dream | ナノ


「ひば…り…」

何かが近づく物音に気付いたのか、遙か前方、無機質な何もない景色を眺めていた名前が僕に向かって振り向いた。
天候は、雨。
いくら路地で建物が密集している場所だとしても屋根が無いのだから必然的に濡れる。
彼女が放心していた理由を探ろうと地面に目を移したら、名前の遙か向こう側にある場所に一見黒い塊にも見えるものを見つけた。
どうやら彼女は無機質なものを眺めていた訳ではなく、ただ一心にそれを凝視していたようだ。
よく見なくてもそれが何かわかるのは、雨と共に流れてきた黒くも見える深紅のせい。

「大丈夫…大丈夫だよ…彼等はボンゴレじゃないから…そこら辺に居た破落戸だから…」

まるで魂の篭もらない人形のように抑制のない声で呟くその言葉は、僕に伝えているわけではなく自分自身に言い聞かせているようで痛々しい。

「また……無闇に殺すなって言われてたよね」

彼女の肩がびくりと震えた。
名前は虚ろな瞳で自身の濡れた手を見る。
雨のせいか汚れが一つも見あたらない片方の掌を頭上に掲げ、恍惚と云った眼差しで名前は譫言のようにまた呟いた。

「ボンゴレじゃないもの…ファミリーじゃなかったもの…ボスだって許してくれる…私は破落戸を殺しただけ…私は何も悪くない…」

「…ただの破落戸だったとしても、沢田がそれを許すとは思えないけど」

いまだに掌を見ていた名前はその一言で僕に一瞥をやった。
据わったその眼は異常者のそれだ。
とてもまともとは思えない。

「雲雀…アンタは何もわかってはいないんだね」

「生憎、僕は君と違ってまともだからね。猟奇殺人者の思考なんて知るはず無い」

「猟奇殺人者…」

その言葉を何度か呟いて、地面に視線を移していた名前は一度だけ瞳を伏せた。
雨のせいで張り付く髪がうっとおしい。

強くなった雨足に苛ついて、一度空を仰いだ後名前へ視線を向ければ、確実に先ほどの虚ろな眼とは違う強い視線が僕を貫いていた。
そう、本来の彼女は、この強い瞳の君なんだ。
元に戻ったらしい彼女に近づいて、逸らしもしない視線を見詰めながら言葉を紡いだ。

「せっかく迎えに来たんだ…帰るよ」

そう告げてから彼女に背を向け歩きだす。
いつもならすぐ隣に走り寄って来て共に歩くはずなのに、名前は何故か後ろにさえ居なくて、感じられない気配を辿りもう一度振り返った。

「……どうしたの、帰るよ」

「………猟奇的っていうのは、漁るように求める事だ」

「……」

「何も考えず、何も感じずに…唯々本能のままに」

やっと動いた彼女の手には、命を奪うそれがあった。

「…貴方が私を猟奇的殺人者だと言うなら、貴方は一生、私のことはわかんないね」

雨の中浮かぶ君の表情を見て、歯痒い気持ちになったのは何故だろうか。



鈍く光るそれを持ち
君は静かに泣く




降り止まぬ雨と共に、君のそれは静かに流れた


2008..


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -