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「おい」

返事をすることさえ躊躇いそうなほど威圧感があり傲慢な口調である彼は私の上司であり想い人。整えられた顔のパーツ、その上にある傷痕がよりセクシーさを醸し出し私の心をわし掴んで放さない罪な男だ。欠点という欠点は彼に盲目的なほど心酔している私にはあまり見つからないけれど、さして言うなら、そうねえ。

「おいカス、聞いてんのか」

この口の悪さだけだろうか。
私はスクアーロではないのでカスではない。けれどこのボスの部屋には私と彼以外は誰もいないので、必然的にカスと呼ばれている人は私ということになるだろう。いやいや、まさか。なにか失態を犯したわけでもなくボスに従順な私はカス鮫とは違い結構いい扱いの部類に入っていたはずだ。今までカスと言われたことは一度もなかったわけだし。というか私がカスな筈が無い。レヴィ達と同類の位置なんてヤだ。

「ボス、ここには私しかいませんよ」
「てめーを呼んでんだよカスが」

まじか。

「私はカスではありません」
「返事しなかった時点でてめーはカス以下だ」

な、なんと!頭の中でボスを賞賛していたことが徒になるとは!確かに、せっかくのボスからの言葉に反応を見せなかった私はなんて恥知らずなのだろう。カスだ、認めたくはないけれど私はレヴィよりもカス鮫よりも最上級のカスに成り下がってしまった。た、大変だ。さっきまで自分は完璧だったと思い込んでいた私を殺したい。あ、殺せばいいのか、そうしよう。

「申し訳ありませんでしたボス!報告書を提出したのち直ちにこのカスを始末いたしますので、どうぞお受け取りください!」

そういえば私はこの場所に任務の報告書を届けに来たのだからボスに見惚れる前にやるべきことがあったんだ。いやボスを賞賛することも大事なのだけれど、掛け替えの無いほど大事なのだけれどボスにとっては私のこの自己満足な思考よりも報告書の方が大事、なので私はボスの望みを遮っていた障害物というやつで!やばいダメだこんなカスがボスの近くに居てはダメだ。早く始末して彼の前から無用の産物を取りのぞかなくては!

「はぁ?なに言ってやがる。カスはてめーだ、自分を始末すんのか」
「イエス、ボス!ボスを不快にするような存在は自身なれど許しません!」
「ドカスが、頭冷やせ」

ど、ドカスとまで言われてしまった!こ、これは死ねといわれたようなもの。頭冷やせということは海で溺れろということだろうか。そうか、溺死か。さすがボス、てめーなんか銃で即死なんかより肺に水をいれながら苦しんで死ねということですね。イエス、ボス!ボスのためなら喜んで!

「ではボス行ってまいります!今までありがとうございました!」
「止まれ」

報告書を受け取ってもらえたので善は急げといわんばかりに回れ右してボスの前からかっ消えようとしたら呼び止められた。よ、呼び止められるなんていったいいつぶりだろうか。振り向きたいけど止まれと言われただけなので振り向けない。どうしたのだろうか、もしやボスが直接手を下してくださるのだろうか。そんなまさか!ボスはこんなドカスを相手にしてはいけません!

「こっち向け」
「イエス、ボス!」
「オレの命令ナシに死にやがったらてめーかっ消すからな」
「イエス、ボス!…………ん?」
「以上だ、カスは出てけ」

とりあえず出てけと言われたので出てみる。だけどえっとー…どうすればいいんだこれ?命令ナシに死んだらかっ消す、ということは死んでも私はなにかしらボスの手を煩わせてしまうということだから……。
え、始末できないじゃん自分。





「それはね、ボスは遠回しに死ぬなって言ってるの」

考えても埒があかないし、でもまたボスの前に行くということはカスだと位置付けられた私には恐れ多いものになってしまった、ので広間に行ってソファに座り優雅にお茶を飲んでいたルッス姉さんに一部始終を話したらありえないことを言われてしまった。いやいや、それはないでしょ。ありえないでしょ。

「ルッス姉!冗談言ってる場合じゃないの!こんなドカスはさっさと始末しなくちゃいけないのに!」

なのにボスが難しいこと言うから!私バカだからわかんないのに!いやいやボスはなにも悪くないんだ私がバカなのが悪いんだ滅しろバカ!ドカスが!

「んー、なんでアンタはそうネガティブになるとそっちに一直線なのかしらね」
「だ、だってボスが…っ」
「ボスにドカスって言われて死ななくちゃいけないならヴァリアーどころかボス以外の人間全員死ぬわよ?」

……確かにそうだけどさ!

「なら全員始末しなくちゃ……?」
「……なんでそうなるの」
「え、ち、違うの?」

む、難しい。難しすぎるよルッス姉さん。だけど、あれ?私忘れてたけど死刑宣告されてなかったっけ……確か溺死しろって言われた気がする。あれ、これもう私命令されてるじゃん!

「ルッス姉さん!私溺死しろって命令されてたの忘れてた!」
「……いやいや違うわよソレ。ボスが言った“頭冷やせ”をアンタが勝手に解釈……」
「これは大変だ、迅速に始末しなくちゃ!」

私としたことがボスの命令を忘れるなんて!ルッス姉さんへの挨拶もそこそこにして立ち上がればなにか言われたけど今はそれどころじゃない。ボスの命令は迅速に確実に素早く行動しなければ。これが私個人に向けての命令だとしてもヴァリアーの任務遂行率を下げてはいけない!どの海にしよう、とりあえず重石に使うセメントを探そうか。





「おい」
「あらボス、どうしたの?」
「カス女はどこだ」
「んもうボスったら、気を引きたいからってあんまりいじめちゃダメじゃないのー。あのコ今ネガティブ一直線だからボスの言うことしか聞かないのよ?」
「うるせえ、どこだ」
「“頭冷やせ”を“溺死しろ”って解釈したみたいだから、今頃海に向かってるかセメント探しの旅をしてると思うわ」
「ッ、あのドカス女っ」
「いってらっしゃーい……………はあ、ボスも素直になれば良いのに」

アジトを出てすぐにそんな会話がなされていたとは知らない私はセメントを見つけ意気揚々としていたらなぜか偶然にも鉢合わせたボスに追い掛けられた。え、偶然?これ偶然?こんな廃棄場になんの用があったんですかボス。ていうかなんで追い掛けられてるの私、なんで私の居場所が分かったんですかボス!え、なんで?それとも一度で良いからボスに追い掛けられてみたいーっていう夢が死ぬ間際に幻として叶えられているのか?え、なにこれ。とりあえず瞼を閉じて深呼吸してみようか。これは幻かもしれない、この殺気は気のせいなのかもしれない………どうだ!……やっぱり幻覚じゃなかったよチクショウ!

「ギャァァアアアどうしたんですかボスなんでそんな血眼で追い掛けてくるんですかぁぁあああっ!?」
「オレの命令が聞けねえのかカス女っ」
「今から死ぬのでボスはご心配なさらずぅぅうううっ!この指令必ず果たしてみせますからっ!」
「意味が違えっつってんだろドカスがっ!」
「えええええっ?!」

ボスの駿足に勝てる筈もなくあっさり捕まった私は自分の勘違いだと気付かされたあとラリアットされたままヴァリアー本部に連れ戻されました。アジトについたときに綺麗なお花畑が見えていたのは言うまでもないよね。あれ以来私はカスと言われていないのでとりあえず心の中は平和です、今は。
だけど理由はなんであれ貴方に追い掛けられて幸せでした、ボス!


瞼を閉じて深呼吸


被害妄想を治せと言われました。イエス、ボス!貴方の為なら喜んで!

2009.1.5


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