「キャプテーン、ベポが死んでるー」
「放っておけ」
「アイアーイ」
「二人とも…ヒドイ…」
“新世界”一歩手前を航海するハートの海賊団。 “偉大なる航路”特有の定まらない気候で、うだるような暑さに襲われているわたし達は例に漏れずぐだぐだになっていた。 特に、全身毛むくじゃらなベポが一番ヒドイ状態。 甲板に立て掛けてあるパラソルの下に俯せに寝転がり、かれこれ三十分は身動きしていない。 自分の為に立て掛けたはずのパラソルがベポに占領され若干拗ねていたけれど、そのあまりにも情けない姿に呆れを通り越して同情心を生みだしていた。 先程のキャプテンとの言い合いに小さくツッコミを入れた後も、ぴくりともしなくなったその姿を哀れんだ顔をしながら眺める。
「ベポー、そんなに暑いならいい加減その着包み脱ぎなって」
「……」
「……あれ、まさかのシカト?」
「名前」
キャプテンの咎める声が耳に届いた。 瞳があえば、再度“放っておけ”と無言で告げられる。 それに対して少し反抗にも似た気持ちが生まれたけれど、あからさまにキツいと唸り続ける隣の白熊の声を聞き気分が削がれたわたしは興味を失ったかのように立ち上がって歩を進めた。 だって暑いんだもの、やってらんないよ。
「どこに行くんだ?」
「キッチン行って飲みもん取ってくるー。キャプテンなんか要る?」
「酒」
「はい却下ー。てことで飲むなら自分で持ってきてね」
こんなうだるような暑さの中で酒だなんていったいなに考えてるんだこの男は。 わたしだったら確実に悪酔いして気分が最悪になる。 ぎらぎらと照りつける太陽を睨んだ後、そこらでダウンしているクルー達を避けながらもキッチンへと急ぎ足で向かった。
「うはあ、涼しー…」
キッチンに着いて一目散に冷蔵庫に向かい扉を開けば、ひんやりとした冷気が火照った体に浸透して目が覚めるような感覚になった。 あー、これ最っ高。 部屋全体がこれだけ涼しくなるにはどうすれば良いか考えるけれど、やはり無難にクーラーが欲しいという単純な答えでそれは終わった。 クーラー……あのキャプテンが買ってくれるか? 以外とケチくさいからなあの男。
「いや、でも……色仕掛けくらいすればなんとか……」
「ほお……いったい誰に向けてする気だ?」
「へ?」
突然の声に驚いて振り向けば、ベポと一緒に甲板に居るはずのキャプテンがにやにやと笑いながら後ろに立っていた。 なんだかその笑みが胡散臭くて冷や汗が垂れる。 こ、この人今の話し聞いてたの?! 鸚鵡返しに言われたのでそれはもう決定打だけれど、あまり信じたくないというか今この瞬間にでも忘れてくれないかなという無茶ぶりでキャプテンを見る。 冷蔵庫の冷気が首に掛かり、気持ち良かったはずのそれに鳥肌が出て小さく身震いした。
「取んねえならさっさと閉めろ。冷気が逃げてくじゃねえか」
「アイ…」
冷蔵庫とわたしを睨み付けながらキャプテンは言った。 やば、早く飲み物取ってずらかろう。 キャプテンに向けていた視線をまたもや冷蔵庫に戻し、ジュースの入ってるビンを二本取ってから扉を閉めた。 途端にむわっとした空間が戻ってきて眉間にしわが寄る。 …………あっつ!
「キャプテン!」
「ん?」
わたしのあとに冷蔵庫から取り出したビンに口を付けているキャプテンが振り返った。 さっきの独り言なんて気にしてないような感じだからちょっとだけ安心する。 まあ、そんなことは良いとして。
「クーラー買って!」
「……色仕掛けしたらな」
「んな!聞いてた!?」
「まあな。……で?どうする?」
どうする?と問い掛けながらもやるんだろ?と言いたげなにやにや顔で近づいてくる。 気候の暑さに増して体の奥から何か吹き上げるような熱を感じて、さっき何気なく血迷ったことを呟いた自分を心の底から呪いたくなった。
「さっきのはまあ…言葉のあやと言いますか…」
「お前のあるかないかわからない色仕掛けでこの熱帯地獄から救われるかもしれないんだぞ?」
「あ、今超絶にやる気失せました」
「残念だな」
微塵も残念だと思ってないような態度でビンをくいっと呷るとキャプテンは何事もなかったかのように歩を返した。 さっきの言葉もそうだけど、ここまでどこ吹く風のようにあしらわれてはさすがのわたしもカチンとくる。 この野郎……色気なくて悪かったな! 今に見てろ! 自分の締め切っていたシャツの前ボタンを胸の谷間が存分に見えるくらい外す。 ふふん、着痩せタイプだから以外と胸はあるんだぞ。
「ロー?」
「………ん?」
扉に手をかけ外に出ようとしたキャプテンの背中に静かに抱きついた。 暑いからあまり近づきたくないけど、気温と違い意外と冷たかったその背中にちょっとだけ役得感を感じる。 いやいや、それよりも演技演技。
胸を惜しみなく押しつけて、前にまわした手を彼のへその前辺りにおく。 首だけで振り返ったキャプテンを確認したあと、少しだけ体を離して真正面に移った。 再度抱きついて上目遣いに顔を覗き込めば、よっぽど意外だったのか若干ぽかんとした顔を彼はしていた。 はは、ざまあみろ!
「…ね?クーラー買って?」
キャプテンの首に腕を回して、とどめに普段はありえない甘えた声で背伸びをしながら耳元にささやく。 ……ちょっとやりすぎたような。 なんか自分で似合わなすぎて泣きそうだ。 いやでも、似合う似合わない以前にここまで頑張ったんだからクーラー買ってくれても良いと思う。 買ってくれなかったらこの人海に沈めよう、そうしよう。
「………キャプテーン?」
一切反応を示さない彼にいささかたじろいだ。 いや、背伸びしてるしなによりやっぱり暑いから早く解放されたいんですけど。 せめて背伸びはやめようと一瞬気を緩めたら、押し殺したような忍び笑いが聞こえて思わず顔を上げた。 ちょっと、笑うとかってすごく殴りたい気分なんだけど。
「ちょっ、そんなに笑わなくて…もっ?!」
途端に腰と背中に腕を回されて抱き締められた。 その拍子にキャプテンが持ってたビンが背中にあたって、予想外のその冷たさに肩が跳ねる。
「ひゃ…っ!冷たっ!」
「フフフ……まさか本気でやるとはな」
「が、頑張ったのでクーラー…」
「いいぜ」
よっしゃあ!勝った!
「わーいキャプテン大好きー!!」
「フフ……じゃあさっそく責任とってもらおうか」
「…へ?」
責任?なんの責任? クーラー代とか? いや待てそれじゃあ買ってもらったことにはならないぞ。
「わたしお金出しませんよ?」
「いや、お前……自分の格好忘れてるのか?」
そう言われた後、数秒考え込んでからやっと言葉の意味を理解した。 ……服整えるの忘れてた!
「いや、ちょっ、今直しま……腕外してくださいよ!」
「お前、自分から誘っておいてなにもすんなって?無理だろ」
誘ってないから!
「無理じゃない、てか誘ってません。外でベポがわたしを待ってるー!」
「寝てたぞ。諦めろ」
腰と背中にまわされた腕の力が強くなって、押し潰される胸が痛い。 視線を感じて上を見上げれば、目をギラギラさせたキャプテンがそこにいたから思わず泣きそうになった。
「暑さなんておれが忘れさせてやる」
誰か助けて!
2008.10.23
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