dream | ナノ

鼻孔の奥を刺激する雨の臭いに溜息を吐く。眼前の景色が霞むほど降り続けるそれは、地面に王冠を描きながら私達を見えない色で染め上げていた。しっとりと潤んだ肌を伝う大粒の滴が煩わしい。どうするの、という意味を多分に含めながら、隣で欠伸を溢しながら湿ったシャツでサングラスを拭っている男に身体を寄せた。私の行動にそいつは微塵も気付かない。そんな事をして意味があるだろうか。手持ち無沙汰故に彼を見つめることしか出来ないわけだが、水滴を広げ視界を曇らすことには何ら変わり無いその行動は無駄な努力としか思えなかった。

「……静雄」

「ん?」

「それ、多分意味無いよ」

「あー……だよな」

それよりどうする?と相変わらずの切り替えの早さで早々にサングラスを諦めた彼を見上げた。どうするも何も、私はその裸で握られたままのサングラスの方を今はどうにかしたい。問い掛けには応えないまま、静雄の手からソレを奪ったなら鞄から取り出したハンドタオルに包んで自分の鞄に仕舞いこんだ。よし、これでいい。ちらりと鞄から目を離せば、怪訝な視線を向けられているのに気付いて私は更に距離を縮めた。

「なにさ」

「いや…それで拭いてくれんのかと思ったんだけど」

「鞄の中も濡れちゃったっぽいからまあ、無理かな。壊すより良いっしょ」

「そうか。悪ぃな」

「ん」

「しっかしまあ、ついてねえよなぁ…」

「そうだねぇ…」

晴れる気配のない黒々とした雨雲を二人で見上げる。久々に被った休暇なのだから何処かに出掛けようと街に繰り出したのは良い物の、こんな雨が降るだなんて想像もしていなかった。静雄は家にテレビが無いから仕方ないとはいえ、私も天気予報の確認などすっかり頭から抜けていたのが原因だけど。いつもならそんなミスはしないのにと思いつつ、今日どれだけ彼と会うことに心を弾ませていたのかを自覚させられた気がして一人で気恥ずかしくなる。そうだ、天気予報すらそっちのけでウキウキワクワクしていたのだ。おかげで二人して濡れ鼠となりこんな場所で雨宿りをするはめになるとは。浮かんだ羞恥心がどうにもやるせなくて、自分自身を誤魔化すかのように手持ち無沙汰な静雄の手を掠め取りギュッと握りしめた。私をこんな風に翻弄する彼が全部悪い、と思う。

「…なに」

「いや…珍しいなと思って」

「寒いの。手くらい貸して」

なんだか更に恥ずかしくなった気もするけど、無骨な手を離す気は毛頭無い。雨のせいか珍しくしっとり濡れた彼の掌は冷えきっていて、暖を取るには余りに逆効果だろう。かくいう私の手は常日頃熱を発しているような状態なので、彼の方は私の生温い体温と水滴で不快な思いをしているかもしれない。はは、ざまあみろ。握り返してこない不器用さに若干虚しさを感じた気がしたが、内にある負けず嫌いがそれを見て見ぬふりで遠ざけた。

「あ、雷」

「おー…近いな」

「もしかしたら止まないかもねー」

「風邪引くんじゃねぇか、これ」

「…引けば良いんじゃないかなー」

そしたら看病するという口実でずっと傍に居られるのに。ボソッと口にしたのが効を成したのか、何の反応も見せないまま雨を遮る屋根を覗き込んでいる静雄にホッとする。まったくもって、やるせない。仕事で忙しいくらいではここまで寂しさを感じる訳がないと思っていたけれど、実際はどうだ。学生の時は会いたい時に会えていたし、会いたくなくても顔を合わせる機会が頻繁にあった。本来ガサツで気が回らない私は就職後の擦れ違いなんて気にも止めない筈だったのに、現実はこうも自分の弱さを実感する羽目になっている。この私がこうなってるというのに、この男はなんなんだ。久しぶりに気合いをいれた化粧にも髪型にも服装にも、こいつはなに一つ気付かず平素で隣に立っている。握り返すくらいの事は、してくれてもバチは当たんないのに。一方的な想いを現しているような気がして、繋いでいる手の力が自然と緩んだ。いくら気合いをいれたところで、この雨の前では全てが消えてしまったけれど。左側面に感じる彼の体温に寄り添う。寒いと言っているんだから、その言葉の意味を言わずとも理解して欲しいと願うのは私の我儘だろうか。

「静雄」

「ん?」

「寒い」

「あー、上着貸すにも濡れてるしな……あれだ、走って家行くか?ここならまだ近い…」

「あーもうお前本当バカ」

「ぁあ゙?」

掌に力を込めて腕を引けば、近付いたその顔に向けて背伸びをした。ビクッと肩が跳ねたかと思いきや、数秒後にやっと握り返された掌に満足する。上から更に強く押し付けられた唇に口角が緩んだ。まったく、もう。本当は抱き締めて欲しかっただけなんだけどな。


20141122

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