dream | ナノ
「ねぇ」
その一方的な暴力に目を惹かれた。鮮やかに散る鮮血が笑みを浮かべる彼の頬に付着する。歪な打撃音が鼓膜を揺らしたまま動きを止めない。何故あんなにも楽しそうに人が人を殴るのだろうか。人の感覚が薄れて久しい私には、目の前の光景を把握する理解が鈍っていた。今にも鼻唄を響かせそうなとても良い表情をしているというのに、その姿は尋常ならば笑える物ではないのだろう。鈍い私でも理解できる凄惨なその光景は、たった一人の少年が造り上げた地獄だ。止まない拳に舞う紅。たった一人のちっぽけな少年が造り上げるその地獄は、癒えない乾きを宿した私に生唾を飲み込ませた。とても、美味しそうだ。流血している人間ではなく傷一つついていない、血の匂いも色さえ知れないその少年が、私には極上の御馳走に見えて仕方なかった。気が済んだのかなんなのか、急に動きを止め恍惚とした表情で天井を見上げる少年に一歩、近づく。何処とも知れない古びれた駐車場だ、その天井に何かがあるわけでもないのだからきっと、彼は悦に浸っているのだろう。ああ、素敵だ。久々に見付けた壊れた人間に、私の身体はゾクリと歓喜した。
「ねぇ」
また一歩、溢れそうな涎を我慢しながら少年に近付いた。全身に付着させた血を拭いもせず、自身の股間に沿えた手を動かしている彼はどう見ても異様だ。異様だからこそ、素晴らしい。欲望に従順なその姿は人としては狂っているのだろう。恥態を恥態とも感じないのか、それとも快楽以外何も頭には無いのか。白目を向いたまま血の池に沈む男に跨がり、恍惚とした表情で浅い息を吐く少年の姿は背徳的で。
「ねぇ、こっち向いてよ」
茹だる空気にやられたのか、狂酔にも似た感覚にフラりと身体が左右に揺れた。カツン、足元の小石が小さく跳ねる。クルリ、前置きもなくこちらに首を動かした少年と視線がかち合った。灰暗い瞳に上気した頬が扇情的に私を煽り、ニタァッと吊り上げた唇から覗く赤い舌に目を奪われる。既に動きは止まっていた。私も、彼も、この空間総ても。
「……ねえ」
何も反射しない彼の瞳に自分の姿が映った気がして、芯から迸る熱い悦楽に私は大きく吐息を漏らした。ああ、私、きっと。やっとわかった。
「アンタを喰べて良いかなぁ」
君と逢う為に生きてきた。