dream | ナノ

狭くて薄暗い公園をキョロキョロと眺めて目的のベンチを発見した。
ベンチの横に、公園には定番な飲む用の蛇口と普通の蛇口がついた水道を見付けたのでチョコを食べたせいか乾いた喉を潤すために蛇口を捻った。

「うおおっ」

するとお前反抗期かと言いたくなるくらい飛び出した、水。
やべ、出しすぎた。
誰もが一度はやったことがあるんじゃないだろうか、自分の背丈の何倍もの高さまで噴水のように飛び出した水道水は明らかに蛇口の開けすぎだ。
ちょっ、やべえ、この歳でやるとかまじハズい!
昔から捻りの加減が苦手なんだよな…誰も居なくて良かった。
跳ねてくる水を避けながら徐々に近づき、蛇口を閉じようとまた捻る。

「わわわわわっ」

捻る方向を間違ったのかおさまる所か余計に悪化した。
え、ちょっ、自分のダメさ半端ねえ!
こりゃもう濡れるしかないと決意して、物凄い勢いの水のせいで物凄く後退りした体を水道に近づける。
グッバイ華麗なるサボり、ハロー迷子のびしょ濡れ女!
午後には乾いてると信じてる。
迷子な上びしょぬれで公園に居座る自分を想像して少し泣けた。

「…あ」

「……」

踏ん切りがつかずモタモタしていたらヌッと現れた白い背中に前を塞がれた。
え……え?
キュッという小気味良い音と、バシャッと天高く上げられた水が落下し地面に叩きつけられる音がした瞬間訪れる静寂。
シーンとした空間で、水に濡れたせいか少しへにゃんとしている髪型になった後ろ姿を見上げて素で驚いた。
うわ…マジかよ。
え、なんで来たし。

「……おい」

「…はい」

くるりと振り返った彼に真正面から睨み付けられる。
背高いな、睨み半端無いな、髪下がるとこうなるのか、なんかめっちゃ瞳孔開いてるけど意外とカッケーな、てか私どうすりゃいいの。
土下座しようかと思ったら地面が飛び出た水のせいでもはや泥ダマリになっていたから止めといた、さすがにこんなとこじゃ頭がよく下がる私でも無理だ。

「どうしてくれんだテメェ」

「すみませんでした!」

誠心誠意を込めて袋を差し出しながら九十度に頭を下げた。
久しぶりのガチ謝罪である、だって仕方ないよ私がやった蛇口閉めてくれるためにこんな水濡れなっちゃってまじ申し訳ない、ガチで申し訳ない。
制服はあんま濡れてないみたいだけど頭が大惨事だ……あ、ハゲって意味じゃないからね、全然そういう意味ではないからね。
謝罪の途中なんだからあんなに脱色してこいつ将来ハゲんじゃね?とか微塵も思わなかったからね。

「なんだこれ」

「ブラックサンダーです」

「いらねぇ。…拭くもん持ってねぇのか」

「これどうぞ!」

急いで顔を上げてからガサガサと鞄をあさって薄手のパーカーを差し出した。
季節は春でも夕方になれば結構寒くなる微妙な時期だ、持ち歩いてて良かった。

「あ゙?拭くもんねぇかって聞いてんだよ」

私も着ろなんて言ってねぇよ。
サイズ合わないだろうが……やべ、女物のピチピチなパーカー着てる姿想像しちゃった…耐えろ私の表情筋。

「ぶっ……こ、これで拭いてください!」

「なに笑ってんだ」

「…っ、あーもうごちゃごちゃうっせーな!ほらこっち来い!」

耐えきれなかった表情筋のせいで吹き出したのを誤魔化すために逆ギレして亜久津の腕を引っ張った。
ぁあ゙っ?とかなんか凄んでるけど無視して辛うじて被害を受けてなかったベンチに無理矢理座らせる。
背後に回って髪型とかも気にせずわしゃわしゃと頭を拭けばガシリと腕を捕まれた。
あはは、そりゃそうだよね知らない女にこんなことされたら嫌だよねー。
嫌でもね少年、私もこのまま君を帰すということは出来ないんだよ一応大人としては。
助けてくれたわけだし……あ、良い子だなこの子。

「テメェ…俺が誰だかわかってんのか?」

「いえまったく」

まあ一方的に知ってるけど。

「とりあえず助けてくれた人を濡れたまま帰すのは出来ません」

「テメェ…わかってねぇな。あの水噴き出したときから被害受けてんだよ俺は」

「マジか」

え、全部見られてたというかこれあれか、もしかして文句言うためにとりあえず蛇口閉めてくれたわけ?
え…てかどちらにせよ申し訳ない。
捕まれた手を軽く振り払ってわしゃわしゃと水分を拭う作業を続ける。
思ったより落ち込んだ顔でもしてたのか、ジッと睨まれたあとなにも言わずに正面を向いた彼にありがたやと声に出さず呟いた。

「いや本当…すみませんでした」

「……」

「ほっぺの傷も手当てさせてもらいますね」

「いらねぇ」

「親御さん心配するっしょ?ついでなんでやらせてください、つーかやるから」

「……チッ」

舌打ちは肯定ととる。
微妙だった敬語がもはや完全に消えたけどあっちも気にしてないみたいだから良いか。
確か母子家庭だよなー、めっちゃ若くて子煩悩な母親じゃなかったっけ。
子供が怪我して帰ってきたら親は心配するもんだ。
私も顔面に頭突きされて前歯折って家帰ったとき大変だったもんな……無言でキレてた兄貴の方が印象強くてちょっと記憶曖昧だけど。
わしゃわしゃしていた手を止めて髪に触ってみる。
うん、これならまあ大丈夫そう。
完全にへたりとしてしまった髪は後でどうにかするとして、存分に濡れたパーカーを絞ってからベンチの空いてるスペースに広げた。
絞れるとかどんだけ、この銀髪吸水力半端ねぇ。
一息吐いてから亜久津の前に回り込んで鞄からピアスケースを取り出す。
ギロリとこれまた睨またけどスルーだスルー。
ハンカチを濡らして傷を拭ったあと、消毒液を吸わせたガーゼの端を摘まんで傷口につけた。

「滲みる?」

「…持ち歩いてんのか」

「ん?ああ、ガーゼと消毒液と軟膏をね。私ピアスしてんだけど、体調の違いでピアスホール安定しててもたまに膿むんだよ。だから取り敢えず持ち歩いてる」

こんな使い方したのは初めてだけどねー。
軽口を叩きながら、結構な至近距離にいても全く気にした様子の無い亜久津を見てなんとなく興味を持った。
あんな誰も近づくんじゃねえみたいなオーラ発してたくせに…こう大人しいと可愛いな。
髪おりてるから余計可愛い。
こっちに不良の友達いないから仲良くなっとこ、この気だるい雰囲気は悪くない。

「名前なんてーの?」

「あ?黙って手動かしてろ」

「私氷帝中等部の三年なんだー、あんた山吹っしょ?学ラン真っ白だし。血つかなくて良かったよ本当に、あれ中々落ちないんだよな」

「……」

「囲まれてたときも冷静だったし、かなり喧嘩慣れしてんね。無駄な動きなしでほとんど沈めてたし。この傷ん時は油断しちゃったっぽいけど」

「……」

「ほい終了ー」

ほとんど一人でしゃべってる内に手当てが終わった。
ああ……良いなこの無言…。
私の周りには一人でかなり喋る奴が多いから、テンション低い内は大抵そいつらの話を聞いてるだけでダルくなる事がほとんど、私が話したくなる機会もそのダルさのせいで自然と無くなることが多い。
他人が喋ってるときは話す気があまり起きないけれど、今みたいに静かだと自然と話したくなる。
なんなんだろうなこれ…本当自分で自分がよくわかんないな…。
基本的に自己中で我儘なだけなんだろうけど。

「ねえねえ、連絡先教えてよ」

「は?」

ピアスケースを仕舞いながら携帯を取り出した私に亜久津は怪訝な目付きで私を睨んだ。
なんだよ、ただのナンパだから気にすんな。

「今度こんなんじゃなくてちゃんとしたお詫びすっから。何が良い?奢る」

「んなのいら…………テメェが買ってくんのか」

「うん。なんでも良いよー」

内心モンブランだろ、とか微笑ましく感じてる私は彼に何を感じてしまったんだろうか。
微笑ましいってなんだ自分乙。

「…あとで言う」

「オッケー。……んじゃ取り敢えず髪型どうすっかな…」

とりあえず携帯はポケットに戻した。
髪型なあ、ワックスはあるけど濡れた髪にやっても意味無いからなこれ。
乾くまで待つか……いやその前に乾くまで居てくれるだろうかこの子。

「日陰じゃないベンチ行こ。あっち座ってりゃ髪もすぐ乾くよ」

「……」

「お、ありがとー」

鞄だけ持って今いる場所とは違う陽の当たるベンチに向かえば、すっかり忘れてた薄手のパーカーを黙って持ってきた彼に嬉しくなって思わず笑った。
不良って仲良くなれば大抵良い奴なんだよね…一匹狼はどうかわかんないけどこれを見る限りじゃあやっぱ良い子だな絶対。

「変な女」

「…あんま認めたかないけどよく言われる」

ほっとけ畜生。
自発的にやっとしゃべったと思ったらそれか、もしかしてずっと思ってたのか。
まあ……思い返せば確かに変な女だよな…喧嘩普通に眺めてたし水道噴水にして奇声あげてたしなんか無理矢理こんなことしてるし。
私なら水かけられてもウゼェってだけで総シカトして相手にしないぞ、やっぱ良い子だなおい。
ベンチの背もたれにパーカーを掛けて座る。
ドカッと音がするくらいの勢いで隣に座った彼には、もう良い子だなーというおばさん染みたことしか思っていなくてなんだか切なくなった。
まだババアにはなりたくないんだけどな…。

「乾くまで暇だし携帯出して」

「あ?」

「赤外線やっから」

「勝手にやれ」

ポイッと携帯を投げられる。
危うく取り損なうとこしてわたわたとキャッチしたらニヤリと笑われた。
なんだろ…キングならイラッとすんのにやっと無表情と不機嫌顔以外見たせいかなんか嬉しい。

「かっこいーんだからもっと笑えば良いのに」

「ウゼェよ」

ツンデレだと思っとこう。

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