dream | ナノ


何故愛しいのか。
そう問われて速答できる答えがあるなら、それは本当の愛じゃない。どちらかと言えば、そう問われながらも“わからないけど、愛しいんだ”くらい言ってくれるのが愛じゃない?じゃないと、もし速答した答えが在りもしないもので、自分が思い込んでいたただの幻想だったとしたらあら大変。相手を愛しいと想う箇所が無くなってしまう。そんなくだらないことで消え去るものが、貴方は愛だって言うんだね。しかも貴方みたいな、よく知りもしない女に言い寄る意味も分かんない。何も知らないのに愛を囁くことはただの馬鹿でしょ。だから違うって、そんなの。貴方のその私に関する想いは勘違い。ああ可哀想。自分のことすら分からないだなんて。でもこれで分かったでしょ?私が貴方になびかないわけが。他の女共と一緒にされちゃ心外だし、私は本物の愛が欲しいの。だから私は諦めなさい、ね?どうせあんたも興味本位なんだろうから。

「いや、それは違ェな」

「…どれが?」

隣に座るγはウィスキーのロックを傾け無駄に哀愁を漂わせながら呟いた。誤解の無いように念の為言っておくが、私がこのバーに来た時は確実にこの男は居なかった。なんでここに居るんだこの人。こんなとこに来なくても自隊で飲めばタダ酒飲めるだろうに。まあ今更聞いたとこで『愚問だろ』でバッサリ斬られるだろうけど。本当愚問だよ、あんたはまともな答え返してくれたことないもんね。

何故だか知らないけど、初めて逢ったその日から彼に追い掛けられ続け早二年。最初は痛い人なんだと認識しあまり相手にせず、彼が私に興味を失うまでの辛抱だと放置していた。が、何故か異様なまでの偶然という名の追っかけにあったり、交流という名のセクハラにあったり、親睦という名の家宅侵入にあったり。家宅侵入辺りでやっと身の危険を感じた半年前、あの時自分の警戒の無さをどれほど呪ったか。
彼みたいな人がストーカーなんだと認識したのは、私の愚痴を無邪気に、というかある意味楽しげに聞いていた白蘭に言っていた時だった。ちょうどその時用があったのか正くんもそこに居て、私が愚痴を言い終えてすっきりしていた時彼は静かに『…ていうかストーカーですよね、それ』という爆弾を私に落とした。それに今まで気付かなかった私も私だ。

そして今の状況。『隣、良いか?』と聞かれ『隣、』の辺りから全力否定をしていた私の言葉を無視して奴は座った。ちくしょう、無視すんなら始めから聞くなよ腹立つな。
そして黙々と飲み始めた私を見つめながら、歯の浮くようなセリフや時折直球な愛の言葉を囁いてくる彼にいい加減うんざりし冒頭を述べたまでで。なのに否定されたとなればかちんと来る。なんだこいつ、本当に腹立つな。

「間違ったこと言ってないよ私。多分だけど」

「いや、そうだな…。持論は大したもんだが、その後に重大なミスがある。わかるか?」

「……可哀想って言ったあたり?」

「それもある」

「……自分の事も分からない?」

「当たりだが、違う」

「えー、と…?」

つまり?

「しいて言えば、後半全部だ」

全否定かよ。こいつマジで腹立つなおい。

「まず一つ、俺は幻想や自己の理想像で造ったお前を好きなわけじゃねえ」

「……今更なに言ってんの」

グラスをカウンターに置き、私に身体ごと向き合った彼は人差し指を立てながら話し始めた。もう片方の腕は、カウンターに肘をつき余裕を醸し出すようなポーズをつくっている。ちくしょう、どうしてこの男は一挙一動がアダルティックなんだ。ただの変態のくせに、腹立つ。

「そりゃ、最初はただの興味本位だった。そこは認めるぜ?だが初対面から一体何年過ぎてると思ってる。二年だぞ?理想なんてもんが壊れるには充分すぎる時間だ。俺の眼は節穴じゃねえしな」

…確かに。彼の実力は厭というほど知ってるし、そんなものに捕われるような柔な精神は持ちあわせてない。というかそうか、二年か。さっき自分で軽く言ったことだけど、確かによく考えれば二年は結構長い時間だ。ええ、すごいな自分。よくストーカーに気付かなかった。そんな自分がこわい。

「つまりだ、俺はお前のことを誰よりも知ってる」

「……」

「二年もお前のことだけ見てたんだ、興味本位でこんだけ熱心に口説くほど俺は暇じゃない」

そう言いながら微かににじり寄ってきたγに後ずさる。いや、こういう行動起こすから信用無いんだよお前。

「…でもやっぱり最初は興味本位でしょ?自己紹介した次の日から口説いてきたんだから今もその延長じゃないの?」

捻くれてるとはよく言われるけどこればかりは捻くれなきゃやってけない。

「……二つ目。自分のことは自分でわかってる。生憎、自分の考えが一人歩きするような歳じゃあないもんでね」

そう言いながら指を立てていた手を私の頭に乗せ髪を柔らかく梳いてきた。うっとりとしてしまいそうなその手つきに女慣れを感じる。ダメだ、ダメだぞ名前!自分の意志をしっかり保て!私だってこんなことでぐらついてもいい歳じゃないんだから!

「最初は興味本位だったが、そんなのきっかけに過ぎねえだろ?現に今は、お前のへそ曲がりで皮肉屋なところも愛しすぎて仕方ねえ。知れば知るほど、欲しくなる。興味なんかじゃ範囲がちいせえくらいだ」

「そんな、こと…」

「無いなんて言わせねえぞ。お前以外の女なんてなんの魅力も感じねえしな」

「姫は違う意味で魅力的だが」なんて言う軽口もなんだか現実味がわかなくて頭がスパークしそうだ。え、ちょっと待てよ。なんだこの展開。私が言ったことのほとんどが正論混じりで否定されてるぞ。それってつまり?……つまり?……………つまり、なんなんだ?

「そして最後の間違いだが…」

「、ちょっ…っ」

私の頭を撫でていた手が後頭部にまわり、油断していたせいかいとも簡単に私の顔は彼の顔前すれすれまで引き寄せられた。押し返そうと手を突っぱねたらその手を違う腕で拘束される。ちょっ、ちょっとおま、近っ!

「最後のミスは、お前の図星をついてる」

「ちょっ、なに言って…っ、つか離れろ…っ」

離れるどころか逆に力を入れられる。鼻と鼻がぶつかりそうなところでなんとか顔を背けたら、彼の吐息が耳にあたって思わず殴り飛ばしたくなった。ちくしょう、腕さえ捕まれてなければ…っ。

「耳、弱いだろ」

「…っ!馬鹿ヤダもうイヤ離れろ変態っ」

「俺が好きなくせに」

「なに言って…っ」

顎を捕まれ無理矢理顔を前に向けさせられた。この強引野郎が。腹立つ、マジで腹立つっ。その余裕な笑みがホントにもう、ヤダ。

「お前はとっくに、俺になびいてるだろ?」

腹立つ、本当に。
いったい何にって?
否定できない、自分にだよ。



間違い世界は消滅した
気付きたくなかった、なんて



「知ってるか?恋ってヤツは惚れたもん勝ちなんだよ」

「だからってストーカー行為は許せない!」

「愛故に、ってな。諦めろ」

できるか変態っ!

2008.9.5


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