dream | ナノ
見据える瞳は恐ろしくもあるが、それが美しさ故であると云うことは理解していた。
畏ろしく美しく、恐ろしく底が見えない彼の瞳は不思議な引力を醸している。
膨大なオーラや魅力、年月を経た閑寂な静けさ。
同時に時折覗く隠した滾りは、生命力に充ち溢れていると言っても過言ではない。
刀身でしかなかった彼が人の形を成した今、表すことが出来なかった感情を凝縮したような瞳は抗い難い至高の蜜のようだった。
これまでの年月、存在しない瞳の奥から、自ら動くことが出来ない己の刀身から彼は何を見てきたのだろう。
いつから感情が、想いが生まれたのだろう。
長い年月は人から記憶を奪っていくが、元は物であった彼はどうなのだろう。
尋ねなければ答は出ない代物ではあるが、緩やかなその疑問さえその瞳を見れば些末なことだと思わせられる。
付喪神とは妖の一種だ。
長い年月を経た器物に精霊が宿るとも云われ、その器物に相応しいヒトガタやそれ以外の姿を手にする。
数多存在する審神者の傍に控える男士達が全て同じ姿なのはそのせいだ。
ヒトガタを持ち得た後の育まれていく中身は違えど、始まりは同じ刀身なのだから宿る精霊の姿が一緒なのは不思議ではない。
精霊とは死魂であり万物の始まりでもある。
目の前の三日月は数多の持ち主の死魂から分け与えられた集合体とも言えるし、そこから得た新たな生命とも言える。
ヒトガタを得てから本当の神と言える存在に成長するには審神者の縛りから解かれた後だ。
ならば彼はどうだろうか。
熱を孕んだ瞳を凪に隠し、私に縛りを要求する彼は。
「さあ、どうする?」
穏やかそうに見えて威圧感を与えるのは彼の得意分野とも言えよう。
縁側にて月見酒と洒落こんでいたというのに、気付けば柱を背に追い詰められていたのだから酒とはやはり理解しがたい。
私の背後にある柱上部に腕を着き、息が唇を掠める距離での問い掛け。
意識を飛ばしていた覚えはないのだが、問いの中身を聞いていなかった私は普通に眉間を寄せていた。
「……あ゙?」
酒でしゃがれたのか喉からドスの効いた音が溢れる。
胡散臭いものを見ているような自分の顔が三日月に反射していた。
「…うん。やはり俺の主だけある」
一瞬だけ目を見開いた後、満足そうに麗人はふわりと笑った。
虚をついたつもりだったのだろうか。
生憎と私はここ最近、鶴の悪戯以外に驚いた覚えは余り無い。
余り無いだけで有るには有るのだが、こと目の前の彼に関しては驚くことさえ諦めたとも言える。
長い付き合いだ、隙あらば追い詰めようとする彼の行動など今更なのだ。
「…なんの話をしていたっけか」
「主が、俺が欲しい、と言った。忘れてくれるな」
「…………ああ」
そうだった、と先程までの会話を思い出す。
月見酒に洒落こんでいたのだから当然月を見ながらたしなんでいたのだが、夜空を照らす満月を眺めていたら、自然と彼の瞳の話をしていたのだ。
夜空に浮かばない、宵闇の瞳に沈んだ三日月。
強い酒に当てられたのか、満月よりも遥かに近い三日月に酔わされたのか、確かにらしくもない事を言った気がする。
その三日月が欲しい、と。
「…いや、違う。お前を欲しいとは欠片も言ってないが」
「三日月が欲しい、とは、まさに俺のことだろう?」
「瞳だ、瞳。目玉が欲しいって言ったんだ」
「それはまた過激な愛だ」
さらり、と空いた掌で頬をなぞられる。
欲しいと願った瞳が一心に私を見つめる様に、もしやこれが答かと察しがついた。
「耄碌したかじじい」
「あっはっは。まあ、我が主もばばあだからな。似合いだと俺は思うぞ」
「……はあ」
頭が痛いと俯きかければ、ぐっと殊更近づく三日月。
妙な色気に溢れた麗人は惜しみ無く私を追い詰めたいようだが、なんだかんだと嫌がってはいない私の態度がそれを助長させるのだろう。
だがしかし、私は彼の言う通りばばあである。
彼とは違い二千もの年月をヒトガタの化け物として生きてきたのだ。
千年刀の身であった似非年寄りに敗ける気は毛頭無い。
「俺は主の刀だからな。この瞳も当の昔に俺のものではない」
「私のものだと?」
「抉り渡しても構わないんだが…」
どうしたものか。と悩む素振りはわざとらしくて仕方がないが、こいつも随分と人間らしい仕草が様になってきたと感心した。
この本丸には人などただの一人として存在しないというのに、おかしなものだ。
「抉ったところでなんになる。死んだ目玉なんぞ価値も無いわ」
ハッと鼻で笑い飛ばすが、この言葉にゆるりと笑んだ美丈夫は私の返答をお気に召したらしい。
グッと腕を強く引かれ彼の蒼に包まれる。
「あとは名を呼ばれるだけなんだがな」
「暫くはないだろうな」
「そうか」
ならばその時を待つとしよう。
楽しそうな声とは裏腹な腕の力は、男の意地だろうかと気付かないふりをした。
20160804