dream | ナノ


彼を待つという愚かな行為はしたくなかった。そんなことをしてしまえば彼を常日頃考えているということに成りかねなかったからだ。そんな無駄な時間を過ごしたくはないし、私の心は彼に向いてはいないから考えること自体が厭だ。すべての女に平等な彼はすべての女の耳元に同じ言葉を囁く。つまらない、それ以前にそんなことをする意味が私にはわからない。同じことを昔、直接彼に言ってみれば「嫉妬か」だなんて言葉を至極真面目に言われた。そんな思考に至るはずがないのに真顔で言われたその言葉は何故か今でも胸に響いている。何故だろう。あれから何年も時は過ぎているけれどその謎は胸に残ったままだ。

年に二回か三回程度私のもとを訪れていた筈の彼は此処何年も来ていない。まだほんの小娘だった私は今では成人も疾うに過ぎ、独り身で居るには寂しさを感じる歳になっていた。そして時たまふと思い出す、赤い長髪と右半分の仮面。彼を待ち続けてなどいない。けれど思い出すそれらに懐かしさと虚しさを感じる心があるのは確かだった。何故だろう。新しく浮かんだ謎も迷宮入りになりそうだと感じた。

ガチャ。私の後ろにある扉のノブが鈍く唸る。私が扉を開ける時以外は滅多に鳴らないその音が部屋に響いた。ガチャガチャ。鍵が掛かっているその扉は何度外からノブを捻ろうが開くはずはない。鍵は私とあの人しか持っていないのだから当たり前だ。誰だろうか。町外れのこの家は偶に迷い人が空き家だと思い訪れる。そして今のようにノブを捻るけれど、鍵が掛かっていると知ると潔く去っていく。多分これも、その類なのだろう。何回か音が続いたあと、部屋はまた静けさを取り戻した。諦めたのだろう。無意識に止めていた呼吸に気付き、一度大きく吸い込んでから安堵の溜息を吐いた。

カチ。ノブとはまた違う音が背後から聞こえた。そう、まるで鍵を差し込むような、そんな。何事かと振り返り、座っていた椅子から立ち上がる。カチャリ。鍵を開けるときのその軽い音に思わず後退った。

ガチャ。ノブが捻られ扉が開く。目を見開き、だんだんと差し込まれる光を凝視するしか私に術はなかった。暗い部屋に差し込まれる光は私の瞳を眩ませる。「相変わらず、暗い部屋だ」脳髄に響いた懐かしいその声が私の硬直を解いた。

彼を待つという愚かな行為はしたくなかった。そんなことをしてしまえば彼を常日頃考えているということに成りかねなかったからだ。そんな無駄な時間を過ごしたくはないし、私の心は彼に向いてはいないから考えること自体が厭だ。厭な、筈だったのに。

「ただいま」相変わらず傲慢な彼のその姿と言葉に、震えを感じながらも私は確かに微笑んだ。


2009.1.1

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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