駆け込み乗車ならぬ飛び出し下車をした、あの日から数日。あの時の恐怖は薄れ、大分まともな生活を送れるようになっていた。それこそ始めのほうは、蕁麻疹がしばらく消えなかったり、「サブウェイ」と言う単語を聞くだけでトイレにダッシュしたり、真っ黒な服や、真っ白な服(は、あまりいなかったが)の人を見かけると、貧血を起こしてその場で倒れたり……ともかく散々だった。今は平気だが、バトルサブウェイに近づく事は絶対にない。もし運悪く出会ったりしたら、この数日間はまた振り出しに戻るだろう。まぁ、バトルサブウェイの半径50メートル以内に近づくと強制的に身体がUターンするから、その心配はないだろう。身体とは正直なものだ。そう、だから私は高を括っていたのだ。「バトルサブウェイに近づかなければ彼等に会う事はない」と、勝手に思い込んでいたのだ。



「あー!!あのときの強い人!ノボリ!あの人そうだよね!?」

「っ!ええ!そうでございますクダリ!あの時のお強いお方です!」

「あら、ナナシじゃない!珍しいわね」

「カツミレ!この子のことしってるの!?」

「ええ、彼女はナナシ。イッシュリーグにも出場した事のあるエリートトレーナーで………」



嗚呼、なんで遊園地に行こうなんて思ったんだ自分!(絶叫系乗れないくせに)なんで珍しくカツミレさんに会おうなんて思ったんだ自分!大人しく家に篭っていればよかったんだ。そうすればこの身体の竦むような恐怖にも、締め付けられるような頭痛にも、胃が押しつぶされたような嘔吐感にも襲われずにすんだのに!額は汗がにじみ、無意識に手に力が篭っていた。爪が手の平を貫く痛みが、これが夢じゃないと伝えている。地下から出るはずのないと思っていた悪魔が、サブウェイに近づかなければ会う事はないと思っていた悪魔が、今、目の前にいる。そして今日遊園地に訪れた目的であり、終着点であるカツミレさんと一緒にいるのだ。嗚呼、これは一体何の罰なんだ!私が何をしたと言うんだ神よ!何故天使に悪魔が群がって襲っているような場面に私を送り込んだ。勇者でも賢者でもないしがない村人Aな私に何を望むんだ!無論、「助ける」なんてコマンドが私の中にあるはずがなく「逃げる」一択な私は、すぐ引き返そうとした。その瞬間、顔を上げた悪魔達と不運にも目が合ってしまったのだ。あのマルチバトルの時も一度も交わった事のない視線が、バチッと言う音を立てて。硝子玉を傷つけて曇らせたような灰色の2対の瞳を見た瞬間、こみ上げて来たのは恐怖でも涙でもなく、…………胃液だった。すんの所で押さえていた吐き気が、ここでピークに達したのだ。ギリギリ口を押さえる事で床を汚さずにすんだが、口の中で押さえられなくなるのも時間の問題だ。何よりここにいては胃が空っぽになるまで吐き続けてしまう。簡単にそんな未来がわかる。だから私は、彼等が駆け寄るより速く、速く、身を翻し駆け出した。



「まって!」

「お待ちくださいまし!」



後ろでそんな声や、足音が聞こえた。何故か前にも聞いた事のあるような気がした。だが、待てと言われて待てるはずがなく、私は悪夢を振り払うように走り続け、聞こえなくなった頃には遊園地を飛び出していた。酸で焼かれた喉が息をする度に痛んで、私を叱り付けているようだった。




道化恐怖症






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -