dream | ナノ

とある女性の話をしようか。
彼女は幼い頃から内気で、自分に自信がなく、そして他人を、血の繋がった家族であろうと誰も信じない程心が荒んでいた。
誰かと話そうにも目を見て喋るどころか己の視界すら前髪で遮り、自身が感じる不快以上に周囲に嫌悪感を撒き散らせてしまうような子。
生まれつきそうだったのか、それとも家庭内の教育の末そうなったのか、周囲の環境でそうなってしまったのかは彼女自身覚えていないらしいんだけど、とりあえずそこにその場所に存在するだけで悪意や不快感といった負の感情を広げてしまうような存在だった。
そんな子が集団の中に馴染める筈もなく、最初は気味悪がられ、それに慣れた頃にはからかいの対象となり、最終的には虐めの対象として認識されるようになってしまっていた。
彼女の主張としては『私は何もしてないのに』なんだけど、それは本当にそうだと言い切れると思う?
ああ、俺もそう思うよ。
集団に馴染むとは言いがたくても、何もしていないと断言するなら彼女は不快感すら周囲に与えるべきではなかった。
自分なりに目立たず息を潜めて暮らしているという自覚があった彼女に、周囲の反応は予想もつかないどころか考えすら微塵もわからなかったらしいよ。
彼女の自分なりの努力ってやつは、周囲から見ると神経を逆撫でしてしまう行為だったのに彼女はそれに気付かずずっとその所業を繰り返した。
その結果、彼女はとんでもない事態に引き込まれてしまったんだって。
まあ、俺としてはよく聞くようなありきたりな結果だとは思うんだけど、世間に疎すぎた彼女からすれば想像すらしてなかったみたいだ。
とある日の下校中、虐めの主犯格グループに足止めされたかと思うや否や、薄暗い路地に引きずり込まれて彼女は数人の見知らぬ男に取り囲まれた。
その先はまあ、辿る道は一つだけだから言わなくてもわかるよね。
彼女に友人はいないし、助けを呼ぶにしても地元の人間ですら好き好んで通るような道じゃなかったから人の影は微塵も無い。
主犯格の女に罵倒され、群がる男達の下卑た笑いを聞きながら服に手を掛けられる。
彼女は泣き叫び抵抗しながら、心の中でもあることを叫んでいたんだって。
『誰か助けて』『私が何をした』『なんで私が』『助けて』『死にたい』『死なせて』『なんで私が』『憎い』『殺したい』『殺してやる』『殺してやる』『殺してやる』
理不尽だと感じる暴力への絶望から人生への絶望の転換ではなく、彼女は自分をこの状態に陥らせた相手への明確な殺意を浮かべていた。
面白いよね。
今まで何も確固たる意思がなかった彼女に、初めて浮き上がらせた決意が他人に対する憎しみなんだから。
え?よくある話だから別に面白くもなんともない?
まあ、一人の女がそのまま絶望して復讐劇に身を投じるだけなら、確かにありきたりで君がこんな話を聞かせた俺に胸糞悪さを感じるのは仕方ないと思うよ。
けどね、俺が彼女の昔話に興味を持ったのはこの話の直ぐ後のことなんだ。
なんと、彼女、その後そいつ等に対して何もしないで終わったらしいよ。
そして、何より信じられないことに彼女自身、そいつ等の存在そのものを取るに足らない奴等だと歯牙にもかけなくなったんだって。
あれだけ、どんなに陳腐な復讐に対する決意だろうと、確固たる信念を固めた彼女がだよ?
その話を聞きながら気になって仕方なくなった、この目の前で昔話をしている人間は、懐かしむように普通を装いながら過去を暴露する彼女はもしかしたら心が壊れているのかと思って。
聞いてみたんだ、なんでそんなに無関心になれたの?って。
そしたら彼女、笑うんだ。
今まで何度か交流してはいたんだけど、あれほどキラキラして、うっとりして、陶酔しきった表情は初めてだった。
まるで恋する乙女みたいに一通り悦に浸っていた彼女の言葉を待ってたんだけど、最初の一言がこれまた面白くてね。
『ヒーローが現れた』って、言ったんだ。
他の人なら思わず鼻で笑い飛ばしたくなるような、幼稚な一言だと思うよ。
けど俺はそんなこと思わなかったし、むしろそこからどういう経緯でそのヒーローが彼女を救ったのか興味がわいたね。
ああ、そういえば言ってなかったけど、彼女、最終的には暴行されずに済んだみたいなんだ。
服が破れたり軽い打ち身はあったようだけど……そうそう、まあそういうことなんだよ。
なんとそのヒーローは、どこからともなく姿を表したと思うや否や、あっという間にその場を制圧してしまったらしいんだ。
彼女は言っていたよ、自分が出来ないと思っていたことをあっさりと目の前で披露したその人間は、自分の憎しみが形となって姿を表した、自分の分身のようだった、てね。
当たり前だけどそんな分身が存在するわけないし、そのヒーローもただその場を見かけたから助けに入った訳じゃなかった。
その場を制圧した人間に光を感じていた彼女は、希望を感じたその瞬間に絶望も与えられたんだって。
なんとそのヒーロー擬きはただその場を見かけたから胸糞悪さを感じて彼女の助けに入った訳じゃなく、キチンとカメラでその場の一部始終を記録として納めてからその場の制圧に赴いていたんだ。
どこからか仕入れた情報なのか、それとも常にカメラを持ち歩いている人間なのかは知らないけど、ただの正義感をもった人間ならそんなことしないで一も二もなく助けに入るはずさ。
本当、思わず笑いそうになったね。
そのヒーローは悪漢や虐めの首謀者だけではあき足らず、なんと被害者である彼女のこともその写真で脅しを掛けてきたんだって。
それからは彼女に対する虐めはなくなり、彼女自身もそのヒーローに心酔することで様変わりしてしまったからめでたしめでたし、ってやつ。
え?なんで脅されて絶望までしたのにそいつに心酔したのか?
さあね。
彼女は脅しの内容までは教えてくれなかったんだ。
凄く幸せそうな顔をしながら、昔は内気で何も出来なかった小さな人間とは思えないくらいの自信でこうは言っていたけど。

『私のヒーローは最強で最悪でお人好しで駄目な人間だけど、私みたいな人間を依存させる才能が異常なの』

依存してるって理解しながら、口ではヒーローに対して下げずむ言葉を使いながら、それでも彼女はそのヒーローを愛しているんだ。
とても愛しそうに思い出すんだよ。
そのヒーローは今では彼女の神様であり英雄であり生きる意味となってしまったように思えるけど、どうやらそう簡単な関係でもないらしくてね。
神様だけど友人で、英雄だけど暴君で、生きる意味だけど信仰してるわけでもない。
ヒーローと言われるその人間は人外でもなんでもなく、本当にただのどうしようもない人間なんだ。
それを理解した上で、彼女はヒーローに依存してるんだって。
純粋に依存して、純粋に慕ってて、純粋に愛している。
そう、神様だって思ってるくせに、人間として愛してるんだよ。
酷い矛盾だと思うけど、その矛盾が似合う何かが彼女にはある。
そしてそのヒーロー擬きも酷く矛盾した人間らしいから、その関係は彼等にとっては何の問題性も感じられない普通のことなんだ。
そこで俺は思った、彼女は本当にヒーローから脅されていたのかな?って。
だって、おかしいでしょ。
あらゆる人が存在していて、だからこそ面白いし予想外の事を仕出かしてくれるのが人間だ。
だから、脅されたとしても彼女みたいにそのヒーローぶった悪人に心を奪われてしまう異常者が一人や二人居たとしても何ら問題はない。
けどね、面白いことに、彼女の地元ではそんな異常者が何十人も存在するんだって。
何十人もの人間が、そのたった一人のヒーロー擬きを純粋に愛してるらしいんだ。
これはもう、一種の催眠や刷り込みみたいなものだよ。
どこからともなく現れるそのヒーローは、彼女みたいな可哀想な人間を手当たり次第に助けては自分に依存させて、最終的には異常者の集団を作り上げてしまったんだ。
そのヒーローは何をしたかったんだと思う?
自分に愛を傾ける異常者に囲まれて、良いように操って、周囲を混沌に陥れて自分が良い思いをしたかったのか。
それとも俺が思うように、彼女がされたという脅しはまったく脅しの類いじゃなくて、今の強い彼女を形成するために脅したと見せかけただけのただの義悪者で、周囲もそんなヒーローの思惑には気付かないまま勝手に愛を傾けて集団化してしまったのか。
どんな予想をした所で俺はそのヒーローじゃないから真実は闇の中って感じだけど、そのヒーローが異常であるということは流石にいやでも理解したよ。
俺に話して聞かせる彼女の姿を見ればそれは一目瞭然だったし、話を聞く限り、彼女も言っていたんだけど、ヒーローはそれを呼吸の如く、まるで自然であり当たり前のことのように行っている。
俺の予想が当たっているなら、そのヒーローは別に色んな思惑を重ねながらソレを実行したんじゃないんだ。
普通、なんだよ。
そのヒーローは自分が思う通りの日常を生きていただけなんだ。
普通に生きていただけなのに、周りに異常者を大量生産してしまっただけなんだ。
末恐ろしい才能だと思わない?
……ああ、うん、それね。
君の言う通り、俺の周りにも彼女に似たような、俺の“ちょっとしたお願い”を叶えてくれる“協力者”が多数存在するのは否定しない。
けどね、俺の周りにいるその協力者と彼女達はまったくの別物なんだ。
それと同じで、俺とそのヒーローもまったくもって思考すら噛み合わないまったくの別物なんだ。
君みたいな第三者からは同じに見えるかもしれないけど、比較するのは愚かだと思える程そのヒーローは異常だ。
俺は故意にソレを成すけれど、ヒーローはまるで野生の勘、とでも言うのかな。
可哀想な人間を探す勘に優れていて、ソレを見つけ出す嗅覚も鋭く、そしてソレを救い上げる行動にも不自然さどころか躊躇すらない。
先にも彼女が言ったように、ヒーローは依存のスペシャリストなんだ。
ただの依存ならまだしも、雲の上の存在としてではなく、地に這いつくばる同等の人間だと理解されながらも、その依存は形成されてる。
正も負も全てを受け入れられながら、愛しい慈しむただの人間としてヒーローは依存心を周りに散りばめ心に根付かせる。
同じ人間だからこそ愛しくて、安らいで、時には下げずんで、それでもその愛は人間に向けるからこそ色褪せない。
たとえヒーローに裏切られても、ヒーローはそういう人間だということすら彼女達は理解してるから、その一方通行な片想いも永遠に向けていられるんだって。
恐ろしいよねえ!
ただの宗教みたいな信仰なら裏切られた時点で憎しみやらが生まれ反旗を覆すようなものなのに、彼女達にはそれがまったく無いどころか永遠に愛していられるって言うんだ!どんなに蔑ろにされようと、ヒーローだから仕方無いって依存してるくせに寛大な心すら持ち合わせているんだ!
そこで俺はこう考えた。
もしヒーロー自体が彼女達に裏切られたなら、彼女達もそれに気付かず知らぬ間にヒーローを裏切っていたと気付いたなら、彼らはいったいどうなるんだろう、ってね。
ヒーローは彼等を裏切る事すら日常茶飯事みたいなんだけど、彼女達は一度もヒーローを裏切ったことがないらしいんだ。
それ自体思い込みが激しい彼女のことだから勘違いなのかもしれないけど、そんなものじゃなくて、見るからに明らかな裏切りを彼女達がヒーローに知らぬ間に与えていたなら、さ。
考えただけでワクワクするよ。
いったいどうなってしまうんだろうね?それともどうにもならずに、まったく何も変わらないのかもしれない。
まあ、どちらでも良いんだ、何かしらが起こってそこから彼らがどうなるのか、それが知りたいだけだから結果はオマケでしかないんだし。
彼女の話から推測できる興味深い話もここまで。
なら、そのヒーローはどんな人物なんだろう?
俺は次にヒーローの事が気になって仕方なくなった。
けれど、ね。
俺はそのヒーローにその時点ではだけど、会いはしなくとも知ってはいたんだ。
まあだからこそ興味本意で彼女からの過去話を否定もせずに聞いてたんだけど、さ。
そのヒーローの過去に起きた英雄談みたいなのを聞いてると、納得いくようなそうでもないような気分に苛まれた。
どんなキテレツな運命なのか偶然なのか必然なのか知らないけど、そのヒーローはこの池袋に来ていてね。
しかも俺がその存在に気付いたのは、その鋭い嗅覚で哀れな子羊を既に探り当てていた後だった。
俺が気にくわないのはヒーローのセンサーに引っ掛かった、正にその子羊のことなんだ。
もっと、哀れで救いを求めている人間なんてそれはもう腐るほど存在してる筈なのに、そのヒーローはなんと哀れな子羊なんて名ばかりの、獰猛で野蛮な化け物をターゲットに選んでいた!
まったく信じられない所か、哀れで小さな人間を自分に依存させるべく生きている筈のヒーローがあの怪物を選んだのは何かの間違いとしか思えないね。
ヒーローにはあれが人間に見えてるってことなのか、それとも他に考えがあるのか、本当にただの偶然か奇跡、それかヒーローの嗅覚が何かの拍子で狂ってしまったんだと思うんだけど……でもそれって、凄く奇妙な事だと思わない?
何十もの人間を依存させたヒーローがこんな間違いをひょいと犯してしまうなんて、何かしら、俺や彼女達ですら見逃してしまった重大な出来事が何かあったに違いない。
だったら俺は是非ともその重大な出来事の中身を覗いてみたいし、それが理解できた日には俺がそのヒーローを救う英雄、更に言うなら神にさえなれる気がする。
え?何をする気か?妄言も程々にしろ?
酷いなあ、別に俺は何の根拠もなしに言ってる訳じゃないのに。
……これから俺が何をするのか、君は知りたくない所か関わる気すら毛ほどもないとは思うけど、まあ、言うならば俺は別に何もしないと宣言しておくよ。
あのヒーローがもしも彼女達に裏切られたとしても、あの怪物を選んでしまったことを後悔する日が来たとしても、それは俺の仕業じゃない。
あの怪物を仕留める駒にするなら最適かもしれないと思ってはいるけど、ね。
だけど、全ては愛する人間達が勝手に始めてしまうんだから、俺がそれに横槍いれるのは野暮な事だと思わない?

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