dream | ナノ


ログがたまるまで大体丸一日かかるこの島は、いうならば無法地帯に近いだろう。海賊船と商業船の停泊場所が別なおかげで、わたしが住んでいる南エリアは海軍すら近寄らない無法エリア。金の欲目に染まっているこの島の海軍は北エリア以外は手を付けない。北だけを守るのは、表向きだけ仕事をきちんとこなしているように見せるため。北に住む島人は皆、此処以上に平和な島はないと大手を振って言うらしい。馬鹿馬鹿しい、なんて視野が狭くて可哀想な人たちなんだろう。こちらに招いてあげたいわ。法も自由も何もない、無感情なこの世界に。

「……なにを考えてる?」

もぞりとベッドの上を移動した男がわたしの下っ腹に腕を回した。眠っていたと思っていた油断から少しだけわたしの肩が跳ねる。なにが面白いのか、その反応を見たその男はフフッと以外にも上機嫌に笑いだした。見た目が低血圧そうなためか、ちょっとだけ以外。わたしに絡み付いている彼の腕にそっと手を起きながら、そういえばこの男の名はなんだったかなと頭を傾げた。生憎、この無法地帯に教育という言葉はないので学が無いわたしは身近な知り合い以外の名を覚えられない。わたしがバカなだけだろうけど。知ってる名といったらバーの店主のレアくらいだ。身近な知り合い以外は覚える必要が無いんだもの。どうせ取るに足らない関係ですべて終わってしまうのだから。

「名前」

耳元で響く低音が心地いい。ああ、この人はわたしの名前を覚えたのか。レア以外の人に名を呼ばれたのはいったい何時ぶりだろう。

「貴方…わたしの名前をちゃんと呼ぶのね」

「…悪いか?」

背を向けているので声しかわからないけれど、たぶん楽しげに笑んでいるに違いない。初めて彼を見たときも、不敵と形容できる表情を張りつけていた彼の笑みはとても不気味で、とても興味を惹いた。惹かれてしまった。変なの、誰かに興味を持つことなんてあまり無いのに。

「お前、いつもこういう生活してるのか?」

「…どういう?」

「行きずりの男と寝る生活」

ぐりんと体を回されて真正面に抱き締められた。この人は、変な人だ。大抵の奴らはことが済んだら早々と帰っていくのに。こんな余韻にひたる温もりなんか、知らない。ましてやわたしの日常に口を突っ込む人なんて。

「…ダメなことなの?」

「いや、ダメではねェな。おかげでおれ達はこうなってる」

あら、やっぱりこの男も他の奴らと同じみたいね。ていうか、わたしの暮らしは指摘されるくらい可笑しな事なのだろうか。外を歩いていれば声をかけられる、暇だから着いていく、最終的にはこの男と同じような事態になる。いつものことじゃない、女は男に抱かれるのが普通なんでしょ?

「これ以外の生活の仕方なんて知らないもの。ここらに住んでる女は皆こういう生活だよ」

だって、わたしはその女達の一人に育てられたのだし。抱かれるという行為は女を高めるという教えもあった。今はもうその人は、北に嫁いでしまったから逢えることはこの先ないだろうけど。

「連れてってやろうか」

どこに、と言葉にして聞きたかったけど、目の前にある表情が悪戯に笑っているのが見えたから止めておいた。ああ、からかわれてるんだ。そうだそうだ、確かこの人は海賊だったっけ。最初言葉を交わしたときに言われた気がする。しかもあれだよ、船長?結構な有名人だってレアがわたしに耳打ちしてたけど、それって本当かなあ。この冗談にはノったほうがいいのかね、これは。

「本当?ふふ、嬉しい。わたしの世界ってこの島の南エリアだけだから、外って憧れる」

「随分小さい世界だな」

海賊をやってるくらいなんだから、貴方の世界はさぞかし広大なものなんだろうね。いいなあ、こんなつまらない生活なんて無縁の世界だ。いいなあ。この人と出れたなら、さぞかし世界は輝くだろう。そんなありえない、願望。

「…そろそろ船に戻ったほうがいいんじゃないの、船長さん?」

彼に擦り寄って呟けば、なんだかわからないけれど些か不機嫌な空気が流れた。それが可笑しくて、少しだけ笑う。この人は結構、物事に淡泊に見えてその実逆だ。わかりやすいリアクションは子供のような純粋さに似ていて、けれどそう考えても子供には決して見えないから形容しがたい。不思議なんだ、彼は。わたしとベッドの中で微睡んでる時点でそれには気付いてたけど、さ。

「ログはあと数時間でたまる。明日出航なら、こんなとこでこんなことしてる場合じゃないんじゃない?」

「ならお前もだ」

「ふふ、ありがとう。気持ちだけ貰っておく」

彼の居心地の良い体温と声で瞼が下がってきた。このまま眠ってしまって朝になれば、この男はいなくなってるだろう。いつもの日常に戻る。この揺れてる心も、気のせいだと笑い飛ばせる。
わたしの体に回っている腕が外れた。あ、もう行くのか。少しだけ、この体温が惜しいと感じているのは何故なんだろう。

ぎしり、背後で床の軋む音がした。着替えもすんだろうに、すぐに出ていかない彼はやっぱり不思議だ。

「名前」

その声でずっとわたしの名前を呼んでほしいと思うこれはなに?

「おれは冗談なんか言わねえ」

その言葉に、微睡んでいた意識が覚醒した。それも、冗談なんじゃないの?ロー。
あらやだ、必死で忘れたフリしてたのに。

どうしてくれるのよ、貴方の名前を覚えちゃったわ。


後遺症

2008.9.27


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