文句を言いたいところだ、まったく。

「名前、顔色悪ィな。また風邪か」

「んー、大したこと無いから大丈夫だよ」

「HA!そう言っていつも寝込むのは誰だ?」

口だけの笑いで瞳は真剣に心配をしてくれるから私は兄が大好きだ。
遠回しな言い回しがたまにキズだが。

「今回はそんなにひどくないから大丈夫だもん。休まないからね」

休めと言いたげに開いた兄の口を見つけて、言葉を吐き出される前に遮る。
少しだけ苦々しい顔をした後小さなため息を一つこぼせば、それは兄の負けを表した。

「仕方ねえな…何かあったら俺か小十郎にでも連絡しろよ」

「うん」

小十郎は忙しい両親の代わりに小さい時から私たちの身の世話をしてくれている人だ。
両親の仕事も手伝っているため、朝は忙しくて今も既に仕事へ行ったばかりだろう。
兄が新聞を閉じたのを合図に、時計を見た私は時間が迫っていたため急いで朝食を食べた。



「おい、ほんとに大丈夫か?」

ふらふらする体を兄に支えてもらいながらホームで大人しく電車を待つ。
視界が揺れているけれど、万年風邪ひきと言っても過言ではない私は馴れたもので。
あまり気にもせず足が宙に浮いている感覚に身を任せながら、少しだけ汗ばむ私の手を握る兄の掌を力なく握り返した。

「あら。伊達の旦那じゃないの、おはよーさん。朝っぱらから女の子と一緒とかって流石だねえ」

急にかけられた、低くて体の芯から熱くなりそうな声に思わず私は固まった。

え、え?
この声って、まさか、え?

元から熱い体が益々熱くなった気がする。
湯気でも出てしまいそうだ。
混乱する私をよそに兄たちは普通に会話を始めた。

「Ah?真田と猿か。Good morning。そして消えろ」

「そんな冷たいこと言いなさんなって」

「ま、政宗殿っ!朝っぱらからこの様なところでおなごと手、手を繋ぐなど…っ」

「別に普通だろ」

「は、は、」

兄が両手で私の耳を塞いだ。
ん?なに?

「破廉恥で御座るうううううっ!」

物凄い大音量。
塞がれた耳でも強烈に響いたその声は、今の私にとっては何よりも最凶の凶器。
あ、頭が…っ!
せっかく憧れの彼と話せるような距離に居るというのに喜びにすら浸れないこの状況が怨めしい。

「旦那!五月蠅いから!」

「真田てめえ…っ!モロ喰らったじゃねえかっ」

後から来る叫びも私の顔が青白くなる原因となっていることに誰一人気付いてくれなくて少しだけ苛々してくる。
ていうかお兄ちゃん。
具合が悪い妹をほっとかないでくださいマジで。

「はいはいストーップ。一応ここ駅だからね」

やるなら続きは学校でね、という低い声がまさに天からの声のように思えた。
ああ、具合さえ悪くなければ、話すことは無理でも真正面から顔をガン見できるというのにっ!
最初から顔を俯かせてばかりの私は顔どころか靴のつま先しか見えてない。
ああ、ヤバい。
寒くなって来ちゃったかも、これ。

「……名前?Are you okey?」

私の震える手でやっと気づいたのか、お兄ちゃんが私の顔をのぞき込んだ。
それと同じようにして、ほかの二人も気づいたのか私に視線が集まっているのを感じる。
ああもう、最悪だ。
何でこんなに運無いんだろう私って。
こんな状況でなければ、これを機に彼とお友達になれたかもしれないのに…。

「名前ちゃん、って言うんだ。ていうかかなり具合悪そうじゃない?伊達の旦那駄目じゃないの、自分の彼女こんなになってんのにほっとくなんて」

ああああああ違います違う間違いですよそれっ!
彼女じゃないです!妹です!
確かに手繋いでる兄妹なんて変なんだろうけど具合が悪いから一人で動けないだけであって!
頭では饒舌に考えが浮かぶのに口は全く動いてくれないから弁解ができない。
しかもお兄ちゃんは“ほっとく”という単語に反論しながらも何故か“自分の彼女”という単語には何の反応も見せず。
このヤロウ!弁解するなら場所が違うだろうっ!

「あ、あの、大丈夫、ですから。あと…っ、」

彼女じゃない、と言おうとして頑張って言葉を紡ぎ顔を上げたら、思ったよりも近くにあった顔をドアップで見てしまったために思わず固まってしまった。
あ、熱い!顔がありえないほど熱いよーっ!

「…っ」

「名前!真っ赤じゃねえか、やっぱりお前今日は休め。学校には連絡しといてやるから」

「うー…、ありがと、お兄ちゃん…」

どうか、この単語がちゃんと聞こえてますようにっ!

「……政宗殿、そのおなごは今確か、」

「……え?妹?伊達の旦那に妹?!」

「…ちっ」

兄よ、なんだその舌打ちは。

「俺のKittyだ。手ぇ出すんじゃねえぞ」

いい加減その大っぴらなシスコン発言は控えてほしいなあ。
まあでも、彼女じゃないと知って貰えただけでも今はいい方だろう。
この兄は、とことん私の恋愛というものはぶち壊していく輩だから。
まあそのせいで恋愛という恋愛はしたことが無いのだけど。
ていうか、いい加減電車遅過ぎやしないだろうか。
ちらりとホームの時計を見て時刻を確認。
信じられないことに三分程しか時間は経ってなかった。
嘘、何この時間の遅さ。
無理に時間の呂律を見たせいか、具合はさらに悪化した気がした。

「…妹かぁ」

低い小さな呟きが耳に届いた。
なんだろう、いつもより近くで聞こえるその声はあまり私には聞こえない。
あ、あれか、心臓の音が高すぎるんだ、私の。

彼が屈んで私と視線を合わせてにこりと笑った。
モテるだろうなあ、この人。
整っている彼の唇が動くのを私は些かぼんやりとした格好で眺めていた。

「名前ちゃん、って言うんでしょ?俺様は猿飛佐助。伊達の旦那とはクラスメイトだよ」

名前が知れたのは正直に嬉しいのだが急にどうしたというのだろうか。
悪い印象を位置づけられたら嫌なので、無理矢理にでも微笑もうとしたら優しい顔で首を振ってくれた。
無理はするなと言うことだろうか。
なんだか彼の行動一つ一つが私を捕らえて離さなくなってきている。
どうしよう、素敵だ。
具合が悪いのさえ吹っ飛んでしまいそう。

「たまに帰りのホームで見かけてたから知ってるけど、なんだか時々具合悪そうだよね。もし今度きつくなったとき俺様が近くに居たら助け求めて良いからね?支えるくらいはしてやれるから」

なんだろう、幻聴だろうか。
友達の妹というだけでここまで優しい彼はなんだか物凄く暖かい。
いつもは邪魔をしてくるはずの兄は真田さん?となにか言い合いをしていてこちらには気づいていない様子。
グッジョブ真田さん、このままずっと兄を引きつけておいてください。
心の中で祈るようにして思っていると目の前の佐助さんが微かに笑った気がした。

「……?」

「いやあ……伊達の旦那に似なくてよかったねえ」

…確かに。
似ているといえばこの真っ黒な髪だけと言っても過言ではない。
性格は、失礼かもだけど似たくはないしね。
無駄に派手だから。

「美人さんなのはそっくりだけど」

そう言いながらイタズラ気にウィンクをした佐助さん。

…ああ、もう。

目眩がしたのは風邪のせいだけではないというのは言うまでもないだろう。


甘い疼き
憧れでは無く、恋なのだとやっと気づいた


「てめ、猿!名前に近づくんじゃねえっ!」

…このKY男っ!


2008.3.20

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