dream | ナノ

小窓から漏れ落ちる微かな橙の陽が薄暗い倉庫の中を優しく演出する。
射し陽に彩られるその奥、携帯の電源を落としたアダコはその雰囲気とは真逆に、腕の中に納まる自分より幾分か小さい人物を苛立たし気に睨み付けるよう見下ろしていた。
もがもがと言葉にならない抵抗をする名前の口を塞いでいた掌をパッと外し、ぷはっと急いで呼吸を整える姿を彼女は静かに見詰める。

「はぁ、ふぅ……死ぬかと思った……てかお前等なんのつもり?!」

乱れた息が静まると同時に、未だ高揚した赤い頬に険しさをプラスさせながら名前は自分の首に周るアダコの腕を掴み怒鳴った。
アダコの腕を外そうとありったけの力を込めて抵抗するが、先程まで散々周りの奴等から擽られ悶絶地獄を味わっていた名前の身体はまったくもって使い物にならない。
擽んのはダメだろ、アウトだろ、弱点知られてるからこいつら本当嫌い、と思いながら笑いすぎて溢れた涙を腕で乱雑に拭う。
視界がクリアになったところで自分を見下ろすアダコを非難するように睨み上げるが、瞬間、見たことのない冷めた瞳とかち合い名前はゾクリと背筋が粟立った。
「…なんで」と目を逸らさないまま呆然と、理解できない行動をやらかしたアダコに問い掛ける。
ニコリ、長い髪の隙間から歪な笑みを浮かべたアダコに、名前は確かな悪寒を感じ取った。

「だって、名前さんに“アレ”は必要ないし?」



“しーずん”と表示された静雄からの着信に、その珍しさから思わず彼の名前を呟いた途端電光石火の如く動いたアダコの行動は実に鮮やかだった。
通話ボタンに指を添えるかどうかの手前で素早く携帯を抜き取られ、え、と言葉を漏らす間もなく掌で口を塞がれたかと思えば、示し合わせたかのようにチーム内の女衆が二人を囲む。
目の前に来た、無表情ながらワキワキと指先を動かし近付いてくる翡翠にとっさの勘で暴れようとしたが、一寸間に合わず即座に否応無しの攻撃を食らった名前は突然の擽り地獄に白目を向きかけた。
笑いたいのに口許を押さえられているため声も出せず、乱れていく呼吸も正しく吐き出せないので意識は本当に危なかっただろう。
その最中、何故かアダコが静雄と会話を始めたのに気付きはしたものの、会話を聞いている余裕もない。
それでもただ一言、自分に似せた声で“マジウザい”と宣ったアダコの声が耳に入り名前は目を見開いた。
静雄とは軽口の延長でならそういった言動も許されるくらいの仲にはなったが、アダコの様子を見る限り本気の中の本気を込めて彼女はそれを言っている。
ヤバい、静雄にそんな理不尽な文句は自分が後々ヤバイことになる、死ぬ。
自分に成りすましているらしいアダコに、顔を青冷めながらこれは黙ってられないと周囲の隙をついて口の解放に成功させるがそれも精々三秒あるかないか。
再び塞がれたかと思いきや、通話を終えたらしいアダコと同時に擽り攻撃も終了を迎え、息も切れ切れな名前は半ば混乱していた。
次から次へと転がり込んでくる事案に頭の処理が追い付かない。

ハイライトすら映さない瞳に見つめられながら向けられた言葉を頭のなかで判読する。
沈黙してから数秒、据えた表情を見せた名前は浮かんだ言葉をアダコにぶつけた。

「頭おかしいんじゃない?」

呆れを見せながらなに言ってんだお前、という言葉も付け足す。
だが、それに怯むどころか笑みを深めたアダコに名前の口角がピクリと動いた。

「おかしい?おかしいって何がおかしいの?私おかしくないし。むしろ名前さんには言われたくないし」

「はあ?」

ぐっ、と首に回る腕の力が強まる。
名前は驚きと苦しさに息を詰めた。

「静雄ってあれだよ、平和島静雄だよ?こっち来てから散々周りから聞かされる名前だよ?強いよ?化物だよ?ここに住んでたら週に一回は暴れてるとこ見ちゃうような奴だよ?ありえないし。名前さんが相手にするのはアレじゃないし。どうしたの?私達みたいなのはこの都会にも居るよ。平和島静雄みたいな奴等からその被害者を助けるのが名前さんだよ?ていうか“しーずん”とかマジあり得ないし。なにそれ、なんでアレにそんな肩入れてんの?この前のやつだって名前さんが言うから平和島静雄っていう同姓同名かと思ってたのに、本人だし。意味わかんない、なんで名前さんが?アレの手助け?やっぱりアイツの言う通り名前さん何かされちゃったの?おかしくなっちゃったの?あり得ないあり得ないあり得ないあり得ない」

「ちょっ、まっ、締ま…っ、ウェイト!!落ち着け!!死ぬ!!」

「このままじゃ名前さんがアレに殺されるし!!」

「その前にお前に殺される…!!」

万力のように首に食い込んでいく腕に青ざめた名前がバンバンとアダコの頭を平手打ちする。
衝撃で正気に戻ったのか、あ、と声を漏らしながらアダコは腕の力を緩めた。
咳き込む名前に目元を緩め、その頭をまた別の手で彼女は愛し気に撫でた。

「名前さん、ごめんね…でも大丈夫。もし死ぬ時は、今度こそ一緒だから」

クラリと傾く頭をどうにかしながら。
こいつなにも変わってねぇ…。
そう酸欠な脳で呟いた名前は、アダコの穏やかでない言葉の意味を完全に聞き逃していた。



この状況は…なんだ?
夜が近付く薄暗い倉庫の片隅。
様々な世代の若者達が集う中心を覗き込みながら、セルティは小さく首を傾げていた。
新羅が見捨てた結果行方知れずとなったらしい静雄の友人を捜す手伝いとして、いかにも不良という名の若者が好き好んで使いそうな人気の無い駐車場や空き倉庫等を蝨潰しに駆け回った結果。
いかにも怪しげな集団を見つけ様子を窺っていた所なのだが。
予想していた現状とは些か違う目の前の光景に、自分はどうするべきなのかとセルティは考えを巡らせていた。
薄暗い廃倉庫の一角にはいかにも不良と自己主張するようなバイクが十数台鎮座し、そこからそれほど離れていない所に屯する十数人の男女。
世代は十代中半から二十代前半位だろうその集団に半円状で囲まれた中心、そこには今回の誘拐被害者であると同時にセルティの捜索対象である名前が確かに存在した。
セルティは名前と接触したことは一度もない。
しかし、高校生活を報告してくる神羅の話から最近登場するようになった名前の特徴は理解していた。
その話を元にした結果、たまに見かける静雄と共に街中を歩いていた少女が今回拐われた友人なのだろうという推測は簡単についていた。
その上今の現状とタイミングで、拘束され囲まれている静雄の友人などそう何人も存在するはずがない。
そう結論付ければ後はこの場に割り込んで軽く周りを脅した後名前を連れ去れば万事解決となりそうなものなのだが、そうも簡単に割り込んではいけない空気を感じたセルティは暫し静観に徹するほか道がなかった。
セルティの想像としては、先程静雄に山とされた不良達と同じ制服を着た怖面な男子学生数人が名前を拘束しているのだとばかり思っていたのだが。
不良らしい奴等に拘束されている事に違いはないが、名前以外は全員私服であり、そして何より半数は少女と思しき女性である。
名前の首に腕を回し楽しそうに、しかしどこかうっとりとした表情をしている少女がリーダー格だろう。
彼女等の周囲を囲む他の青少年等も特に何かするでもなく、携帯を弄ったり談笑したりと和気藹々に過ごしているが、事情を知らないセルティには何か異様に思えてなら無かった。
そして無視できない点がもう一つ。
バイクが鎮座されているその横、ロープで簀巻きにされた風体の五人は明らかに覚えのある制服姿でぐったりと地面に転がっていた。
静雄が相手をしていた輩と同じ制服なのだから、あれが本来名前を拐おうと画策した奴等なのだろう。
だがしかし。
何故彼らはあんな状態になり、名前もあんなことになっているのか。
助けられたにしては、物騒にも拘束された姿を見てしまうと安易にそうも思えない。
―――………よし、様子見だな。
現状が変わった今、静雄には悪いが赤の他人である自分がそう易々と出しゃばってはいけない空気は確かに感じる。
ドジッ娘セルティは静雄と新羅に報告するのも忘れたまま、窓枠から猫耳をはみ出しながらジッと内部を伺うのだった。

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